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第13話 終着



「うわっ! 何この死骸の山!」

「うげぇ……これはちょっとすごいな……」

「ううう……これは……ちょっと……」



 後から追いついて来た三人。妙に気持ち悪がっているが……?


 あぁそうかと、得心した。地面を見ると、そこには無残にも転がっている蜘蛛スパイダーの死骸。バラバラになった体とそれに体液が飛び散っている状態。確かにこれは慣れていなければ、気分を害してしまうだろう。



「レイ、一人で全部やったの?」

「あぁそうだが……」

「どうかしたの? 浮かない表情かおしてるけど」

「先ほど、ミスター・アリウムたちのパーティーが襲われていたんだ。この蜘蛛スパイダーたちに」

「え……本当に?」

「あぁ。助太刀したのだが、妙な霧が出てきていなくなってしまった」

「それがこの森の魔術の一種なのかもね」

「……しかし解せない。あの蜘蛛スパイダーの量はおかしい。この演習は教員によって管理されているはずだ。生態系のコントロールもある程度なされているとみてもいいだろう。だがアレは明らかにやりすぎだ。正直言って、一人くらいはこいつらの餌になっていてもおかしくはなかった」

「……この演習、何かあるのかしら」

「……そうかもしれない」



 考察を重ねる。


 俺は先ほど自分でも言及したように、あれは学生の手には余ると感じた。それは蜘蛛スパイダーの群れが移動をしている時から感じていた直感のようなもの。奇しくもそれは的中したのだが、どうしてこんなことをするのだろうか。


 生態系が少し狂ってしまい、想定外の出来事……ということならばいいのだが……果たして杞憂で終わるかどうか。



「レイくん……」

「エリサどうした?」



 一人でそう考え込んでいると、エリサが近寄ってくる。ちなみに今はエヴィが死骸を中央に集めて、アメリアがそれを処理することになっている。



「その服……」

「あぁ。すまない。気持ちのいいものではないな」


 俺の服には少しだけだが、蜘蛛スパイダーの体液が付着していた。エリサはそれをじっと見つめると、魔術を行使する。


「おぉ! 付着した液体だけを発散したのか!」

「う……うん。うまくできたなら……いいけど」

「いや本当に助かる。エリサは細かい魔術が得意なようだな。というよりも、コードの扱いが上手いようだな」

「そう……かな?」

「あぁ。今まではきっと、コードの処理に脳が追いついてなかったのだろう」

「なるほど……レイくんは……やっぱり博識だね」

「ふ、勉学は嫌いではないからな」



 今は嫌いではない、が。俺は一時期嫌いになっていたこともあった。それもこれも、師匠による教育のせいなのだが……まぁ今となってはいい思い出だ。



「レイ。終わったわよ」

「ふぅ……なかなか疲れたな」

「すまない。処理を任せて」

「戦闘の後で疲れてるでしょ? それくらいは任せてよ」

「おう! 助け合い、だろ?」

「あぁ。その通りだな。ありがとう」



 まだ出会って一ヶ月と少ししか経過していないというのに。俺はこんなにも良い仲間に出会えてよかった。そう思うと同時に、やはり心のどこかで考えてしまう。


 自分の過去、そしてそれを隠しつつ過ごす日々。そろそろ師匠の『田舎の森万能論』も怪しくなってきている頃だしな。


 しかし、本当のことを話しても……いいのだろうか。


 迷い。焦燥。それらが少しだけ、脳内をよぎる。


 決して、今彼らと接している俺は虚像ではない、だがいつか現実と向き合う必要がある。


 そんな予感がしていた。



 ◇



 俺たちはそれからも進み続けた。


 出て来る魔物を倒しつつ、彷徨わないように森の魔術の周期を考えながら。俺たちは気がついたのだが、三時間程度に一度この森の第一質料プリママテリアが薄くなる時間帯がある。


 おそらくそれが、この森の魔術が弱まっている時間だ。その時間を縫うようにして、俺たちは確実に前に進んでいた。もちろん途中で休憩を挟みながら。



「今日はここで休もう。睡眠時間は……六時間ほどにしよう」


 

 現在は一日目の夜零時。演習開始から十八時間が経過。睡眠の六時間を加えると、ちょうど残るのが丸一日。あとはこの時間でクリアしなければならない。もちろん、睡眠を取らずに進むことも可能だろう。みんなも無茶をしそうな雰囲気は漂っていた。


 でも疲労、それに睡眠不足というのは馬鹿にならない。


 身体能力の低下ももちろんだが、何よりも魔術行使が困難になるのが問題だ。魔術とは脳の中でも主に前頭葉を使ってもたらす現象だ。その場所のことを魔術領域というのだが、無理をし過ぎれば魔術領域暴走オーバーヒートが起きてしまう。だからこそ、入念な休息は何よりも大切なのだ。



「外で寝るなんて、初めてだわ……」

「俺は経験あるけどな! まぁその時はテントがあったが……」

「わ、私も……」

「すまないが、今からその手のものを作るのは困難だ。草を下に敷いて横になるのがいいだろう。汚れなどは……仕方がないと割り切ってもらうしかないな」

「レイはやっぱり慣れているわね」

「あぁ。外で寝ることは多かったからな」

「ふーん。そうなの」



 アメリアはそう淡々と告げるも、やはり俺のことを怪しいと思っているようだった。


 でもそれはそうだ。一般人オーディナリー出身で魔術がうまく使えないのは分かるが、戦闘技能に関しては普通の魔術師よりも上、というのは妙にちぐはぐだと思うだろう。そんな時、俺は師匠の言葉を思い出していた。



