第283話 リリィー誕生
「なぁ……っ!? レイだと!?」
「これは、美少女にしか見えないな!」
驚いているのはデルクとハワードだった。今回の作戦に当たって、事前のブリーフィングをすることになったのだがレイはすぐに作戦に入ることができるように女装姿でやってきていた。
初めは二人ともに、なんでここに関係のない美少女が? と思っていた。
真っ白なワンピースに胸まで届く艶やかな黒髪、それに加えてその顔つきは美少女にしか見えなかった。
しかしヘンリックからレイだと告げられることで、それは驚愕に変化した。
「ま、まさか……ほ、本当に?」
最後に驚きの声を漏らすのはフロールだった。彼女はその場でわなわなと震えながら、レイにそっと手を伸ばそうとする。
「はい。間違いありません」
その声音はいつものレイではない。完全に少女のものになっていた。完全になりきっているのか、未だに彼女がレイであるとは信じられないほどだ。
「レイ……どうして、こんな美少女に?」
「作戦のためです」
「それにしても……」
じっとレイの姿を見つめる。化粧をしているのだろうが、それを思わせないような綺麗な顔。その肌はまるで雪のように真っ白だった。それにまつ毛もいつもよりも上を向いていて、とても綺麗な目をしている。
それこそ、吸い込まれそうなほど。
「レイ。あなた、すごい才能があるのね……」
「恐縮です」
「うん。これは私も驚いたわ……えぇ」
フロールの言葉に対してレイは冷静に受け止める。そもそも、この前は狼狽えていたレイがどうしてここまで冷静に努めることができているのか。
それは少しだけ時間を遡る。
「……もうダメだ。俺はもう、ダメなんだ……」
自分の部屋で女装姿のまま引きこもるレイ。いつものように四人で一緒に食事をしたが、味が全くしなかった。
レイは天才だ。抜群の魔術センスと聡明な頭脳を持っている。だがまだ精神面では年相応な部分がある。
女装という現状にただただ頭が追いつかなくなっていた。
明かりもつけずに部屋の隅でただじっと、足を抱えて座っていた。
今回の作戦は女装姿を見せるだけではなく、実際に女の子として振る舞う必要もある。残り時間は一週間しかないが、その間に子どもとはいえ女性の知識を入れる必要がある。
そのことも相まってレイは絶賛、落ち込んでいた。
「レイ。大丈夫か?」
「師匠……」
室内に入ってくるのはリディアだった。彼女は長い金色の髪を揺らしながら、レイの側にやってくる。
「……師匠。自分はこの姿で任務を完遂できる気がしません」
「レイ。安心しろ」
「何をでしょうか?」
顔を上げる。その瞳はまだ少しだけ濡れていた。
「お前は最高の美少女だ。それは師匠の私が保証する。今後、女装という技術は大いに役立つだろう。軍人として持っておいて損のない技術だ」
「技術……ですか?」
「その通りだ」
リディアはレイを説得することがうまかった。それに加えて、レイはリディアのことを心から尊敬している。そのこともあって、レイの瞳には僅かに輝きが戻ってくる。
「魔術も技術だ。そして、女装もまた同様だ。決して恥ずかしいことなんかじゃないさ。お前は全てにおいて天才だ。だからこそ、女装も天才的なのは当然だろう?」
「し、師匠……!」
魔術において天才だからといって、女装も天才的という理論は完全に破綻しているのだがレイはそれを感激して受け入れてしまった。
あぁ。師匠はやっぱり、凄い人なんだ! と心の内で納得してしまったのだ。
もう彼が涙を流す必要などありはしなかった。
「お前の女装技術はキャロルに任せる。いいな? あいつはいつもは頭のおかしいやつだが、優秀な人間だ。きっとレイに女性の全てを教えてくれるだろう。お前はプロであり、スペシャリストなんだからな!」
「……はいっ!」
ものはいいようである。
こうしてレイに偏った女性知識が植え付けられ、それが将来的に色々と問題を起こすことになるのだが……それはまだ、先の話である。
「レイちゃん。お化粧は自分でできるようになろうね」
「もちろんだ」
翌日。レイは張り切ってキャロルから女性についての教育を受けていた。まずは化粧からだ。
「お化粧はそうだね。レイちゃんは素材がいいからあまり派手にしないほうがいいね」
