第236話 踊り踊る、そして
しばらく時間が経過すると、まずは立食から始まる。今日の予定としては、立食で様々な人と挨拶を交わして交流。その後は、ダンスパーティーに移行するというものだ。
先ほどまではレベッカ先輩、アメリア、アリアーヌがいたが三人ともに色々と挨拶があるということですでにこの場にはいない。
三大貴族の令嬢というのは、やはり特別なんだな……と思っていると、とぼとぼと一人で歩いているクラリスを見かけた。
「クラリス。どうした? なんだか疲れているな」
「あ……レイじゃない……」
クラリスもまた、ドレスを身につけ少しだけ化粧をしている。ツインテールは相変わらずいつものままだが、今日は毛先だけがくるくると緩く巻かれてあった。
しかし、ツインテールが萎びていることから、俺は彼女の体調をすぐに把握するのだった。
「大丈夫か……? 調子が悪いのなら、無理はしないほうがいいと思うが」
「ううん。別に、その……挨拶が多すぎて疲れたってだけよ」
「そうか。貴族の令嬢も大変なようだな」
「まぁね……って、それよりもっ!」
急に大きな声をあげると、クラリスは俺の手を引いて会場の隅の方へと移動する。
一体、何かあったのだろうか。
「レイってば、噂になってるわよ……っ!」
「もしかして、大会の件だろうか」
「そうそう。いまだに一般人は気に食わないっ! とか言っている貴族もいるけど、意外とレイに対して好意的な人もいるのよ。さっき、もしよかったらレイのことを紹介してくれないかって言われてさぁ」
「なんと。そんなことになっているのか」
「でもその……あんたが、アレなのはみんな知らないじゃない?」
アレ、と言うのはおそらくは、【冰剣の魔術師】のことを指しているのだろう。確かに、俺が【冰剣】と言うことを知っているのは限られている。
しかし、薄々と感づいている人間もいるのかもしれない。
あの大会では少なからず冰剣を使用して戦ったからな。
「ともかく! 色々と気をつけなさいよっ! 貴族に目をつけられると、本当に面倒だからね」
「忠告、感謝する。わざわざ教えてくれるとは、相変わらずクラリスは優しいな」
「なっ……!」
ピィイインとツインテールが上を向く。それは明らかに動揺している反応だった。
「べ、別にそんなんじゃないわよっ! 勘違いしないでよねっ! ふんっ!」
プイっと顔を背けるとスタスタとクラリスは去っていってしまった。久しぶりに見たな……と懐かしく思っていると、俺が今いる会場の隅には小さくなるようにして彼女が立っていた。
「マリア。どうした、隠れるようにして立って」
「しっ! 隠れているのよっ! 挨拶って、めんどいし……」
「なるほど。しかし、いいのか? 貴族にとって挨拶まわりは重要だと聞くが……」
「私はいいの。お姉ちゃんが全部してくれるし。それに、私ってこんな見た目じゃない? 貴族の中には敬遠する人もいるのよ」
「なるほど。やはり貴族社会とは大変なものだな」
そして、俺はスッとマリアの側に立つと、そのまま軽く食事をとる。流石、聖歌祭当日の魔術協会主催のパーティーである。料理はその全てが極上のものであった。
「で、レイはいいの? 私なんかと一緒にいて」
「いいに決まっているだろう。俺に関しては、それほど挨拶をする人はいないしな」
「ふーん。でも、七大魔術師の方で集まりとかってないの?」
「ないな。そもそも、全員が集まることはほとんどない。俺も全員揃ったのは見たことはないな」
「え……そう言うものなの?」
「あぁ」
師匠も昔言っていたが、七大魔術師が一斉に集まることなどほとんどない。確か、師匠の世代の時には一度だけあったらしいが、俺はまだ経験していない。
そもそも、パーティーに招待されても来ないことのほうが普通らしい。
そう思っていたのだが、視線の先にはなんと……あの二人がいたのだ。
「ふははは! うまい、美味いぞっ!」
「そうですね。とても美味しいですね」
そこにいたのは、フランさんにリーゼさん。さらにその後ろには、師匠、アビーさん、キャロルがいたのだ。
まさかそのメンバーが揃うことなど夢にも思っていなかったので、俺は自分の目を擦ってみることにした。
「どうしたの? 目でも痒いの?」
「いや……なんでもない。そっとしておこう……」
「そう?」
あのメンバー、特にフランさんに見つかってしまっては、大変なことになるのは目に見えている。師匠も俺の方をチラリとみると、コクンと頷く。
そして、素早く俺にハンドサインを送ってくる。