「レイ。お前はこれから学生になる」

「はい」

「だが冰剣の魔術師であることを絶対に隠し通せと言いはしない」

「でもバレると問題なのでは……?」

「そんなものは魔術協会の都合だ。七大魔術師は素性をオープンにしている者もいるからな。でもお前の場合は事情が特殊だ。それに学院というのは意外と閉鎖的な空間でな。噂の類はすぐに広まる。学院生活を謳歌したいのなら、四年間は隠すことに努めた方がいいだろう。しかし私もお前もすでに軍人ではないしな、別に何をするのも自由だ……ただ、それは一応肝に銘じておいてくれ」

「は。了解しました!」

「だがな、本当に心から信頼できる仲間ができたのなら……打ち明けてもいいかもな。お前の過去も、語るべき時が来るかもしれない」

「……」

「忌まわしい記憶だ。私にとっても、お前にとっても。だが人は一人では生きてはいけない。必ず人と交わることになる。だからこそ、信頼できる人間には誠実であれ、レイ」

「……師匠。貴重なお言葉、ありがとうございます」



 入学前に俺はこんなやり取りをした。当時はただ、言葉の意味を表面的に理解していただけだった。でも入学して一ヶ月で既に、俺には信頼できると思える仲間ができた。


 ──俺はどうするべきなのでしょうか、師匠。


 そんなことを考えながら、俺は眠りについた。



 ◇



「はぁ……はぁ……はぁ……」

「ヤベェ…つれぇ……」

「う……うぅ……足が……」



 朝起きて、俺たちは再び歩みを進める。容赦ない日差しが差し込み、体から水分を奪っていく。それをなんとか水分補給と休憩で補いながら進むも、そろそろ俺以外のメンバーの疲労がピークに近づいてきた。


 ──睡眠時間をもっと取るべきだったか? しかしあれ以上はギリギリになる可能性もあった……判断を誤ったか?


「はぁ……はぁ……はぁ……」

「エリサ、腕をかせ」

「え、でも……」

「俺がサポートする」


 この中でも一番危ういのはエリサだった。だからこそ俺は、後方へ戻りエリサに自分の肩を貸す。


「密着することになるので、申し訳ないが」

「ううん……全然構わないよ。でも……その……ありがとう」

「あぁ。助け合いの精神は大事だからな」



 そんな様子を、エヴィとアメリアも見ていたが二人が文句を言うことはなかった。エヴィはぐっと親指を立ててニカッと笑い、アメリアは優しそうな表情かおで微笑む。


 みんなわかっているのだ。俺たちパーティーがどうするべきか、と言うことを。それにエリサには魔術関連のサポートをよくしてもらった。水の生成や、その他にも魔物と対峙する時には彼女の魔術が役に立った。おそらく魔術の使用回数で言うならば、エリサが最も多い。


 肉体的な疲労だけでなく、精神的な意味でも疲労しているのは間違いなかった。


 そして、その魔術でのサポートは今の俺には決してできないことだ。だからこそ、その恩に報いる時だろう。



「あ!」

「おい見ろよ、レイ! あれって……」

「あぁ。間違いないな」

「うん……やっと……」



 そこは森の中央だった。丁寧に目印も置いてある。それにグレイ教諭とライト教官の姿もチラリと見えた。あそこが終着点なのだろう。



「おっしゃあああああ!」



 と、疲れはどこに行ったのかエヴィが走っていく。アメリアもそれに続き、俺とエリサは二人三脚のような形で進んでいくが……俺は感じ取った。


 これは……魔術の気配だ。



「エヴィッ! アメリアッ! 止まれッ!! 遅延魔術ディレイだッ!」

「おっと……」

「え……!?」



 忠告が間に合ったのか、エヴィとアメリアはその場にピタッと止まる。



「エリサ、少し待っていてくれ」

「う、うん……」



 俺はエリサをその場に下ろすと、近くにある石を拾って目の前にヒョイと投げた。すると……。



「うおっ!!」

「きゃっ!!」



 瞬間、衝撃に反応したのか遅延魔術ディレイが発動。地面から鳥かごのようなものが出現した。


「やはりか……なかなかに性格の悪いトラップだ」

「レイ、よく気がついたな」

「えぇ。本当にそうね」

第一質料プリママテリアに淀みがあったからな。あれは遅延魔術ディレイ特有のものだ。さて、行こうじゃないか」


 俺はエリサを担ぐと、そのまま全員でたどり着いた。



「おめでとう。お前たちが一番乗りだ」

「うんうん。今年の生徒は優秀だね。歴代最速じゃない?」



 そこにはグレイ教諭とライト教官がいて、そう言ってくる。


 時刻は……現在、十七時半か。と言うことは、四十一時間程度かかったのか。



「おぉ! やったなみんな! 一番乗りだぜ!」

「えぇ!」

「うん……!」

「あぁ。みんなで協力した成果だ」



 色々とあったが、俺たちはトップという形で実技演習を終えるのだった。

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