第207話 彼の幸せを願う
「さて、ついにレイの出番か」
本戦二回戦がついに開始。二回戦の始まりは、レイたちの試合からだった。シード権を獲得しているため、一回戦は参加せずにここまできている。
フレッシュな状態で戦闘はできるが、一回戦を勝ち抜いている相手と比較して経験という点では劣るだろう。
だが、レイに限ってはそれは無いにも等しいだろう。
「レイ=ホワイトたちの初戦ですが、先輩はどう見ますか? 私は一回戦を経験していないという点で、立ち上がりは厳しいとは思うのですが」
いつものように、リディア、カーラ、リーゼの三人で観戦をしていた。その中で、試合の前にリーゼはリディアにそう尋ねてみる。
「その点は大丈夫だろう」
「そうなのですか?」
「あぁ。おそらく、モニターからの観戦だけで古城の立体的な構造は把握しているだろう。それに、レイには絶対不可侵領域がある。おそらくはすぐに展開して、構造は完璧に把握できるだろう」
「……確かあれは、知覚領域と還元領域の二つに分かれているものですよね」
「そうだ。もともと私は、知覚領域だけを使用していたのだが、レイは私と違って二重展開できるからな。どうだ、やるだろう?」
と、まるで自分のことのように自慢げに語り、ニヤリと笑うリディア。
すでに親バカであることは把握しているので、リーゼは特にいうことはなかった。
いつも通りだな、と思う程度には辟易しているのだが。
「そうですね。流石というべきですね」
「そういえば思ったのだが、リーゼは妙にレイのことを知っているな……どこで話を聞いた?」
ふとリディアは疑問に思ったのだが、リーゼはレイのことをよく知っている気がするのだ。
能力に関しても、絶対不可侵領域のことはすでに知っているような口ぶりだったからだ。
「【比翼】ですよ。会うたびに、彼のことを口にしているので」
「くそ……あのロリババアか。レイの熱心なファンのようだが、絶対にレイは渡さんぞ……!」
【比翼の魔術師】。それは、七大魔術師の一人なのだが以前レイにあった時、それはもう彼に執着していたのだ。
曰く、レイこそが至高の魔術師であると。
それ以来、リディアはずっとレイのことを大切に守ってきたのだが、どうやら【比翼】は彼の情報を独自に収集しているようだった。
「レイは最高傑作なのじゃ! 我のものにしたい! と、以前の学会で豪語していましたね」
いつものように無表情で、声真似をするリーゼだがそれはかなり酷似していた。何気に、人の特徴を掴むのが彼女は得意である。
「あんのロリババアめ……絶対にレイのことは渡さん!」
「そうそう。リディアさんのことも言っていましたよ」
「ほぅ……なんて言っていたんだ?」
「リディアのやつは親バカでかなわん。レイはもっと自由に生きるべきなのじゃ! とかなんとか」
「……殺す」
その瞳は完全に殺意に染まりきっていた。リディアは何かとその性格から相性の悪い人間というものが存在するのだが、その中でも【比翼】は最も相性の悪い魔術師と言ってもいいだろう。
キャロルに関しては、喧嘩するほど仲がいいという範疇で収まっているのだが、【比翼】に対してはリディアは心から彼女を嫌っている。
それはレイに対する執着心があまりにも異常だからだ。それに、その能天気な性格も気に入らないらしい。
「しかし、【比翼】が彼にご執心なのも、理解できないことではありません」
「なに? リーゼもレイを狙っているのか?」
完全に血走っている殺意の込められた目を、リーゼに向ける。しかしそれをまるで意に介していないかのように、彼女は話を続ける。
「いえ、別に。それに、先輩こそレイ=ホワイトとお似合いだと思いますが」
「なぁっ!!? 私とレイはそんな関係では無いっ!!」
そう言葉にして否定するが、顔は真っ赤に染まっていた。そんなリディアの心情を慮ることなく、リーゼは淡々と思っていることを口にする。
「彼は確か、まだ十五歳。先輩は二十九歳。十四歳差など普通のことでは?」
「はぁっ!!!?」
さらに声を上げる。しかし、リーゼはそんなことは全く気にしない。ただただ、思っていることを良くも悪くも話し続けるのだった。
「周りには、もっと歳の離れた夫婦もいることですし。別に意外なことでも無いと思いますが」