「そうなのか? キャロルみたいに派手にしたほうがバレないんじゃないのか?」
「うーん。こればかりはその人の顔つきとか骨格もあるからねぇ……レイちゃんは清楚系でいった方がいいよ。今は幼いからっていう理由もあるけど、素材的な意味でもね」
「なるほど」
ノートにまとめる。その姿は真剣そのもの。レイは女装に対して全く嫌悪感を覚えていなかった。むしろ、師匠に言われたのだからしっかりとしないといけない……! という気持ちの方が強かった。
「まつ毛をあげて、唇も少しだけ血色よくして、それから肌には軽くファンデを塗って、あとは眉毛も軽く整える。ウィッグはしっかりとずれないようにつけてね」
「了解した」
キャロルの指導のもと、レイは自分で女装の手順を踏んでいく。そこは流石のレイであり、昨日キャロルが行った手順を完全に暗記していたので再現性は抜群。
完全に同じといって過言ではないだろう。
「うん! 流石はレイちゃんだね!」
「もちろんだ。俺はプロであり、スペシャリストだからな」
ニヤッと笑いを浮かべるその姿は、師匠であるリディアにそっくりだった。キャロルもレイが乗り気になってくれて嬉しいのかニコニコと笑っていた。
そしてレイは用意されたワンピースタイプの服を着る。白を基調としており、フリルがポイントで飾ってある。まさに清楚と形容すべき容姿だ。
レイの女装姿──リリィーがここに誕生した。
それはまるで人形のように精巧で美しい。仮に今のレイを人形と言っても、信じてしまう人間は多々いるだろう。それほどまでにその姿は美しいものだった。
「じゃあ、まずは口調から勉強しようかな」
「師匠やアビーさんは少し男性的だから、キャロルをコピーすれば良いんだろう?」
「うーん。一応、お嬢様って設定だから清楚な感じにしたいけど……」
「これで良いでしょうか?」
「うわっ! レイちゃんてば、そんな声も出せるのっ!!?」
「はい。魔術で少しだけ声を弄っていますが」
そう。レイは一瞬で女性の声を出した。それに声を出すだけではなく、抑揚なども完璧だった。
まだ声変わりはしていないので、口調だけに気をつければ良いと思っていたが、レイは念には念を入れて魔術で自分の声をチューニングしていた。
「レイちゃん……! やっぱ天才だよ!!」
「ふふ。私はプロであり、スペシャリストですから」
ニコリと微笑みを浮かべるその姿は、まさに深窓の令嬢。レイの女装はすでに、完璧の域に高まりつつあった。
「じゃあ後は歩き方とかだね」
「えぇ。任せてください」
そうしてレイは完全に女性としての姿をトレースする。そこで生み出されたのは……紛れもなく、正真正銘の美少女だった。
「皆さん。これからよろしくお願いいたします」
隊員全員の前でペコリと頭を下げて、軽く微笑みを浮かべる。その様子を見て、キャロル以外の全員がざわめき始める。
「おい……どんな教育をすれば、こんな美少女になるんだ?」
リディアのその問いはもっともだった。二人の勉強の時間は誰も見ていないので、完成したリリィーを見るのは彼女も初めてだった。
そんなリディアはただただ唖然としていた。アビーもまた、完全に口をポカーンと開いているほどだ。
「ふふふっ! レイちゃんの天才的なセンスと、キャロキャロの天才的な教育が噛み合ったからこそだよっ!!」
その言い分は今回に限っては間違っていない。レイのセンスとキャロルの教育。特にキャロルは美の追求に対して余念がない。その知識を全てレイに叩き込んだのだ。
男性受けするような完璧な美少女。
それこそが、リリィーだった。
「……キャロライン。ここまでやるとは……」
命令を下したヘンリックもまた、まさかここまでのクオリティで出てくるとは思っていなかったので驚くしかなかった。
「ちゅ、中佐……これはこれで大丈夫なのでしょうか?」
フロールが心配の声を上げる。あまりにも高すぎるクオリティにキャロル以外は恐怖心すら覚えていた。ここにいるレイはあまりにも美しいので、逆にそれが問題になるのではないかと。
「も、問題ないだろう。よし、では改めて作戦会議に入る」
そうしてついにリリィーの初陣が幕を開けるのだった。




