第132話 文化祭初日、終了
「ではレイさん。お付き合いいただき、ありがとうございました」
「いえ。では、自分はこれで失礼します。明日以降もよろしくお願いします」
「はい」
レベッカ先輩と別れる。
あれから二人で校舎の外、それに校舎の中を見回ったが特に何も起きることはなかった。
現在の時刻は午後三時。あと二時間もすれば、文化祭初日が終了する。
そして俺は、自分の教室へと歩みを進める。
その際にふと、振り返ってみる。
そこにはレベッカ先輩が悠然と逆方向に歩いていく姿が見えた。
二人で見回りをしている時は、楽しそうだったと……思う。
もちろん仕事をしているので、楽しみかどうかは二の次なのだが……俺は考えていた。レベッカ先輩がみんなに文化祭を楽しんで欲しいと願っているのは分かる。
だが先輩はどうなんだ?
肝心の彼女は心からこの文化祭を楽しむことができているのか?
そんな先輩の後ろ姿は、あの夏のように……どこか郷愁が漂っているような……そんな気がした。
「アメリア。ヘルプに入る」
「レイ? 今日はもう戻ってこないはずじゃ?」
「時間ができたのでな。残り時間は手伝わせてもらう」
教室内に戻ると、すでに人はかなり少なくなっていた。
俺がリリィーの時は並んでいる人もいたのだが、今は閑散としている。
それでもまだ客がいるということで、クラスメイトたちはメイド喫茶を回していた。
本当はあの後、生徒会室で後日の打ち合わせをする予定だったのだが、それは明日の朝になった。今日は想定していたよりも、文化祭が落ち着いていたということでの判断だ。
俺としてはレベッカ先輩が無理をしないか心配なのだが、そこはディーナ先輩とカバーしていこうという話になっている。
「アルバートにエヴィ。二人とも、休憩は取っているのか?」
「……ん? レイ。戻ってきたのか?」
「エヴィ。少し疲れが出ているのでは?」
「こんなもんなんともないぜ! と言いたいところだが、そうだな……ちょっと疲れているかもな」
エヴィはずっと調理をしていたわけではないが、それなりに疲労感が溜まっている様子。それはアルバートも同様だった。
「アルバートも疲れているだろう。あとは俺に任せてくれ」
「……しかし」
「今は客も少ない。十分、一人で回せる」
「そうか。助かる」
厨房──もちろん簡易的なものだが──に入ると、俺はエプロンを巻いてさっそく調理に入る。ついでに明日の作り置きも、少しだけしておこうと思い俺は包丁を手に取ると、一心不乱に調理を開始。
その間に、アメリアから時折注文が入ってくるのでそれに適宜対応しつつ……時間が進んでいくと──
本日の文化祭が終了する時間になった。
「はぁ……つっかれたぁ……」
教室の扉を閉めて、中に客がいないのを確認するとアメリアは椅子にぐったりと座り込む。
唯一このクラスでアメリアだけが、今日一日働き尽くめだった。
俺としても、それはやめた方がいいと言ったのだが初日はどうしても頑張りたいということで、止む無く了承したのだ。
やり切った彼女は、椅子にぐったりとメイド服姿のまま座り込む。
「アメリア。紅茶だ。アイスがよかっただろう?」
「え……でもこれって」
「奢りだ。材料費は俺が出している別のものだ。遠慮せずに、飲んで欲しい」
「あ……ありがと」
その顔は、まだ赤いままだった。おそらくずっと働いた疲れが残っているのだろう。綺麗に整えた髪の毛もわずかに、崩れ始めていた。
クラスメイトたちは颯爽と片付けを始めて、明日の準備を始める。俺もまた、手伝おうとしたのだが……みんなにこう言われてしまった。
「ホワイトはいいって」
「あぁ。お前、今日はめちゃくちゃ頑張っただろ?」
「それに生徒会の仕事もしてるんでしょ? 私たちに任せなって!」
「うんうん! リリィーちゃんにはまだ出てもらわないと困るしね!」
その言葉を聞いて、俺は素直に従うことにした。本当にいい仲間を持ったと、心から思う。
「お疲れだったな。アメリア」
「レイも頑張ったでしょ?」
「そうだが……俺は休憩も入れていたしな。生徒会の手伝いは意外と暇でな」
「ふ〜ん。で、誰と今日は一緒だったの?」
疲れているアメリアだったが、アイスティーを飲んで元気になったのか背筋をスッと伸ばす。
「レベッカ先輩だ」
「二人きりで?」
「見回りをしていた」
「ふ〜ん。ふ〜んっ!!」
半眼で俺の目をじっと射抜いてくると、プイっと横を向いてしまう。
