第20話 模擬戦
「では今日はここまで、としたいところだけど……今回はちょっとしたことをしようと思う」
魔術剣技の授業の最中、ライト教官がそう告げた。
現在は高速魔術と剣技の型の確認をしており、ちょうどそれが終了したところだった。ちなみに全員が学んでいるのは、アーノルド流という基本的な剣技の型だ。これはあらゆる剣技の基礎となるもので、二年次以降は別の流派に行くか、それともアーノルド流を極めるのかと選択肢が存在する。
またアーノルド流は数多くの派生流派を生んだ剣術の源流であり、魔術との相性も良くさまざまな魔術学院で今も採用されている背景から主流として重視されており、この学院ではアーノルド流の基礎を学ぶ事から始められている。
そして一年の間はこれをマスターすることに専念するため、今はこうしてアーノルド流を練習している……といったところだ。
「もう6月になって、そろそろ魔術剣士競技大会が近くなってきた。7月からは校内予選が始まって、7月下旬には代表選手が決まる。君たち一年生は新人戦、つまりは一年生だけと戦うことになる。もちろん他校の選手とね。一応、同じ学院の生徒は序盤では組み合わせないようにしてある。それを踏まえて……模擬戦をしようと思うけど、誰かしたい人はいるかな? 自薦、他薦は問わないよ」
魔術剣士競技大会か。
師匠にも話を聞いたが、一年生は新人戦。二年生以降は本戦に参加することになっている。俺は師匠との話でもしたが、出れそうにないので今回は静観しようと思っていたが……話は思わぬ方向に進むことになる。
「はい。やらせてください」
「お。アルバート=アリウムくんだね。君は筋がいいから期待しているよ。それで、彼の相手は……」
「レイ=ホワイト。来いよ」
「む? 俺か?」
「あぁ」
その見据える双眸は怒りが宿っているのか、それとも純粋に熱くなっているのか、妙に滾っている気がした。しかし妙だ……いくら俺が一般人だからと言って、ここまで挑発的になるものだろうか。
いや、貴族の体質だと言われればそれまでだが……俺は何か別の意志が絡んでいる気がしてならなかった。
「ホワイトくん。君も優秀な剣士ではあるけど……受けるかい?」
「ご指名をもらったのならば、そうですね……やらせていただきます」
瞬間、周囲がざわつく。
「貴族と枯れた魔術師か……」
「でも彼って、いい動きしてるわよね」
「うんうん。魔術はあまり上手くはないけど……剣技はちょっと違うわよね」
「一般人も意外にやるしな……」
と、意外にも好意的な意見も聞こえてきたりした。そんな中、俺の近くにはアメリアとエヴィがやってくる。
「レイ、頑張ってね」
「俺も期待してるぜ!」
「あぁ。全力は尽くそう」
そうしてライト教官の立会いのもと、俺はミスター・アリウムと向き合う。
「この前のあれ、偶然だってことを教えてやるよ」
「この前のアレ……? あぁ。カフカの森でのことだろうか」
「俺でもやれたんだッ! そして、俺はお前よりも強い。貴族が一般人に負けるわけがないッ!!」
「ふむ……なるほど。まぁ勝負は蓋を開けてみるまで分からない。正々堂々と勝負をしよう」
そういうとさらにキッと厳しい目つきになる。
彼は血統というものを重視している。でもそれは彼というよりも、彼の環境がそうさせているように思えてならなかった。貴族の体質とはやはり環境的な要因が大きいと俺は思っている。幼い頃から、血統を重視して、才能を重んじる。それが全て悪いとは言えないが、それだけではやはり……足りない。
七大魔術師に至った今だからこそ、俺はわかるが……それはきっと、辿り着いた者にしか分からないのだろう。口で言っても、もはや無駄だと悟る。
ならば、この剣で白黒つけるべきなのだろう。
まぁ……今回は木刀だが……。
「ルールは木刀の使用と魔術は身体強化のみで。今回は高速魔術は無しだ。まだ君達は扱い慣れていないからね。勝敗はどちらかが敗北を認めるか、僕が判断する。危ないときは止めに入るからね」
「分かりました」
「は。了解しました」
その言葉を聞いて距離を取る。
この演習場には、他の生徒が俺たちを取り囲むようにしている。そして俺と彼が真っ直ぐ向き合う。
「では……始めッ!!」
その言葉を認知したと同時に、俺たちは互いに地面を駆け抜ける。
もちろん、走りながらの魔術の行使は忘れはしない。
《第一質料=エンコーディング=物資コード》
《物資コード=ディコーディング》
《物質コード=プロセシング》
