第2話 入学式
「ようこそ、アーノルド魔術学院へ」
講堂に入り、空いている席に適当に座ってしばらく時間が経過して……とうとう入学式が開始となった。アメリアとは別れている。彼女は主席として学年代表挨拶があるらしく、前の方の席にいる。
ちなみに俺は真ん中付近の席についている。
「さてこの魔術学院へ入学した諸君に残念なお知らせだ。君たちの約8割はおそらく大した魔術師にはなれないだろう」
そう語るのはこの学院の長である、アビー=ガーネットである。オレンジがかった髪の毛が特徴である。
あまり魔術師の世界を知らない俺でも、その名前は知っている。というのも彼女はこの世界の魔術師の頂点である、世界七大魔術師の一人だからだ。
世界七大魔術師。
魔術協会が定めた、世界の中でも七人しか存在しない魔術師の頂点。その名の通り、それは魔術の真髄を極めた者の総称である。
魔術師にはランクが存在し、銅級→銀級→金級→白金級→聖級となっている。その聖級の頂点七人を、尊敬と畏怖を込めて世界七大魔術師と評する。
世界最高峰の魔術師。それは皆が憧れ、そしてその頂きを目指そうとする場所。魔術師になったからには、魔術の真髄を極めたいと思うのは至極当然。特に貴族はその傾向が強いらしい。
そして、アビー=ガーネットの二つ名は……灼熱の魔術師。
名前の通り、炎魔法を極めている彼女にぴったりな名前だ。
「これは統計として明らかになっている事実だ。学年の中でも上位2割、1割の年もあるな。君たちは確かにこの学院に入学を認められた才能ある魔術師だ。しかし、その中でもさらに篩にかけられる。君たちの8割は銀級の魔術師にもなれずに、銅級で卒業を迎える。しかし、残りの2割は聖級に至る者がいた年もある。魔術の真髄を極めようとする若者よ。努力せよ。それこそ、血の滲むような努力だ。自分には才能がないと嘆く者は必ず出てくる。だが能力とは、才能、努力、環境で成り立つものだ。いくら才能があろうとも、腐っていった魔術師を私は数多く見てきた。故に改めて、こう告げる。努力せよ、と」
そう締めくくって学院長の話は終わりを告げた。
彼女は理想を語りはしなかった。ただただ、現実を突きつけるだけ。でも魔術師とはそういうものだ。俺たちはそういう世界に足を踏み入れたのだと、自覚する必要がある。
学院長が壇上から下りていく際、チラッと彼女がこちらを見る。そして俺が軽く礼をすると、ニヤッと笑う。
彼女とは実は旧知の仲であり、色々とあったのだが……それは今は割愛しておこう。
「それでは新入生代表挨拶」
「はい」
凛とした声が講堂に響き渡る。
新品の制服だというのに、それは完全にアメリアに馴染んでいた。彼女は俺とあった時と変わらずに背筋をしっかりと伸ばし、そのまま毅然とした様子で壇上へと登る。
その灼けるような双眸は、どこを見据えるのか。
そうして彼女はスッと息を吸って、その口を開いた。
「新入生代表、アメリア=ローズです。由緒あるこのアーノルド魔術学院に入学できたことを誇りに思います。しかしここは始まりであり、到達点ではありません。私たちの行く手にはきっと、多くの困難が待ち受けていることでしょう。しかしここの生徒であるからには、その困難に立ち向かっていく所存です。先ほど学院長がおっしゃったように、事実として学年の上位2割しか大成しないという現実もまた知った上で、進まないといけません。それこそが、魔術を極めようとこの学院に入学した、私たちの使命なのですから……」
純粋に上手い、と思った。
カリスマ性もあるだろうが、何よりもその話し方は妙に説得力がある。おそらく話す内容はあらかじめ暗記しているのだろうが、アドリブで学院長の話も取り入れた上で上手く話を続けている。
別にこれは魔術師としての能力になんの関連性もないが、きっと彼女は人を集めるような人望のある魔術師になるのだろう。
そんな感想を俺は抱いた。
◇
「さてと……クラスは……」
入学式が終了し、次に行くのは各自の教室だ。
俺は学院の門の前に張り出されている大きな紙を見つめる。そこにはズラッと生徒の名前が書いてあり、俺は自分の名前を遠目から探す。
「……あった! なるほど……Aクラスか」
レイ=ホワイトの名前は、Aクラスにあった。ちなみに学年には200人の生徒がいて、それが40人ずつA~Eクラスまでにふり分けられている。それと他の生徒の名前を確認したが、アメリアの名前もあった。
初めてできた学院の友人が同じクラスで心底良かったと思う。
満たされた学院生活に友人は必須だからな。
「……」
そうして俺は教室に入る。すでに黒板に座席は名前と共に書いてあった。俺は窓際の奥の席。一番後ろというのは何かと気が楽でいいのだが、その対照的な場所には彼女がいた。
「アメリア様、ご挨拶素晴らしかったです!」
「本当に私も素晴らしいと思いました!」
「流石はあのローズ家の長女です!」
と、すでに彼女は囲まれていた。
でもその人気には納得だ。あの容姿に、カリスマ性。家柄も良いとくれば、それこそ人も集まるものだろう
さて俺も少し挨拶に行くか。
「アメリア、同じクラスになったようだな」
「レイ。良かったわ、あなたも同じクラスで」
その喧騒を裂くようにして、俺は彼女に挨拶をする。だが他の生徒は、こいつは誰だ? と言わんばかりの視線で俺を射抜いてくる。そしてその視線に好意がないことは流石の俺でも理解できた。
「おーっす。席つけよー」
女性の声が教室内に響き渡る。
それと同時に立ち上がって談笑していた生徒たちは、蜘蛛の子を散らすように席に着席。俺もまた、同じように自分の席に戻るのだった。
「さて。私は担任のヘレナ=グレイディ。呼び方は、グレイ先生で構わない。さて、入学初日にガイダンスとはダルいがまぁ……これも仕事なので、やっていくしかない」
ショートヘアーの髪に、ラフな服装。だが、メイクは最低限されており女性としての美しさはしっかりと表われていた。
グレイ教諭か。いかにもダルそうな雰囲気を醸し出しているが、大丈夫なのだろうか。少し足元もふらついているし、おそらく昨晩は深酒でもしたのだろう。俺はある経験からそう結論づけた。
まぁしかし、別にここの教師に教師らしい振る舞いなど求めている者はいないだろう。
アーノルド魔術学院の教師とは、ただの教師ではない。それは魔術の専門家であり、教師というのは一面的なもので研究者としての側面の方が強いからだ。
「んじゃとりあえず自己紹介から。そっちから適当にやってくれー」
投げやりな感じでそう告げる教諭。
俺は新しい友人を確保するために一人一人の名前をしっかりと聞く。皆はどこの家庭出身か、またはどこの貴族であるかなどと言っていた。
なるほど。貴族の生徒もいるのか。これは是非とも仲良くなっておきたい。交友の幅は大事だからな。
そうして最後にやってきたのは俺だった。もちろんここでヘマをするわけにはいかない。第一印象は大切だからな。
「レイ=ホワイトだ。知っている人もいるかもしれないが、一般人出身だ。この学院始まって以来の一般人らしいが、魔術師として粉骨砕身努力していく所存である。よろしく頼む」
シン、と静寂が広がった瞬間に少しだけクスクスと笑い声が聞こえた。ギャグを言ったつもりはないが、受けたのなら良しとしよう。
俺は満足げな顔で着席すると、グレイ教諭はそのまま淡々と話をして今日のところは解散となった。ということで、俺は次に宿舎に向かう。




