第21話 世界の広さを教えよう
翌日。
俺の噂は色々と聞いていたが、その風向きが少し変わってきたようだった。
「聞いた? 一般人が貴族に勝ったらしいよ?」
「噂によると、なんでもあの三大貴族のローズ様といい勝負もしたとか」
「へぇ……そうなんだ。意外とやるのかもね、一般人も」
といった声が少しだけ耳に入ってきた。
「おー。レイの噂も少しは緩和してきたのか?」
「そうだといいがな」
現在はエヴィと一緒に寮を出てきて、教室へと向かっていた。そんな矢先にその声が聞こえてきたのだ。
意外と俺に対する評価もすぐに変わるのかもしれない。自分としてはそこまで気にしていないが、それでもやはり悪評はない方が今後の学生生活は素晴らしいものになるだろう。
「でもしかし……」
「どうした?」
「やっぱりお前の戦闘技術はすごいよな。どこで学んだんだ?」
昨日の件。ミスター・アリウムとの試合はまだしも、アメリアの件は見る人が見れば俺の異常な動きは分かってしまうだろう。エヴィもまた何かを感じ取っているようだった。
どう答えるべきか迷う……が、ここは正直に答えることにした。
「俺には師匠がいるんだ」
「師匠? 剣術のか?」
「いやそれに限らない。人生の師匠だな。魔術、剣技、そして人としての在り方。色々と教えてもらったもんだ」
「へぇ……そうなのか」
「でもまぁ……過酷だったがな」
「そんなに厳しいのか?」
「そうだな。ここでの生活が天国と思えるほどには」
「ウヘェ……そいつはヤベェな。で、その師匠は今は?」
「今は王国の東の外れの森に住んでいる。いつかエヴィにも紹介しよう」
「え……もしかして、シメられたりしねぇか?」
「大丈夫だ。見た目は麗しい女性だからな」
「女の人なのか……でも、見た目はってことは……」
「まぁ……性格は色々と問題があるが、悪い人ではない」
「ま、それはレイを見ればわかるがな!」
「ふふ……そうか」
そうして俺たちは雑談を繰り広げながら、あっという間に教室にたどり着く。
「おはよう」
「ウィーっす」
挨拶をして各自、自分の席に向かう。すると俺の席にはエリサとそしてアメリアもやってくるのだった。
「おはよう。二人とも」
「おはよう、アメリア」
「お……おはよう……!」
昨日。俺は少しだけ熱くなってしまい、能力の一部を解放してしまった。そのことに関して、アメリアから言及されたが俺は逃げるようにしてその場から去っていった。
あの一撃。おそらく他の生徒はまだしも、当事者であるアメリアとそれにライト教官は色々と感づいたのかもしれない。
だがアメリアはそんな様子を微塵も出さずに、いつものように話しかけてくる。
杞憂だといいのだが……あの後のアメリアは妙に危うい雰囲気を纏っていた気がする。純粋に俺の剣技に驚いただけというわけでもなく、何か灼けるような、焦がれるような……そんな視線を俺は感じ取っていたのだ。
まだみんなとの付き合いは短い。
だからこそ、知っているようでまだ知らない側面があるのだと思った……それは互いに……。
きっと俺もまた、アメリアの心の内を知る日が来るのかもしれない。
そうして今日もいつものように1日が始まるのだった。
◇
「……おい」
「む? あぁ。ミスター・アリウムか。なにか用事だろうか?」
「お前のせいで……俺はッ……俺はッ……! 貴族が一般人に負けるという屈辱を……ッ!!」
なるほど。これはただ事でないと俺は思った。
それに彼の後ろには、数人の生徒がいた。きっと彼の友人なのだろうが、楽しく談笑……という雰囲気でもなさそうだった。
ちょうど放課後になり、図書館に寄っていて少し帰りが遅くなった現在。
俺は廊下を歩いて、寮に帰ろうとしていたところだった。
生徒もあまりいなく、夕日が心地よく差し込んでいるも……彼のその視線はまさに殺意に満ちていた。よく知っている、よく見てきた双眸だ。
ならば、彼が提案する話は……おおよそ読めていた。
「俺がお前に負けるわけがないッ! 魔術剣士として、総合力を競うなら……俺は、絶対にお前には負けないッ!」
「なるほど。昨日の模擬戦では、十分な力が発揮できなかったと?」
「そうだッ! 魔術を組み合わせることができれば、身体能力だけのお前に負けるわけはないッ!!」
「……そうか。それで、決闘の申し込みだろうか?」
「分かってるじゃねぇか……」
「ふむ……」
こうなることは、いつか来ると思っていた。明らかに俺のことを目の敵にしていたし、あの模擬戦での戦いがきっと響いたのだろう。それに今朝の噂、彼にとっては不名誉なことこの上ないのだろう。
だからこその……憎しみ。
ここで受けないという選択肢も存在するが……きっとそれでは彼の気が収まることはない。
ならば……俺が取る選択肢は一つだった。
「分かった。付き合おう」
「真剣を使って、魔術行使もありだ」
「魔術剣士として戦うということだな」
「そうだ……それじゃあ、付いてこい」
俺たちは誰かに遮られる訳でもなくそのまま演習場に移動するが……チラッと後ろを見ると、エヴィ、アメリア、それにエリサまでもがジーッとこちらを見つめていた。