「私の愛情は、親のものであって! そ、その! 異性に抱くようなものでは無いっ!」
「そうなのですか? しかし、私には愛情の違いの差というものが理解できません。つまるところ、何が違うのですか?」
「そ、それは……」
愛情というものを言葉にするが、明確な定義はない。
それは人間に宿っている不確かな感情。それを明確に言語化できるほど、リディアはまだ歳を重ねてはいない。そもそも、彼女は学生時代も、卒業してからの軍人時代もずっと魔術と向き合ってきた。
そのような感情は、全く経験がないのだ。
「これは所感なのですが……私が思うに、重要なのは──」
「な、なのは?」
じっとリーゼの横顔を見つめて、その言葉を待つ。
しかし返ってきたのは、予想外の回答だった。
「やはり、性欲の有無では無いかと」
「は?」
「生物と性欲は切っても切れない関係です。やはり生殖には、性が絡んできます。そもそも、愛情や性欲も生物の種を保存するシステムの一つ。結局のところ、我々はこの遺伝子を運ぶための器に過ぎないと、そう思っていましたが、どう思いますか?」
「そ、それは……た、確かに一理はあるが……っ!」
「リディア先輩は、経験があるのですか?」
「えっ!!」
今度はさらに声を上げる。顔もすでに朱色に染まり上がっており、恥ずかしいどころの騒ぎではなかった。
長年の付き合いのアビーとキャロルですら、このような話を真面目にしたことはないからだ。
「いや、別に私はそういうのは……っ!」
「なるほど。経験がないと。では、私の方が先に進んでいますね」
「はぁ!? お前は経験があるのかっ!?」
驚きを隠せない。
あのリーゼが誰かとそのようなことをするなどとは、予想もできない。そう思っての驚きの声だった。
「まだキス止まりですが、学生時代にエヴァンとしたのが最後ですね」
「な、なるほど。そういうことか……」
「それで、先輩はどうなんですか?」
「わ、私はその……べ、別にまだ経験がないというか……」
後半にいくにつれて、声が小さくなっていく。まだ経験がないことを実は恥じているのだが、実際のところリディアは全くの未経験というわけではない。
「なるほど。そうなのですね」
「ただまぁ……レイとはその、キスぐらいはしたことがあるというか……あれをカウントしていいのか、わからないが……」
「もしかして、戦場での話ですか?」
「あぁ。レイと初めて出会った時、あいつは瀕死だった。その時に人工呼吸をしたが、あれはそういうものではない! ということで、私はまだ未経験だ! なんだ、悪いのかっ!!?」
ついには逆ギレしてしまう始末。アビーとキャロルがリディアに対してこの話題は振るものの、あまり深く追求しないのはこれが理由だった。
彼女は最後にはどうしてもキレてしまう。そして、魔術を使ってまで暴れ出してしまう。
だがこの話題に関しては、リーゼとは相性が良かった。
「いえ。私も先輩と同じなので。一緒に頑張っていきましょう」
「ば、馬鹿にしないのか?」
「馬鹿にする? 年齢も一つしか違いませんし。それに、人には人のペースがあるでしょう。子どものことを考えると遅いかもしれませんが、まだ二十代。焦る必要はないと思いますよ」
「そ、そうだよな!! いやー、リーゼはよく分かっている!! どうだ? 今日は飲みにつれて行ってやろう! もちろん私の奢りだっ!」
「では、遠慮なくそうさせていただきます」
そして二人は、視線をモニターに移す。
それと同時に、試合が開始される。
リディアはレイが戦う姿を見て、彼と出会った時を思い出していた。
まだ幼い少年が、戦場でたった一人、蹲っていた時の事を。
世界に絶望し、人間に絶望し、魔術師としての運命に振り回され続け、人生を彷徨い続けていた少年。
初めはただ、同情していた。しかし、彼の成長を見るたびにリディアは自分の心も成長していくような気がした。
そんなレイが今は、学生になった。新しい仲間もできた。
そして、戦っている。仲間と共に、切磋琢磨している。
彼の姿を見続けてきて、思うところがあるのか一筋だけリディアの瞳から涙が零れ落ちる。
「──レイ。お前の幸せを、心から願っているよ」
それは自然と出た言葉だった。それに対して、リーゼもカーラも反応することはなかった。
その言葉はあまりにも、慈愛に満ちていたのだから──。