「ど、どうした? 何かあったのか? もしかして疲れが──」
「そうじゃないけどっ! その……まぁ、いいけどね。レイが生徒会を手伝うって言った時から、思ってたし。でも!」
トントンと俺の胸元を指で突いてくる。
「レイってば、無自覚なところがあるんだから……変なことしちゃダメよ?」
「もちろんだ。変なことなどしない」
「……認識に齟齬があるけど、まぁ……いいや。今日は頑張ってくれたし。それに言っても直らないと思うし」
アメリアはアイスティーを飲み干すと、その場に立ち上がった。
「じゃ、着替えてくるから」
「わかった。クラスメイトは全員残しておいた方がいいだろう? 明日の打ち合わせもあるしな」
「そうね。お願い」
そうして彼女は、教室を後にするのだった。
◇
「今日の売り上げだけど……」
教室内に全員が集まり、今はあの喧騒も束の間。
静寂が場を支配していた。
「なんと、予想を上回っていました! みんなありがとう! この調子だと、きっと優勝できるかも!」
『おぉ……!』
全員が感嘆の声を漏らし、拍手をするクラスメイトもいた。俺もまた、大きな拍手をみんなに送る。
「みんな! すごい! これはすごいぞ! きっとこれは優勝できるに違いないっ!」
俺はあまりの大きな成果に、テンションが上がっていた。拍手をしながら、みんなに向かってそういうと全員ともに満更ではない顔をしていた。
「そっか……俺たち頑張ったよな!」
「あぁ! 間違いねぇ!」
「そうよ! よくやったと思うわ!」
「うんうん! 初めての試みにしては、すごいんじゃない!?」
水面に波紋が広がっていくように、徐々に声が大きくなっていく。
達成感。
俺たちは予想を上回る仕事をすることができたのだ。それは何よりも、称賛すべきことだろう。
だが、アメリアはまだ油断していなかった。
「みんな静かに。ここからが大事なの」
トントンと黒板を叩いて、全員の注目を集める。そして手元にある資料を見ながら、アメリアは話を続ける。
「今日レイに、リリィーとして出てもらったけど……きっと噂が噂を呼んで、明日は倍のお客さんが来ることになると思うわ。これは想定内だけど、まだ油断しちゃダメよ」
真剣な声音で現状と、そして今後の展望を語るアメリア。
その瞳には、しっかりと今後の未来が見えているのだろう。
「食料もまだ十分だけど、みんなの疲労とかもあると思う。今日は初日だったしね。それに、最終日に行くにつれて、お客さんは増えるわ。ピークは三日目のお昼。それまで、みんなで頑張っていきましょう」
『おー!』
改めて、このクラスはしっかりと団結していると……そう思った。
「レイ。ちょっといい?」
「どうした、アメリア」
解散となり、寮にみんなが戻っていく最中、アメリアに声をかけられた。それに隣には、エリサもいた。
「リリィーだけど。明日もいける?」
「もちろんだ。準備は万端だ」
「レイくん……! リリィーちゃん、すごく可愛かったよっ!」
「ありがとうエリサ。でも、エリサも可愛かったぞ? それに接客もしっかりと出来ていたようだな。苦手と言っていたが、本当にすごいと思う」
「え。えへへ……ありがと」
微笑みを浮かべるエリサ。
そしてもちろん、すかさずアメリアにも声をかける。
俺は学習し、それを活かすことができるということを証明しよう。
「アメリア」
「な、何?」
クルクルと紅蓮の髪を指に巻きつけている。これは彼女の癖だと最近気がついたが、妙に可愛らしい。
「アメリアも本当によく頑張ったと思う。今日はずっと働き詰めだったんだろう?」
「そうだけど……」
「明日も頑張っていこう。最高の文化祭にするために」
俺が笑顔を浮かべると、アメリアとエリサはポカンとした表情を浮かべる。
「どうかしたのか?」
「いや。最近、レイってば……よく笑うようになったなって」
「う……うん。でも、すっごくいいと思うよ!」
「そうか……いや、これはきっとみんなのおかげだと思う」
俺は自然に笑うことができるようになっているとしたら、それはきっと……みんなのおかげに違いない。
師匠たちと出会い、この学院で友人と出会い、心から笑えるようになった。
俺はきっと人として大きく成長していくことができたのだろう。いやきっとこれからも、俺は成長していく。みんなと共に。
明日の文化祭も頑張っていこう。
改めて、そう誓った。




