第142話 誰よりも愛おしいお姉ちゃん
私はものごころついた時から、お姉ちゃんが大好きだった。
「お姉ちゃん大好きっ!」
「もう……マリアったら」
お姉ちゃんは誰よりも綺麗だった。誰よりも心が美しかった。
私にとって、お姉ちゃんは全てだった。
だが私は知る。自分がこの世界とは、決定的にズレていることに。
「ねぇ見てアレ……」
「真っ白……」
「気味が悪いわ……」
周りの大人にそう言われているのに気がついた時、自分の容姿の異質さに初めて気がついた。
真っ白な髪の毛に、真っ白な肌。それに、この瞳は真っ赤だった。
お姉ちゃんだけじゃない。お兄ちゃんも、お父さんも、お母さんも、みんな黒い髪の毛をしていた。
その中で、私だけが真っ白だった。
もしかして私はこの家の子どもじゃないのかもしれない。
そう思って母に聞いてみたが、私は間違いなくブラッドリィ家の子ども。
当時はあまりよく理解していなかったが、いわゆる突然変異というやつらしい。
「ねぇ、お姉ちゃん……」
「ん? どうしたの、マリア」
二人で遊んでいる時に、聞いてみた。
私は気持ちが悪いのかと。周りと違うから、変な子と言われてしまうのかと。
「私って変なのかな……?」
「そんなことないわ。マリアはとっても綺麗よ」
「でも真っ白で、目も真っ赤で……お姉ちゃんとは違う」
俯く。
出来ることなら、お姉ちゃんのように美しく生まれたかった。
普通に生まれたかった。
その艶やかで絹のように流れるサラサラな黒い髪を、私も持っていたかった。
お姉ちゃんと顔は似ている。だから姉妹なのは間違いない。
でもどうしてこんなにも、お姉ちゃんを遠く感じてしまうのだろう。
「マリアは、ウサギさんみたいでとっても可愛いわ」
「ウサギさん?」
「そうよ。真っ白でふわふわで、目も真っ赤。マリアと同じで、とっても可愛いウサギ」
「……本当にお姉ちゃんはそう思う?」
「もちろん! だってマリアはこんなにも綺麗なんだから」
私の揺れているこの真っ赤な瞳を、お姉ちゃんはじっと見つめてから、ニコリと微笑んだ。
嬉しかった。
周りと違うことは、仕方がない。
私には、お姉ちゃんがいる。
理解してくれる、優しいお姉ちゃんがいる。
だからずっと私たちはずっと仲睦まじい姉妹でいることができると……そう思い込んでいた。
「……」
改めて、お姉ちゃんの有能さを私は知ることになった。
彼女はなんでもできた。勉強、お稽古、あらゆる習い事、礼儀作法、それに魔術。
三大貴族の中でも、お姉ちゃんは魔術師として優秀だった。いや、優秀過ぎた。
その姉と比較されるのは、時間の問題だった。
「見てアレ」
「真っ白……」
「レベッカ様の妹なんでしょ?」
「全部姉に吸い取られたんじゃないの?」
「ふふ。そうかもね」
心ない言葉が、聞こえてくる。
パーティーにあまり行かなくなったのは、多分その声を聞き始めた時だったと思う。
容姿のことは仕方がない。割り切っているつもりだった。
でも、容姿だけでなく、他の面でも優秀なお姉ちゃんと優劣をつけられるのは、堪らなかった。
自分の存在意義が揺らぐ。
どうして自分は生まれてきたのかと、問い続けたこともあった。
でもそこに、答えなどなかった。
自分はただ、この容姿で生まれ落ちて、姉よりも劣っている妹。
それだけが、私に残っている事実だった。
勉強も、魔術も、頑張ってきた。
でも、お姉ちゃんは私と同じか、いやそれ以上に頑張る。
才能を持っているのに、努力をされてしまったら……凡人にはどうすることもできなかった。
だから、私が自分を見限るのに……そんな時間はかからなかった。
「ふぅ……」
耳が痛い。
ピアスを空けたばかりの耳は、よく血が流れる。それに化膿することもあった。その度に自分で消毒をして、ケアをする。
髪も奇抜な髪型にしてもらった。
きっとそうしなければ、自分を保つことができなかったから。
「マリア……」
「……」
お姉ちゃんからは自然と距離を取るようになった。
私はお姉ちゃんが大好きだ。でも、お姉ちゃんが大嫌いだ。
そんな矛盾をはらんだ感情を抱いたまま、私は成長していった。
「……マリア=ブラッドリィ」
「レイ=ホワイトだ。レベッカ先輩には大変お世話になっている。マリア嬢とも是非、仲良くできたらいいと思っている所存だ」
「……ふんっ!」
魔術協会のパーティーになんて、来たくはなかった。ただ今回は、どうしてもとお姉ちゃんが言うから付いてきただけ。
そこで出会った不思議な人。
私とレイの初めての出会いだった。
身長は高くて、ちょっと線の細い印象。顔は悪くはない。まぁ……それなりにイケてると思う。髪の毛もちゃんと整えて、見た目の印象は悪くない。
ただなんと言うか……立ち振る舞いが、どこか変というか。
とにかく、私はレイに対して初めは良い印象を持っていなかった。
そもそも私はあまり男を信用していない。いつもからかってくるのは、男ばかりだったから。女はヒソヒソと言うが、男は直接からかってくる。
それに、気味が悪い視線で見てくるのは、男ばかりだった。
だからどうせ、男なんてどいつもこいつも同じだろうと……そう思っていた。
