第190話 お嬢様との出会い
十二月に入り、本格的に冬がやってきた。
はぁ、と吐息を漏らせば白くなるほどに寒くなってきた。
木々も完全にその葉を散らし、痩せ細っているものが目立つ。それに雪はまだ見ていないが、そろそろ降ってきてもおかしくはない季節だ。
「朝か」
目が覚める。すっかりと寒くなってきたが、ベッドからいつものように出ていく。カーテンを開けると、清々しい朝日が室内に差し込む。
冬の光は、夏とは少しだけ違う。
なんと形容すべきか分からないが、俺は冬の朝も好きだった。
エヴィといえば、まだ寝ているようで寝息を立てている。
最近は帰りも遅く、かなりのトレーニングを積んでいるようだ。室内では他愛のない雑談はよくするが、互いに大規模魔術戦については触れない。
それは暗黙の了解のようなものだった。
しかし決して気まずいわけではなく、互いにライバルとして意識しているというべきか。
今日は休日ということで、街に出かけようと思っている。最近は訓練などもあって、自分の時間を取ることができなかったが今日は久しぶりの休息日。
アメリアとアリアーヌもかなりいい感じに仕上がってきている。
特にアリアーヌの成長は顕著であり、俺との連携も極まってきている。アメリアは、因果律蝶々の制御に苦労しているようだが、リーゼさんとの訓練により成長はしているようだ。
最近は特に、コード構築の質が格段に上がっている気がする。
このままいけば、将来的にはアメリアは七大魔術師になるのではないかと思っている。
「よし」
軽くシャワーを浴びて、私服に着替える。今日は気温もかなり低いということで、黒のロングコートを羽織る。それは師匠にいただいたものであり、冬にはよく使わせてもらっている。
外に出ると、しっかりとした冷たさを感じる。
しかし俺は体温が比較的高い方なので、冬はそれほど苦ではない。
学院から中央区へと伸びてる坂を下っていき、そのまままっすぐ街へと進んでいく。
左右に生えている木々は、もう一枚の葉も残っていない。それに地面の雑草には、わずかに霜が積もっている。
そんな季節の風情を楽しみながら、俺が向かうのは本屋だった。
最近は持っている本を全て読み終えてしまったので、新しいものを買いに行こうと思っていたのだ。
それに、数日前にルナ=エテルの新刊が出たということで王国内では話題になっている。俺はそれがリーゼさんだと知る前からのファンだったので、もちろん今回の買い物に際して彼女の新刊も買うつもりだ。
「お、あるな」
本屋にたどり着くと、山積みの新刊が置いてあった。それに迷わず手を伸ばすと、隣の女性とタイミングよく手がぶつかってしまう。
「と……申し訳ありません。大丈夫ですか?」
「えぇ。こちらこそ、申し訳ありません」
その女性は、とても美しい人だった。おそらく、貴族の方だろうか。
綺麗な色素が薄めの青色の髪に、身体のバランスもしっかりと整っている。スッと通る鼻に、わずかに朱色に染まっている唇。まつ毛も綺麗に上を向いており、化粧も素材を引き立てるようにしてまとまっている。
また、その後ろには双子だろうか。
メイドが彼女の後ろに立っていた。
「ファンなんですか?」
と、尋ねてみることにした。これも何かの機会だと思ってそういうと、女性ははにかみながら答えてくれる。
「はい。ルナ=エテルの書籍は全て持っていて、何度も読み直したものです」
「自分も同じです。彼女の本はとても素晴らしいですよね」
「はい! この前の本も──」
そして、二人でその場でルナ=エテルについて盛り上がってしまう。彼女とは本の趣味がよく合うようで、好みの作者がかなり被っていた。
「あ、その自己紹介が遅れました。私は、シャーロット=ハートネット。上流貴族、ハートネット家の長女です。メルクロス魔術学院の三年生でもあります。後ろの二人は、メイドの……」
視線を後ろに逸らすと、メイドの方がその場で丁寧に一礼をする。
「姉の、ケイシー=シャーリエでございます」
「妹の、キャシー=シャーリエでございます」
そうして、俺もまた自己紹介をするのだった。
「レイ=ホワイトと申します。アーノルド魔術学院の一年生です」
そう言葉を発した途端、彼女の顔がみるみるうちに曇っていく。
「レイ=ホワイト?」
「はい」
「……まさか、あの一般人の?」
「そうですね。確かに自分は、一般人ですが」
あからさまに雰囲気が先ほどのものと変わる。だが俺もまた、その名前を聞いて思い出していた。
チーム:ハートネット。
構成メンバーは確かこの三人だと記憶している。
シャーロット=ハートネット
ケイシー=シャーリエ
キャシー=シャーリエ
俺たちのグループリーグの中では一番の敵になるだろうと思っている相手だ。すでに得意な魔術などの情報は手に入れていたが、容姿まではまだ把握していなかった。
それがまさかこんなところで、出会うことになるとは。
「……あなた、自分が恥ずかしいとは思わないの? 神聖なる大会に、一般人が参加するなど言語道断よ」
その口調は丁寧なものから、急にきついものになるが……そうか。
彼女はどうやら、上流貴族の中でも血統主義よりの人間。
