第210話 迫る視線
《第一質料=エンコーディング=物資コード》
《物資コード=ディコーディング》
《物質コード=プロセシング=減速=固定》
《エンボディメント=物質》
コードを一気に走らせて、魔術を展開していく。俺がいま十分に使用できる魔術は、高速魔術だけだ。その他の魔術となると、コードが複雑になってしまうからだ。
今の俺に、複雑なコードを構築するだけの魔術領域はない。そのためなんとか高速魔術で対応しているが、この戦闘においては高速魔術だけでもはや十分だった。
発動し続けるのは、氷柱。それはアスター先輩によって破壊され続けてしまうが、それで良かった。
重要なのは射線を切りつつ、先輩に迫っていくということだけ。
そして、俺はわずかにその距離を詰めていく。もちろん先輩も、超近接距離での戦闘は分が悪いと理解しているようで、さらに魔術は激しくなっていく。
絡みとるように電撃蛇を展開しながら、氷礫で牽制。その間にも、俺が生み出した氷柱を溶かし続ける。
また、地面に散った氷礫の残骸を物質変化の応用により、氷壁を生み出して俺の退路を塞いでくる。
圧倒的なまでの魔術の技量。
やはり、メルクロス魔術学院のトップというのは伊達ではない。
これほどの数の魔術を同時並行に展開し、威力も十分だ。アメリアとは異なり、魔術領域はそれほど大きくないと思っていたが……どうやら、それは俺の見当違いだったみたいだ。
先天的な魔術領域。さらには、これだけの魔術を同時に使用できるコード構築の技術。間違いなく、アスター先輩は現時点で魔術師の中でも上位に位置するだろう。
その定義は、学生という括りではない。この世界に存在する魔術師、という意味合いだ。
だが、すでに彼の底は見えた。魔術傾向もそろそろ分析が完了する。
俺は何も、ただ氷柱を生み出して逃げ回っているだけではない。
これは時間稼ぎでもあった。
魔術師は必ずといっていいほど、魔術に癖が出てしまう。同じ魔術を発動しても、それは魔術師によって様々な変化をする。
そして、この両眼だけでなく、感覚でもこの場に展開されている第一質料を感じとる。
突き詰めてしまえば、この第一質料の流れを理解すれば、魔術の発動兆候は理解できる。
「そろそろか……」
ついに痺れを切らしたのか、彼はついに俺に対する攻撃の手を緩める。だがそれは、諦めたわけではない。
彼が発動しようとしているのは、間違いなく固有魔術である。
元々予想はしていた。彼が俺にこだわる以上、劣勢になれば切り札を出してくるであろうと。
だがそれは、俺が誘導したという側面もある。敢えて防御に徹して、相手を追い詰めるようにして戦っていたのはこのためだ。
だが、固有魔術の唯一の弱点といえば、その発動時間の長さだろう。
例えば、アメリアの因果律蝶々はかなり強力な固有魔術であるが、問題はあまりにも複雑なコードをしているため発動に時間がかかってしまう。
それこそ、一瞬で固有魔術を発動できる魔術師は七大魔術師、またはそれに匹敵する魔術師だけだ。
アスター先輩は固有魔術を発動する時間を稼ぐため、最低限の牽制だけをしてくる。さらには、遅延魔術も次々と発動していく。
遅延魔術によって発動するのは、氷壁。
おそらくは、時間を稼ぐには最も適した魔術だろう。
「使うしかないか……」
俺の周囲は、見渡す限りの氷の壁に覆われてしまう。普通ならば、ここで取れる選択肢はこの氷を破壊することだけ。対抗する魔術で、どうにかするしかないだろう。
だが俺には、本質の一つである【還元】がある。
それは、魔術を第一質料へと戻す能力。一時的にだが、俺はその能力を開放することにした。
《対物質コード:還元》
《物質=対物質コード》
《物質:還元=第一質料》
対象とするのは、目の前にそびえ立つ氷の壁。座標を指定した後に、俺一人が通れる程度の穴を作るようにして、対物質コードを発動。
「──対物質コード、起動」
すると、目の前の氷の壁に穴が一瞬で生まれる。周囲には還元したことで生まれた、第一質料の残滓がパラパラと舞う。