なるほど。フランさんには大量に食べ物と酒を入れて、早めに潰す作戦なのか。
それは完璧な作戦だ。俺はとりあえず、よろしくお願いしますと返事をしておいた。
そうして時間が経過すると、ついにダンスパーティーの時間となった。テーブルは素早く片付けられ、軽く清掃が入る。
また、明かりが一斉に落ちると、壇上にスポットライトが灯される。
そこにいたのは、オリヴィア王女だった。確か、彼女はその美声で人気でもあるとか。
俺はまだ聞いたことはないが、毎年聖歌祭では彼女の歌声と演奏を元に、ダンスをするらしい。
「……すごいな」
「あぁ。レイは初めてなんだっけ。あの歌声聞くの」
「あぁ」
「すごいよね、本当に歌姫って感じ」
壇上でその美声を響かせているオリヴィア王女に目を向ける。
それはまさに、歌姫と形容するのに相応しい姿だった。基本的には、俺の前では戯けていることが多いので、印象がかなり違う。
伊達に、一国の姫ではないということか。
「よし。では、踊るか。マリア」
「……はっ!? 私とレイが踊るのっ!?」
「あぁ。ダメか?」
「だ、ダメじゃないけどっ。その、私はある程度踊れるけど……レイはいけるの?」
「あぁ。教養として、ダンスは教え込まれている」
「そうなんだ……まぁ、今日くらいはいいか」
ボソッと最後に何かを呟くと、恭しく頭を下げてマリアは俺に手を差し伸べてきた。
「リードしてよね」
「もちろん」
颯爽と俺たちもまた、踊り始める。くるくると、世界が回るように、俺たちもまたこの場で回り続ける。
その後は、代わる代わる色々な人と踊ることにした。
「レイさん。私も、いいですか?」
「はい」
次にやってきたのはレベッカ先輩だった。多くは語らず、ただこの音楽の元で二人で踊り続けた。それはまるで、あの文化祭の時のように。でも今は、二人だけではない。
多くの人たちの中で、そこに混ざるようにして踊っていた。
「レイ。わたくしのダンスは情熱的ですわよ?」
「望むところだ」
アリアーヌはその性格を反映しているのか、とても激しいものだった。しかし、それについていけない俺ではない。
そのまま流れるように、グイッと彼女を胸元に寄せると、リードして踊り続けるのだった。
その後は、クラリス、ハートネット先輩などともダンスをした。
そうしてついに、最後の時がやってきた。視線の先からやってくるのは、紅蓮の髪を揺らして軽く走ってきているアメリアだった。
「レイ。最後に私と踊ってくれる?」
「もちろん。こちらこそ、よろしく頼む」
踊る。
その視線は、すでにアメリアしか見えていない。彼女も流石に三大貴族の令嬢と言うことで、ダンスはかなり熟達していた。
きっと毎年ここで、踊り続けているのだろう。
「ねぇ、レイ」
踊っている最中、アメリアは尋ねてきた。
「どうした?」
「来年もさ」
「あぁ」
「一緒にこうして、踊れたらいいね」
「そうだな。きっと、踊ることができるさ」
グイッとリードを奪うと、アメリアを胸元へと寄せてから激しいテンポでダンスを続ける。
くるくるくると、回り続ける。
俺たちは巡る。
踊り続ける。
ふと、アメリアの瞳を見るとどこか潤んでいるような……そんな気がした。
そして、ついに終わりを迎えることになった。その場で丁寧に一礼をすると、彼女はニコリと微笑むのだった。
「いつもはパーティーって嫌いだったけど、レイのおかげで楽しかったわ」
「そう言ってもらえて、俺としても嬉しい。踊ってくれてありがとう。アメリア」
「ううん。パーティーだけじゃないの。レイと出会えて、本当に楽しいことばかり」
「アメリア……」
視線が交差する。
それは、何か意志を伝えようとしているような……そんな瞳。それに吸い込まれるようにじっと見つめていると。
「はいはーい。そこまでですよー」
と、間に割って入ってきたのはレベッカ先輩だった。後ろには、アリアーヌとクラリス、それにハートネット先輩も立っていた。三人ともに、なぜか苦笑いを浮かべているが。
「む……邪魔しないでくださいっ!」
「ふふ。抜け駆けは、ダメですよ〜?」
流石にパーティーの場ということで、言い争いはしなかったようだが、二人はそのまま睨み合っている。
ともかく、今日のパーティーはどうやら無事に終わることができたようだ。今日はこのあとは、師匠の家に向かうだけだ。
実は、レベッカ先輩、アメリア、アリアーヌにはうちに来てはどうか……と誘われたのだが、断っておいた。
この先の時間は、俺にとって特別なのだから。