《エンボディメント=内部コード》
身体中にコードを適用する。そうして身体強化が互いに終了すると、彼は上段から思い切り木刀を振り下ろしてくる。
「オラああああああああッ!!」
「む……ッ!!」
俺はそれを受け止める。
重い。重い剣だ。
彼は自分の実力に自信があるようだが、それはあながち間違いでもない。この一年生の中で言えば上位10人には入るほどの腕前だろう。魔術剣士としては将来有望だろうが……俺もここで簡単に負けるわけにはいかない。
何と言っても俺もまた、負けず嫌いな一面があったりするからだ。
互いに競い合うならば、勝ったほうが気分がいいのは誰だって同じだ。
「ぐ……どうなってやがるッ!! 一般人のくせにッ! 枯れた魔術師のくせにッ!」
「……」
繰り返される怒涛の連続攻撃。
よほど自信があるのか、彼は縦横無尽に木刀を振るう。でもそれは……ただ感情任せに、身体強化によって力任せに木刀を振るっているに過ぎない。
そこに術理はない。剣技もまた、魔術と同じ。コード理論は存在しないものの、冷静かつ論理的に剣技を行使すべきである。
「……ミスター・アリウム」
「あぁ!!?」
「終わりだ」
「あ……!」
彼が再び大振りの上段を繰り出そうとした瞬間、俺は彼の手首を跳ねるようにして木刀を振るう。そうしてクルクルと木刀が宙を舞い、そのままカランカランと地面に落ちる。
勝敗は決した。
「決まりだね。勝者は、レイ=ホワイトくんだ」
どよめきが広がる。
「マジかよ……」
「意外とあっさりだったな」
「でも……本当に一般人が勝つとは……」
皆、驚いているようだが、そんな中アメリアが俺をじっと見つめているのを感じる。それは勝利を祝福するというよりも、なんだか何かを求めているような……そんな視線。そうしてアメリアはこちらに近づいてくると、俺の方ではなくライト教官の方に向かった。
「先生」
「ん? ローズさんか。どうしたんだい?」
「次は私がレイとやってもいいですか?」
「彼が承諾するなら構わないけれど……」
「自分は構いません」
俺はすぐに承諾した。
なるほど。アメリアは俺と戦ってみたかったのか。
そうして呆然としながらミスター・アリウムがトボトボと皆のいる方に向かうと……今度は俺とアメリアが対峙することになった。
「レイ。あなたは不思議な人ね。魔術はうまく使えない。でも剣の技術は非凡で、それにカフカの森でも実戦には強かった。その時から、あなたとは戦ってみたかったの」
「なるほど……それは嬉しい言葉だ。ともに切磋琢磨しようではないか」
「ふふ……そうね」
互いに構える。
そうして再び、ライト教官の声が上がる。
「では……始めッ!!」
先ほどと同じように、コードを再び走らせて身体強化をするも……。
「む……ッ!!?」
「はああああああああああッ!!」
疾い。
アメリアの速度はミスター・アリウムのそれを優に上回っていた。それは純粋に魔術の構成もあるだろうが、これはコードの処理速度もまた彼女は一流なのだろう。容量も大きい、それに処理速度も速い。
こればかりは才能的な面が大きいので、彼女は大きな才能を持っていると断定するしかない。
俺はそんな彼女の剣戟を真正面から受け止める。
重くはない……だが、速いッ!
俺が受け止めた瞬間にはすぐに次の攻撃に移っている。俺もまたその間を縫うようにして、攻撃を重ねるも……完全にジリ貧。彼女のそれは俺の剣戟をわずかにだが、上回っていた。
──今のままでは無理か。しかし、ここで……。
と、少しだけ思案して俺は自分の能力の枷が少しだけ外れてしまうことに気がついた。熱くなってしまった。彼女のそのあまりにも美しい剣戟に、俺もまた本気で向き合いたいとそう思ってしまった。
「……え?」
ぽかんとしたアメリアの声は、もう意識の中にはなかった。
そして俺の剣は吸い込まれるようにして、彼女の喉元に向かっていくが……。
「ぐ……ッ!」
痛みが脳内に走る。そして、その攻撃は途中で勢いを失って、そのままアメリアに木刀を跳ね飛ばされてしまう。
「勝者は、アメリア=ローズさんだね。でもホワイトくん……君は……」
「いえ。自分は純粋に負けただけです」
俺はすぐに痛みをこらえると、アメリアに握手を求める。
「アメリア。君はすごいな」
「……最後の」
「ん?」
「最後のアレ、何? 私……見えなかった……」
「いや、あれは……」
「あなたは一体、何者なの……?」
アメリアのその問いに、俺が答えることはなかった。