そして、視線の先に見据えるのは固有魔術を発動しようとしているアスター先輩。
彼の周りには、可視化されるほどの濃密な第一質料の空間が生まれていた。
その発動を阻止するべく、俺は疾走する。
地面の氷を踏みつけながら、この城の中を駆け抜けていく。ハートネット先輩との戦いでは、固有魔術を発動する暇を与えてしまったが、今回はその反省を生かして、絶対に発動させないようにと試合前から決めていたのだ。
「──やはり、君なら突破してくると思ったよ」
微かに聞こえたその言葉。
それと同時に、地面が青白く発光する。この兆候は、遅延魔術。
なるほど。おそらくは、俺が絶対に固有魔術の発動を防いでくると考えて、遅延魔術をまた別に構築していたのだろう。
「さぁ、ここで終わりだよ」
だが、彼の言葉の通りになることは……なかった。
《対物質コード:還元》
《物質=対物質コード》
《物質:還元=第一質料》
対物質コードは、発動している魔術だけに対して有効なものではない。これは、あらゆる物質または現象を第一質料へと還元する能力。
発動しつつある遅延魔術にもそれは有効。さらに俺は、遅延魔術を敷いているこの城の床の表面ごと第一質料へと還元する。
刹那。
パッと青白い第一質料が溢れ出す。それは、俺が一瞬で発動した対物質コードの残滓。
「……そ、そんなことがありえるのかッ!?」
驚愕に染まりきった表情。アスター先輩は、完全に呆けてしまい俺の超近接距離への侵入を許してしまう。
「先輩。覚悟を──」
そう呟くと、思い切り力を込めた拳を先輩の腹部へと思い切り叩き込んだ。
感触として、俺の言葉で我に返ったのか、防御する暇はなんとかできたようだ。
といっても、完全に意識を刈り取るつもりで放った拳だ。防御はできたとはいえ、直撃には変わりない。
先輩はなんとか、意識を保っていたが苦しそうな表情で俺のことを見つめていた。
「ぐ……ぅうう……」
「では、失礼します」
その場で一礼をすると、アメリアとアリアーヌと合流すべくこの場を去ろうとするが……それと同時に、サイレンの音が響き渡る。
どうやら、俺たちの攻めは成功したようだ。
まずは一勝。後もう一勝すれば、無事に勝利を収める事ができるが……アスター先輩はよろよろと立ち上がると、こちらへと近づいてくる。
「どうやら、僕たちが戦っている間に……そちらの二人がフラッグを取ったみたいだね……」
「はい。次もよろしくお願いします」
「いや、僕らはここで棄権するよ」
「……そうなのですか?」
意外だった。まだ戦えそうな気力は感じ取っているが、彼はそう語る。
「思ったよりも、魔術を使いすぎだよ。それに、君を引き付けるために固有魔術を本気で発動する素振りも見せる必要があった。僕の第一質料はもう限界に近い」
「そうでしたか」
「他の二人には、しっかりと謝っておくことにするよ」
軽く肩を竦める。そんな彼の顔は、とても清々しいものに見えた。
そして、アスター先輩は俺に向かってスッと手を伸ばしてくる。
「ありがとう。いい試合だった」
「こちらこそ、素晴らしい魔術でした」
「君はやはり……普通ではないね。いや、予選の時点で分かっていた事だけどね。本当にすごいよ」
「恐縮です」
「僕も君に負けないように、これからも魔術を磨くよ。ありがとう。とてもいい戦いだった」
「はい。ありがとうございました」
その後、チーム:アスターは棄権を宣告。そうして俺たち、チーム:オルグレンの準決勝進出が確定するのだった。
ふと、自分の手を見つめる。
本質を出さざるを得ない試合だったが……どうやら、大丈夫そうだった。自分の魔術領域に異常はない。
そんな時、俺は視線を感じる。
その場でバッとその視線に対して振り返るが、そこには誰もいなかった。確かに誰かに見られているような、感覚があった。
──気のせいか、それとも……?
そして俺はとりあえず、アメリアとアリアーヌに合流するのだった。