どうやら付いて来るようだが……心配してくれているのだろうか。
でも、心配はいらない。この手の輩の対処は心得ているからな。
「おらよ」
と、ミスター・アリウムは真剣をこちらに投げて来る。
演習場にやってきた俺たちだが、なぜか見物の生徒が数多くいた。これはすでに見世物として、広めていたのだろうか。それとも、貴族には貴族なりのプライドがあるからこそ……なのだろうか。
パッと周囲を見るに、確かに貴族の生徒が多いような気がした。流石に全員の名前までは把握していないが、一般人の俺に対していい印象を持っていないのは明らかだった。
「ミスター・アリウム、ルールは?」
「敗北を認めた方が負けだ」
「なるほど」
俺は投げ寄越された剣を拾う。カフカの森の演習でも使用したが、一般的なブロードソードそのものだった。
片手用のやや長めの剣。刃渡りは70から80センチ程度。またこれはサーベルとは異なり、反りがない真っ直ぐな刃をしており、先端部は両刃になっている。
そしてミスター・アリウムが持っているのもまた同様である。
この戦い……昨日と似たような形だが、明確に違う。
木刀ではないし、それに魔術の行使はなんでもありだ。
それこそ本当の魔術剣士同士の戦い……といったところだろうか。
じっと彼を見つめる。その双眸はとっくに殺意に染まりきっている。貴族として一般人に苦汁を嘗めさせられたことが気に入らないのだろう。俺も軍にいた時は色々と言われたものだった。その度にこうして争いごとになったのも、つい昨日のことのように思い出せる。
実際のところ、俺は極東戦役が終了してから……つまりは3年間、実戦経験はない。でもその間に何もしなかったわけではないし、この学院でも努力は重ねている。ならば、今の俺ができる最大を持って彼に相対しようではないか。
「──おらああああああああああああああッ!!」
合図はなかった。しかしそれは承知の上。
審判などいない。
互いに凌ぎを削り、相手に敗北の二文字を刻み込めば勝利となるのだ。それこそ、戦場に近い感覚だ。おそらく彼は俺を殺すような気概で来るのだろう。腕一本ぐらいなら刎ねても構わないと……思っているほどに。
「むッ……!!」
「オラオラ、どうしたああああああああああああッ!!!」
以前とは違い、魔術の制限はない。彼は高速魔術で火球を生み出して、さらには身体強化も重ねて俺の方に攻めて来る。
確かに彼の言うことも一理ある。あの木刀での戦いでは、彼は自分の能力を発揮できていない。むしろ、この魔術による攻防こそが真髄なのだろう。
魔術剣士はバランス型、魔術型、剣技型と3つの種類に分類される。魔術と剣技をバランスよく使う者もいれば、魔術に特化したもの、剣技に特化したもの、そのスタイルは各個人によって異なる。
見る限り、彼は魔術型なのは自明だった。だからこそ、この条件で決闘を申し込んできたのだろう。魔術が使えるのならば、負けることはない……と。
「……」
だが、それを含めてもまだ足りない。届きはしない。
俺のいる領域は彼のさらに上だ。それはもう、この一連の攻防で掴んでしまった。
依然として感情が先行しているのか、ミスター・アリウムは怒涛の攻撃を仕掛けて来る。高速魔術による攻撃も素晴らしいものだ。そしてそれを縫うようにして、俺に剣戟をぶつけて来る。
合理的かつ、判断のいい戦い方だ。
だが……まだ余計なモノが入っている。
それは感情。怒り、憎しみ、など戦闘には不要。確かに一時的に能力が底上げされることもあるが、総じてそれは余分である。
そんな彼を見て、俺は師匠に感情は切り捨てろと教えられたことを思い出していた。すでに師匠は側にはいない。10年近く共に過ごしてきたが、この学院には彼女はいない。でもその教えはずっと俺の心に刻まれている。
ならば、いつものようにその教えを俺は徹底して実行するだけでいい。
「防御だけかッ!? ああッ!!?」
「……」
彼は優勢と思っているのか、さらに攻撃を重ねて来る。縦横無尽に繰り広げられる剣戟。そしてその間には高速魔術が入り込んで来る。これこそが、魔術剣士による本当の戦い。
その一方で俺は自らの意識を……沈める。まるで海底に沈み込んでいくかのように俺は意識を集中させて、落とし込んでいく。彼は知らない。感情など、戦闘には不要であり、余計なものでしかないと。
本当の戦場では、感情的になった瞬間に死が待っているのだから。
「あ……は……?」
刹那。俺は眼前に迫る、彼が発動した火球をブロードソードで切り裂いた。
ありえない出来事に彼は呆然となり、間抜けな声をあげる。それはこの戦いを観戦している生徒も同じだった。
魔術を剣で切り裂く。そんな芸当、軍人ならばまだしも学生には不可能だと思われている。しかし……そんな道理は俺には関係ない。
そして俺はブロードソードを中段に構え直すと、こう告げた。
「ミスター・アリウム。世界の広さを教えよう」
「ほざけええええええええええええええええええええええええッ!!!」
俺はそうして、改めて彼と対峙するのだった──。