でも彼は私に似ていた。親近感を覚えた。
それから街でばったりと会ったディーナちゃんと、こんな話をした。
「マリア、元気だった?」
「うん。ディーナちゃんは?」
「私も元気よ。でも、マリアはまだ……」
「まぁ色々とあって、ね……」
ディーナちゃんは幼い頃からお姉ちゃんと仲がいい。それに、私ともよく遊んでくれた。でも私は勝手に距離をとって、二人から離れた。
パーティーで会った時に会話をするくらいの仲。
そして、街で一人で買い物をしていると話しかけられて……二人でカフェに入って久しぶりに会話をする。
「そういえば、レイ=ホワイトって知ってる?」
私はレイのことを聞いてみることにした。
有象無象のようにお姉ちゃんを狙っているわけではないようだが、少しだけ気になっていたのだ。
「レイ? 園芸部の後輩だけど」
「え……園芸部って、女子だけの花園って呼ばれてるんだよね?」
「そうね。部員もレイ以外は女子しかいないわ」
「そ、その中によく入ろうと思ったわね……やっぱり、変わってるわね。あいつ……」
「うーん……確かにそうね。レイは変わっているわ。でも」
グラスの中にある氷をストローでカラカラと混ぜると、ディーナちゃんはどこか懐かしそうな表情をしてレイのことを語った。
それは、初めてみる表情だった。
「……な〜んか憎めないのよね。初めは私も、一般人ってことで敬遠してた。どうせ、レベッカ様を狙ってると思ってた。でもね。あいつは、真っ直ぐなの」
「真っ直ぐ?」
「えぇ。愚直で、前しか見えていない。そして、自然と周りに人を集めてしまうような不思議なやつ。本当に頼りになるわ」
「そうなんだ……」
ディーナちゃんは男に厳しい。特にお姉ちゃんに近寄る男には。
そんな彼女がそこまで言うのだ。きっと彼は、本当に良いやつなのかもしれない。
その後、私はレイにお姉ちゃんのことを聞いてみることにした。すると、レイも気がついていたようで、真剣に話を聞いてくれた。
それに私に気を使うだけでなく、褒めてくれた。
胸が温かくなった。
こんな感情になるのは、お姉ちゃん以外では初めてだった。
ディーナちゃんの言っていたことは、本当だった。
彼の周りに人が集まるのも、なんとなく理解できた。
一方で私は、一人のままだった。
「……帰ろうかな」
文化祭最終日。
私はお姉様のメイド喫茶を満喫して、お姉ちゃんの姿も満足にみることができたので、自宅に帰ろうとしていた。
そんな時に、レイに声をかけられた。
「マリア」
「レイ……どうしてここに?」
「君を探していたんだ」
「私を?」
もしかして、あの件かもしれない。それは、レイの真剣味を帯びた雰囲気から分かった。こんな様子の彼は、初めて見る。
そしてレイに大事な話があると言われて、屋上について行った。
そこで彼に告げられたのは、信じられない話だった。
レイが【冰剣の魔術師】ということにも驚いた。
でもそれ以上に、彼が今からしようとすることは理解ができなかった。
その後、その背景を説明された。
とにかく状況を整理するので手一杯だった。
理解できたのは、お姉ちゃんを助けるために……私たちはお姉ちゃんに酷いことをしなければならないと言うこと。
そんなこと、望んでなどいなかった。
お姉ちゃんのことは大嫌いだ。いつも私の前に立って、その眩しさで自分が焦げ落ちて、見えなくなってしまうから。お姉ちゃんの存在によって、私はいつも劣等感を覚えてしまう。
でもそれ以上に、私はお姉ちゃんが大好きだった。
だからお姉ちゃんを助けたいと。身勝手にもそう思っていた。もちろん、レイの提案など、受け入れる訳にはいかなかった。
私はレイに対して怒りを向けた。
そんなこと、出来るわけがない……と。
しかしよく見ると……レイもまた震えていた。
そうだ。レイだって、お姉ちゃんのことが大好きなのだ。そんなこと、したいわけじゃない。
だから二人で誓った。
共犯者になろうと。
でもその罪は、私が背負うべきだろう。
今までずっとお姉ちゃんから逃げて、目を背けて、見ないようにしてきた。
しかし、お姉ちゃんを救うのなら、私は本当の意味で向き合うべきなのだ。
この十年以上の因縁を自分で断ち切るべきなのだ。
だからレイに言った。
「私に任せて欲しい。レイは状況に合わせて話してくれたらいい」
「しかし……」
「いいの。これはやっぱり、姉妹の問題で……それにレイの条件を満たすなら、きっと私が言った方がいい」
「……そうか。マリアの覚悟、しっかりと受け取った」
「えぇ」
そうして私はお姉ちゃんと向き合う。
まるで理解できないと、どうして二人が一緒にいるのかと、そう思っている表情だった。
姉妹だからよく分かる。
そして、お姉ちゃんの心を揺さぶるにはどうしたらいいか、私はよく知っている。似ているのは、その心もきっと同じだから。
隣にいるレイの腕をギュッと掴むと、私は淡々とお姉ちゃんに言った。
「お姉ちゃん。私ね、レイと付き合うことにしたわ」
「え……?」
始まる。
私たちは共犯者。
今から共に、罪を重ねる。
お姉ちゃんの心に、絶望を刻むために──。




