第230話 修羅場へようこそ
「ふんふんふ〜ん♪」
早朝、ブラッドリィ家。
現在は朝の五時前。レベッカは朝早く起きると、さっそく準備を始めていた。
前日に着る服は決めていたので、今は髪を綺麗に整えている。
また聖歌祭が近づいているということもあり、レベッカは今は実家に戻ってきているのだった。
「……ふわぁ〜あ。って、お姉ちゃんどうしたの。こんな朝早くに」
その場にマリアがやってくる。彼女は朝は弱く、だいたい休日は昼近くまで寝ている。今もちょっとトイレに行こうかと思っていたときに、レベッカの姿が目に入ったので声をかけたのだ。
「えへへ……その、実は──」
レベッカは少しだけ顔を緩ませると、今日はレイと二人きりでデートに行くのだと言った。それはもう、心から幸せそうに。
そんな姉の様子を見て、マリアは嘆息を漏らす。
「はぁ。それは楽しそうでよかったね」
「じ、実はその……今日は下着にも気合を入れてるの……っ!」
「え……下着? つまり、勝負下着ってこと……?」
マリアは唖然とした表情を浮かべる。彼女としても、レベッカが下着にこだわる理由が分からないわけではなかった。
「ま、まぁその……。な、何があるか分からないし?」
その艶やかな真っ黒な髪をくるくると人差し指に巻きつけると、顔を桜色に染める。
その話を聞いて、思わずマリアは声を荒げるのだった。
「えええええええええええええええっ!? レイとそういうことするってことっ……!!?」
「べ、別に決まったわけではないけどっ! でもその……ね、念のためっていうかっ!」
「えぇ……マジで? いやでも……レイがそういうことするなんて、思えないんだけど」
「……」
スッと顔が真っ白に変わるレベッカ。元々は、可能性として準備していただけだった。
そんなこともあれば、いいかなぁ。または、そうなったらどうしよう、と思っているだけだったのだが、いざマリアに指摘されると……レイがそんなことをしてくるとは思えないのだ。
「……まぁ、一応の準備よっ!!」
「お姉ちゃんさ。変わったよね」
ボソリと呟くそうにして、マリアは思ったことを口にする。
「そ、そう?」
「うん。でも、今のお姉ちゃんも好きだよ。頑張ってね」
そうしてマリアはスタスタと、その場から去っていく。
「よし! 準備頑張らなくちゃっ!」
と、自分を奮い立たせるとレベッカはさらに入念に準備を始める。まずは、髪の毛をアップにまとめると、サイドの髪をわずかに垂らす。また髪には少しだけオイルを塗ってある。
艶やかに光るその髪は、どこか妖艶に見える。
顔にも軽く化粧をするが、それは最低限の範疇に収める。清楚な姿をレイには見せたいということもあって、レベッカはそうすることにしたのだ。
その後、再び下着を入念に確認する。今日は勝負下着ということもあって、上下共にお揃いの、下ろし立ての真っ白な下着である。
服装もまた真っ白なブラウスに、この季節には寒いが黒のミニスカート。上に羽織るコートは純白のものを選択した。
明らかに気合の入っているその容姿は、おそらく街に出れば十人中十人が振り向くものだろう。
三大貴族の令嬢、ということを知らない人間でもその美しさには目を引かれてしまう。
「よし。今日は頑張ろっ!」
自分を奮い立たせると、レベッカは予定よりも一時間早く集合場所へと向かうのだった。
◇
どうやら昨晩はかなり雪が降ったようで、外に出ると見渡す限りの白銀の世界が広がっていた。
シャク、シャク、と雪を踏み締める音が鳴る。レベッカは転倒しないように最大限に注意を払いながら、まっすぐ歩みを進める。
マフラーに手袋。防寒対策はしっかりとしているが、このミニスカートから伸びるしなやかな脚は、あまりの寒さに少しだけ赤くなっていた。
だが、美は我慢である。
レイに最も美しい姿を見てもらいたい彼女にとって、この程度の寒さは余裕を持って我慢できる範疇であった。
「……」
忙しなく髪を触り、手元にある小さな鏡を見て何度も自分の姿を確認する。
──うん。おかしなところはないはず。大丈夫、ちゃんと大丈夫……っ!
