第253話 半年終了
士官学校に入校して、ちょうど半年が経過した。彼女たち三人は、そこで無事に課せられたカリキュラムをこなすことができた。
軍の上層部には、三人に関して懐疑的な人間ももちろんいた。この半年という短い期間で士官学校のカリキュラムを修了できるわけがないと。
残りの半年は実地での訓練になるので、実質的にはこのたった半年だけで士官学校のカリキュラムを終えた。
座学、身体能力、魔術。その三点において、三人は基準を十分に上回っていたのだ。
「……なるほど。三人とも、無事に士官学校でのカリキュラムは終えることができそうか」
ヘンリックは自分の書斎で送られてきた資料を眺めていた。その隣にはいつものように秘書の女性が立っているが、かなり驚いたような表情をしている。
「……驚きました。本当にこれがあの三人の成績なのですか?」
「あぁ。教官たちにも話を聞いているが、嘘はないはずだよ」
驚くのも無理はない。彼女たち三人は、予想の遥か上をいく成績を収めていたのだ。リディアに関して言えば、そのほとんどが満点と記録されている。
にわかには信じ難いことである。
「座学、身体能力、特に魔術に関しては完全に満点ではないですか。このようなことがあり得るのですか?」
秘書の彼女もまた、士官学校を経験して今の地位にたどり着いている。だからこそ分かるのだ。リディアのその異常性が。
弱冠弱冠十五歳。その若さで士官学校の訓練についていけるだけでも、破格。それだというのに、彼女はその中でトップの成績を収めている。おそらくは、王国始まって以来である。
「僕としては、ある種当然のことと思っているけどね。リディア=エインズワース。やはり彼女はこちらの見込み通り、最高の天才であることに間違いはなさそうだ。それに、他の二人も十分すぎるほどだ。きっと三人ともに次期七大魔術師になるだろう」
アビーとキャロルもまたリディアには少しだけ劣るが、基準を十分に上回る成績を収めている。リディアの存在によって霞んでしまってはいるが、この二人もまた天才であることに変わりはないのだ。
「正直言って、アビー=ガーネットに関しては驚きはありません。彼女はそもそも、性格が真面目で軍人気質です。しかし、キャロル=キャロラインは……」
言い淀む。
キャロルの存在は士官学校では有名だった。女性はほとんどが髪を短く切りそろえ、軍の規律を保とうとしている。その中で、彼女は依然として髪を高い位置でツインテールまとめている。
それに訓練の時は薄く化粧もしており、ネイルをしている時もあるとか。
その自由奔放な存在が色々と反感を買うのは当然なのだが、教官側はすでに注意するのも諦めている。それは、一向に態度を変えることはないからだ。
しかし、キャロルはそれを跳ね返すだけの成績を収めている。特に座学に至っては、かなりの成績だ。ほとんど満点であり、それに関してはリディアを上回ることもあるほどだ。
「キャロラインは色々と言動に難ありだが、彼女は聡明だ。将来的には作戦指揮を任せようかと思っている」
「それは新部隊の話ですか?」
「あぁ。すでに人員は集められている。後はこれから合流して、半年後の正式な発足を目指すことになる」
「確かにメンバーはかなり豪華ですが……軋轢を生むことはないのでしょうか」
「ま、そこは僕がフォローしよう。これでも少佐だからね」
ニコリと微笑みを浮かべる。体よく押し付けられてしまったのだが、実際のところヘンリックは楽しみにしていた。
リディアたち三人と他の精鋭たちが加わることによって、新部隊がどうなっていくのかを。
こうしてついに、リディアたちは実地訓練に挑むことになるのだった。
◇
「これでここでの生活も終わりかぁ……意外と早かったな」
「そうだな。しかし、経験を積む意味では十分に有意義だった」
リディアとアビーは寮の荷物の整理をしていた。すでにここでのやるべきことは終えた。課せられた訓練は全てこなし、これからは実地訓練に入る。
キャロルといえば、部屋の隅で化粧をしている途中であった。
「おい、アホピンク。化粧していないで、少しは手伝えよ」
「えーっ! だって今日はお別れ会があるんだよぉ? しっかりとお化粧しないと!」
そう。今日はリディアを慕っているメンバーたちが送別会を開いてくれることになっていたのだ。
彼女は別にいいと言ったのだが、どうしてもということで招待されることになった。
もちろんそこには、アビーとキャロルも招待されていた。リディアの近くにいることが多いので、二人もそのメンバーとはそれなりに交流があったからだ。
「はぁ……しかし、化粧が長すぎるだろう? もう三十分は経過してるだろうが」
「もう、三十分は必要かも〜☆ 終わったらちゃんと手伝うから、よろしくね☆」
猫撫で声を出してそういうキャロルだが、リディアは「はぁ……」とため息をつく。
学生の頃だったならば、普通にキレて喧嘩になっていたのだが今は呆れてしまったのか、もう何かを言うことも億劫になっている。
「はぁ……アビー。こいつのこれは直せないのか?」
「無理だろうな。こいつはずっと前からこうだろう」
「そうだよなぁ……」
出会いを思い出す。キャロルは同時期に飛び級をしてきたと言うことで、リディアはすぐに声をかけたのだ。しかしその見た目はあまりにも派手で、優秀な魔術師とは思えなかったほど。
それが今や、こうして軍人として同じキャリアを進んでいるのだから人生とは分からないものだとリディアは思うのだった。
「そういえば、リディアはどうなんだ?」
「あぁ。あれのことか」
そう言われてニヤッと笑いを浮かべる。
その話は冰剣についてだった。リディアが取り組んでいる新しい魔術。それについてアビーは尋ねてきたのだ。
「冰剣に関しては、そうだな。もう少しで完成すると言ったところか」
「【固定】のコードはうまくいっているのか?」
「あぁ。もう少しで私の求めるものが完成するな」
「……これはいつも思うが、お前はやはり天才なんだな」
アビーのその感想は素直に思ったものだった。彼女は今まで自分が天才とは思ったことは一度としてありはしない。それは全て自分の努力の上に成り立っていると思っているからだ。
そして、彼女は知った。本当の天才とはリディアのような存在をいうのだと。
自分で新しいコードを生み出し、それを元に新しい魔術を創造する。既存の魔術に対して改良をするというアプローチはよく行われていることだが、新しい魔術を創造するとなると話が違ってくる。
だというのに、リディアは革新的な魔術を生み出し続けていた。その実績もあって彼女は学生にして聖級の魔術師に至っているのだ。
そんな彼女が求める新しい魔術。本人曰く、それは最高の魔術になるという話だった。
「天才? ふふ。そうだな、私は正真正銘の天才だなっ!」
嬉しそうな顔をして、彼女は笑みを浮かべる。リディアには自覚があった。自分が天才であるという、その自覚が。
それは純粋な事実であり、そのことに驕りはしない。ただあるがままを受け止め、自分の進みたいように進む。
それこそがリディアの進む道だった。
「そういえば、新しい部隊ではかなりの精鋭が来るらしいな」
「私もすでに聞いたが、それなりに優秀な人材が抜擢されているそうだ」
「ほぅ……それは、本当に楽しみだなぁ……」
その顔を見て、アビーは思った。きっとこの士官学校の初めにあったと時と同じようなことが起こるに違いないと──。




