第251話 慕われる存在
「行くぞ、おらああああああああっ!」
今日は休日だった。
士官学校の休日では、主に部屋で読書をする者や、ゆっくりとリラックスする人間が多い。というのも、日頃の訓練の過酷さもあり休める時には休みたいというのが普通の人間の思考である。
そう。普通の人間の。
だが、リディアは違う。彼女は、もはや自分の後輩のような存在となった男性陣を集めてサッカーをして遊んでいた。
彼女としては休日も体を動かさないと落ち着かないということで、メンバーを集め始めるとすぐにその数は揃う。
現在、士官学校でリディアのことを慕っている者は多い。
特にそれは男性に多い傾向にある。
ある種のカリスマ性ともいうべきだろうか。ともかく、リディアは周りに人を集める存在だった。
「オラオラっ! 私のドリブルが火を吹くぞ!!」
サッカーボールを巧みに操りながら、彼女はドリブルをしていく。六対六で、演習場のスペースを使ってサッカーに興じている。
サッカーゴールは倉庫に置いてあったので、全員で協力して運んできたのだ。
「ぐっ……!?」
「はえええっ!」
「流石、姐さんだ。追いつけねぇ!!」
あっという間にごぼう抜きすると、そのまま彼女はバイタルエリアへと侵入。すでにディフェンスは全て抜き去った。あとはゴールを決めるだけだが……。
「くらえッ!! 私のシュートをッ!!」
瞬間。
おおよそ、サッカーボールを蹴っているとは思えないような音が響き渡る。バゴォオオオオオオンッ!! という音が鳴った瞬間にはボールはすでにキーパーの真正面へと迫っていた。
「う、うわあああああああああああッ!!」
その悲鳴と共に、サッカーボールはキーパーごとネットを揺らす。
「うし! これで一点だなッ!!」
快活な笑顔である。
その一方で、他の人間は引きつった笑みを浮かべていた。そもそも、リディアの提案で魔術による身体強化はなしということになっている。
つまりは、素の身体能力で今のシュートを放ったのだ。その圧倒的な規格外の存在に、彼女以外の全員は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「い、いててて……」
相手のキーパーはニックだった。彼のその圧倒的な巨躯を吹っ飛ばすほどの、ボールの威力。
裏では、「実はゴリラ」「マジでそうだよな」「同じ人類とは思えない」
「ゴリディアだな」「あぁ。それは良いかもな」と言われているほどである。
おおよそ、女性として見られていないのは間違いなかった。
彼女の容姿はそれこそ、一見すれば天使と形容されるほどには端麗である。だが、その性格と立ち振る舞いからゴリラのようにしか見えないのも無理はなかった。
「ニック。お前、根性あるな。あのボールに真正面から食らいつくとは」
「姐さんのボールを止めようとしましたが、ダメでしたね」
「はははっ! その根性があるだけ、お前はまだまだ伸びるぞ! ガハハ!」
そして、倒れているニックに手を貸すとグッと後ろに引っ張って立ち上がらせる。リディアの憎めないところは、やはり優しさがあるというところだろう。
一見すれば、傍若無人の暴れん坊。そう思えるかもしれない。だが彼女は、確かな優しさを持っていた。それこそがきっと、人を集める理由なのかもしれない。
「よし。じゃあ、まだまだやるぞ!」
『おうっ!』
凛としたリディアの声と、野太い声が響く。
◇
「ふー。良い汗かいたぜぇ……」
シャワーを浴びて、自室へと戻ってきた。
彼女は持参している二リットルのボトルにそのまま口をつけてゴクゴクと喉を鳴らしながら、一気に飲んでいく。
「リディア……それはなんだ?」
「は? 水だよ。水」
「まあ、そうにしか見えないが、外で運動でもしてきたのか?」
「あぁ。あいつらとサッカーしてきたぜっ!」
「……なるほどな」
机では、アビーが一人で読書をしていた。メガネをかけて、読書に耽っている彼女はやはり知的に見える。
「キャロルは?」
「さぁ。街に買い物でも行ってるんじゃないか? 美は我慢だよ〜、とかいいながら出て行ったな」
「そうか」
リディアもまた、アビーの対面に座る。そして、その二リットルのボトルをドンと机に置く。
「それ、買ったのか?」
「貰った」
「誰に?」
「舎弟たちに。姐さん、お疲れ様でした! って笑いながらくれたぜ?」
ニヤッと笑う。
その様子を見て、アビーは嘆息をもらす。
「はぁ……お前はまじで、どこに向かうんだ……」
「別に良いだろー。あいつらの面倒を見てやってるんだし」
それは事実だった。
教官による訓練よりも、今はリディアによる指導の方が一部では人気だったりする。彼女は感覚派に思えるが、意外と理論派であり論理的な思考が得意である。
何よりも重要視するのが、再現性。
どうやって今の魔術を再現するのか、どうやって今の動きを再現するのか。それを論理的に考えて、何度も反復して体に刻み付ける。
もちろん天才的な感覚もあるのだが、彼女は努力もできる天才だった。
「あぁ。それか。リディアの教えはいいと、評判らしいな」
「お、まじか? それは嬉しいな。あいつらも骨のある奴らばかりでな。いくらしごいても立ち上がってくるんだぜ? すごいだろ」
「それは確かに……すごいな……」
アビーは顔を歪ませながら、そう口にする。リディアが教えている様子を見たことがあるが、あれはもはや拷問に近い何かではないだろうか。そう思ったほどだった。
しかし、その訓練を受けている男性陣は辛い顔をしながらも、懸命に食らいついていた。
彼女もまた、リディアには特殊なカリスマ性があることは理解していた。といっても、アビーも参加したいとは思わないが。
「そろそろ四ヶ月だな。リディアも調子は良さそうに見える」
「あぁ。なんだか最近はさらに魔術的な感覚が鋭くなっている気がするな」
「はは。もうすぐ七大魔術師になれるんじゃないか?」
それは正直な感想だった。むしろアビーは、学生時代の頃からその資格があると思っている。彼女の本気を見たことある数少ない人間。それが、アビー=ガーネットである。
アビーもまた、天才なのは間違いない。百年に一人の逸材とも言われている。きっと、自分もいつかは七大魔術師に辿り着けると冷静に分析していた。
そんな彼女であっても、リディアには決して届きはしないと分かっている。その壁はあまりにも険しく、高い。もはや別の生き物ではないかと錯覚するほどの、実力。
それこそが、リディア=エインズワースという存在なのだ。
「冰剣……最近は、上手く扱うことが出来る気がしている」
「お前は昔から氷系統の魔術が得意だったな」
「あぁ。氷、というよりもコードの中に減速の工程を書き込むのが得意と言った方が正しいかもな。アビーとは逆だな」
「そうだな」
減速。
それはリディアが最も得意としているコードの一つである。
「減速と固定。この二つを極めれば、冰剣はさらに進化できる。魔術戦、特に超近接距離での戦いになれば、負けることはないと思っている」
「固定、か。今はどうなんだ?」
リディアは冰剣こそが自分に最も適した魔術だと思っている。確かに生み出すだけならばすでに出来るのだが、彼女は満足のいくクオリティではまだ生み出すことはできていない。
「う〜ん……まだ感覚が慣れていないな。減速はおそらく、生まれ持った才能だ。しかし、固定のコードに関しては後天的に身につけようとしているからな。もう少し時間がかかると思う」
「そうか。いつか、完全なる冰剣が生まれることを楽しみにしている」
「ははは! そうだな! いつか、私はこう呼ばれるかもな──」
どこか冗談めいた顔で、彼女はこう言った。
「──冰剣の魔術師、とな」