そう自分を落ち着かせていると、その視界の中に捉えたのは……レイではなかった。
「アメリアさん? それに、アリアーヌさんも……?」
ポカンとするレベッカだが、それはそうだろう。この場にはレイがやってきて、今日は二人きりでデートをする予定だったのだから。
「えっとその……お二人とも、どうしてここに?」
笑顔。いつものように、とても美しい魅力的な顔を作り上げるがそれは圧倒的な威圧感を放っていた。わずかにだが、第一質料も漏れ始めていた。
「はぁ……この様子だと、全く知らないみたいね」
「そうですわね。レイってば、本当に罪な人ですわ」
二人ともにため息をつく。
その様子を見て、レベッカはある一つの真実にたどり着いてしまった。
そう。レベッカは二人きりで遊びに行こうとは、一言も口にしていないのだ。
この聖歌祭の期間に男女で遊びにいくということは、ある種の暗黙の了解。
レベッカの唯一の失敗は、しっかりと念入りに確認をしなかったことだ。
というのも、彼女はかなり緊張して、相当の覚悟を持ってレイを誘ったのだ。その時は、正直なところかなり慌てていた。
だから、レイに大丈夫と言われてすっかりと抜けて落ちてしまったのだ。
二人きりでいくと言えば、きっとレイはそれに応じていたというのに……。
「も、もしかして……お二人ともレイさんに誘われて?」
震えるような声で確認を取る。
そんなレベッカに同情しているのか、アメリアは悲しそうにそれに応えるのだった。
「はい。ちなみに、私たちだけじゃなくて他にも大勢来ますよ」
「あ……あぁ……ああ……っ!」
わなわなと震える。
あの時の自分の決死の覚悟は何だったのか。今日の早朝の努力は何だったのか。この勝負下着を揃えた自分は何だったのか。
レイのことを愛しているにもかかわらず、恋は盲目ということで重要なことが抜け落ちていたのだ。
レイは……それはもう、筋金入りの朴念仁だということが。
「レベッカ先輩。一人だけ、抜け駆けしようとしたってダメですよ?」
それは宣戦布告。こうしてアメリアがやってきたのは牽制の意味合いがあった。もちろん、それはアリアーヌも同様である。
「そうですわっ! お一人だけ、先に行かせるわけにはいきませんわっ!」
二人にそう言われて、もちろん黙っておくレベッカではない。彼女はすぐに顔をあげると、二人の顔を半眼でじっと見つめる。
「……こほん。どうやら、今日の件は悲しい事故みたいですね。いいでしょう。レイさんの美徳でもありますし。きっと彼のことですから、みんなで一緒に遊びに行った方がいいと思ったのですね。本当に、【お友達】想いな方です」
その言葉の中で、敢えて【友達】を強調した理由をアメリアとアリアーヌも気がついていないわけではない。
「へぇ……まぁ、そうですね。レイは確かに、【友達】想いですねぇ……」
「わ、わたくしは友人よりも先に行ってみせますわっ!」
そうして三人は互いを睨み合うようにして、その場で静止する。
「「「……」」」
互いに絶対に譲らないという気概を持って、その視線に力を込める。今日はこのような形になってしまったが、特別な日であることには変わりはない。
ここで大きくリードすることができれば、今後の展開は大きく変わってくるかもしれない。
三大貴族の令嬢たちによる、ある種の戦争が──幕を上げようとした。
「早めに出たつもりだったが、一番乗りではなかったか」
やってきたのは、レイだった。いつもとは違って、今日は私服だ。紺色のパンツスタイルに、真っ黒なロングコートを羽織っている。コートの下にはジャケットを着ているようで、いつもよりも大人っぽく見える。
そんな彼の姿を捉えると、ついに戦いが始まるのだった。
果たしてレイは無事に、帰宅することができるのだろうか──。