俺を敵視するのも、無理はないだろう。最近は学院ではこの手の人とは関わっていなかったが、どこか懐かしいと思ってしまう自分もいた。
「いえ。恥ずかしいなどとは、思っていません。参加する資格は、学院の生徒なので。自分はそれを満たしています」
「ふふふ……あははは! 二人とも聞いた! 恥ずかしくないですって!」
高らかに笑う。
それは明らかに嘲笑の類。
しかし俺としては特に反論する気もなかった。相手がそう思っているのならば、別に仕方のないことだ。
「そうですね。お嬢様」
「はい。その通りでございます。お嬢様」
メイド二人も、その言葉を肯定する。といっても、この二人は俺を軽んじているような視線を感じない。ただ冷静にじっと、この場にいるような感じだ。
「私と本の趣味が合うのは素晴らしいことです。しかし、一般人は身の程を弁える必要が……って。ちょっとお待ちなさい?」
ガシッと肩を思い切り掴まれる。
これ以上この場にいる意味もないので、ささっと本を買って出ていこうと思っているのだが……完全に止められてしまう。
「自分は本を買いたいのですが」
「あ。じゃあ、先に買ってしまいましょう」
「はい」
ということで、二人で黙って並んで本を購入する。
そして本屋の前の通路に出て、別れの挨拶をする。
「ハートネット先輩。自分はこれで失礼します」
「えぇ。ご機嫌よう」
ニコリと微笑んで、優雅な所作で手を振るう。俺はペコリと頭を下げると踵を返すが……。
「ちょ、ちょっとお待ちなさい?」
「何か?」
「あなた……意外とやりますわね……」
「? 何のことでしょうか」
すると後ろの方で、メイドの二人がボソッと声を出す。
「お嬢様がポンコツなだけですが」
「まぁそうよね。ポンコツはお嬢様よね」
「ちょっと! そこの二人! 聞こえてるわよ!!」
大きな声を出して注意すると、二人は知らん顔をしてプイっと別の方向を向いてしまう。
「仲がいいんですね」
「ま、まぁメイドとはいえ幼馴染だし?」
「なるほど。それにしても、三人ともに美しいですね。貴族の家柄は皆こうなのですか?」
「……ッ!」
急に顔を真っ赤にするハートネット先輩。女性と何か揉め事があれば、とりあえず褒めておけばいいと師匠に言われている。
俺は早く次の店に行きたかったので、とりあえずは褒めておいてからの離脱を図るが……。
「も、もう一度ちゃんとおっしゃいなさい?」
「お綺麗だと思います。髪の毛もしっかりと手入れをしているようですし、化粧もよくお似合いです。流石は上流貴族の令嬢だと思います」
「ふ……ふ〜ん。ま、まぁよく分かってるじゃない?」
髪を後ろに靡かせて、ソワソワとしている様子だった。どうやら、機嫌はすこぶる良くなったようだ。
「それでは、自分はこれで」
「えぇ……って、待ちなさい! あなたには伝えることがあるのよ!」
再びガシッと肩を掴まれる。
後ろの方では、口元を抑えてメイド二人が完全に笑いを堪えていた。
「私たちは、絶対にあなたたちに負けないわ!!」
胸を張って、そう宣言する。もちろん俺たちもまた、負けるわけにはいかない。
「いえ。勝つのは自分たちです」
「ふん! 今のうちはそう言っておけばいいわっ! 一般人が貴族に敵うわけがないということを教えて差し上げますっ!」
「なるほど……試合、楽しみにしています」
「────ッ」
すると、また顔を真っ赤にしてわなわなと震えているみたいだった。
今回ばかりは、一体何が原因でそうなっているのか。俺には全く分からなかった。
「それでは。今度こそ、失礼します」
肩を掴まれることはもうなかった。
ただ後ろからは、ボソッと声が聞こえた気がしたが……俺はそのまま、去っていくのだった。
◇
「うぅ……」
その場にしゃがみ込む、シャーロット。彼女はレイとのやりとりを経て、色々と感じるところがあったのだ。
「お嬢様。いかがいたしました?」
「お腹が痛いのですか? 朝から食べ過ぎですよ」
と、メイド二人に若干煽られるのだが、彼女はその場に立ち上がると急に大きな声を出す。
「あ、あんなにカッコいいなんて聞いてないわっ!」
そう。シャーロットはレイの見た目が完全にストライクだった。
女性の中には、レイは少し雰囲気が鋭すぎて苦手なものもいる。
一般的に言えば、容姿は整っているが好みは分かれるといったところか。
ただ、シャーロットはレイのような男らしい人間が好みだったのだ。あまり筋肉質だと物怖じしてしまうが、彼ぐらいの体格、それに精悍な顔つきは非常に好みだったのだ。
本の趣味が合うと分かった時は、実は内心ではものすごく嬉しかったのだ。
ただし、その後にレイ=ホワイトだと発覚して、気丈に貴族らしく振る舞ってみたが……それも、本人的には上手くいっていない様子。
「まぁ。確かに、お嬢様の好みですよね」
「ベッドの下にある本に、彼のような男性がよく出ていますし」
さらっとシャーロットの秘密をバラすが、本人はそれどころではなかった。
「……くっ! ぜ、絶対に勝ってやるわ! そして、彼を私のものにするのよ! えぇ。私が貴族の素晴らしさというものを教えてやるんだからっ!」
果たして、シャーロットたちはどのようにレイたちと戦うのだろうか。




