第118話 マリアの想い
「あっつ……」
一人でとぼとぼと歩きながら、マリアは会場へと向かっていく。本当ならば、こんな格好はマリアもしたくはない。
灼熱のように茹だるこの夏を快適に過ごしたいと思うが、アルビノである彼女は仕方なく対策をするしかないのが現状だ。
そして会場に到着すると、そのまま中に入ろうとするが……一箇所だけ行列ができている売店があった。
「何あれ……やば」
ボソリと呟くマリア。
しかし、それもそのはず。
その行列は一列だけでは並び切れないのか、四列にまで膨れ上がっていた。しかも、かなりいい匂いが漂っていたりする。
人間とは不思議なもので、行列ができているだけでそこは人気なお店なのだと思ってしまう。中にはサクラを雇ってそうしている店もあるのだが、こればかりは規模が違う。
「美味しかったねー!」
「うん。それに超可愛いよね!? 誰が良かった?」
「私はやっぱり長身の美人さんかな〜」
「私はツインテールの子かな。でも、大人しい子も超可愛かったし……いやぁ、あれは本当にすごいよねぇ」
「うんうん! また行こうね!」
と、話をしている人たちがマリアの横を通り過ぎていく。
ふと左手首に巻いている小さな腕時計を見る。
「時間はまだある……か」
席はすでに予約済みなので、時間自体はそこまで前もっていく必要はない。
そんなマリアは惹かれるようにして、そのまま列に並ぶ。この暑さの中であっても、ちょっとした興味が湧いた。
今まで何度も魔術剣士競技大会にはやって来ているが、こんな行列は見たことがないからだ。
そうしてマリアが並んでいると、どこか浮ついた男の二人組がマリアに話しかけてくる。
「ねぇ、お姉さん可愛いねぇ〜」
「うんうん。後でいいとこ行かない?」
──またナンパか……はぁ、本当にダルいわぁ……。
マリアのことを敬遠する者は確かにいる。しかしその逆に、あまりにも神秘的な容姿の彼女に惹かれる者も当然いる。
元々姉のレベッカに似て、顔立ちは整っている。それがこの純白の容姿と相まって天使に見えなくもない。中には彼女のことを【三大貴族の天使】と呼ぶ人間もいるほどだ。
そんなマリアは内心では強がっているが、こうして初対面の、それに男性に迫られてしまうとやはり怖がってしまう。
──やば、どうしよ……。
日傘を持つ手が震える。
このような時、周りの人間はほとんどが見て見ぬふりをする。それは経験済みだからこそ、彼女は理解している。
「お・きゃ・く・さ・まぁ〜☆」
その間に割って入って来たのは、レイだった。いや今はレイではない。この店の看板娘である、リリィーだった。
その姿を眼にしたマリアは心臓を撃ち抜かれたような感覚に陥る。自分を颯爽と助けてくれた、長身の美女。
その容姿が美しいのはもちろんだが、何よりもこうして助けてくれたことが、何よりも嬉しかった。
そして少しだけ会話をすると、マリアは名前を尋ねた。
「あ……あの! お名前聞いても……いいですか?」
「リリィー=ホワイトですっ☆」
リリィー=ホワイト。
もちろん偽名なのだが、その名前をマリアはすぐに記憶した。
「あ……あの!」
「はい。どうかしましたか?」
「お、お姉様と呼んでも?」
「そうですね……構いませんよ。私もマリアさんとお呼びしても?」
「は……はい! リリィーお姉様……」
もはや虜だった。美しい上に、自分のような人間も助けてくれる。元々、アルビノだと言うのにジロジロと見たりはしなかった。ただ他の人と同じように接してくれる。
それだけで、マリアがリリィーのことを気に入るのは十分な理由だった。
その後、レベッカの後輩だと知ったマリアは覚悟を決めた。元々は劣等感から、そして比較されることは間違いないため、アーノルド魔術学院に入学する気はなかった。
しかし、リリィーがいると言うことでマリアはアーノルド魔術学院に入学すると決めるのだった。
◇
そうして運命の出会いを果たしたマリアはその後、レベッカの試合を毎試合必ず観戦した。暑い中、日傘を他の人の迷惑にならないようにして差しながら、彼女はギュッと拳を握りこむ。
「頑張れ……頑張れ、お姉ちゃんっ!」
数年前から寮暮らしになったレベッカとはさらに会う機会が少なくなっていた。
それでもマリアは、姉のことが好きだった。時折帰って来て、少しだけ話をする。その時間が何よりも好きだった。
まだ苦手意識はある。それでも少しずつレベッカに対しての想いを整理しつつあったマリアは、レベッカの活躍を心から応援していた。
そしてついにやって来た、本戦決勝。
相手はルーカス=フォルスト。この魔術剣士競技大会でその名前を知らしめた今大会最強と謳われている魔術師。レベッカの敗北が濃厚であると、すでに囁かれているのは知っている。
だが、マリアは応援し続ける。
レベッカだって辛いはずなのだ。だと言うのに、ここまでやって来た姉に対してマリアは本当に誇らしかった。そんな姉が、誰よりも自慢だった。
「あ……」
敗北。
レベッカは奮闘はしたものの、あっさりと負けてしまった。
「お姉ちゃん……」
会場の隅から倒れている姉を見つめるマリア。
でも同情はしない。
ただ一人、ひっそりと拍手を送ると、彼女は姉のその勇姿を心に灼きつけるのだった。
それから夏休みに入り、レベッカが実家に帰って来た。もちろん会話は最低限だけ。そんな中でも、マリアは久しぶりにこうして会えることがどこか嬉しかった。
その後は、魔術協会のパーティーや他の貴族が主催するパーティーに出席するなど多忙を極めた。
そして、ついにその日がやって来た。
「お姉ちゃんが婚約!?」
「そうだ」
「お父様、どう言うこと!?」
「言葉通りだ」
「お母様も本当なの!?」
「えぇ……レベッカはエヴァン=ベルンシュタインと婚約したのよ。結婚は卒業してからだけど、ね」
「そんな……それって早すぎない!? それにお姉ちゃんの気持ちはっ!?」
「……マリア。聞き分けろ。三大貴族の長男、長女とはそう言う存在なのだ」
「でもっ!」
「これ以上話すことはない」
ある日、書斎に呼ばれるとそこにいた父と母は神妙な面持ちで、ただ淡々とその決定事項を告げた。
マリアも今は反抗している時期であるが、三大貴族の令嬢なのに変わりはない。だからこそ、受け入れることはできるはずだった。
でも……あの魔術協会のパーティー以来、レベッカはずっと落ち込んでいた。勇気を振り絞って、話を訊いたがはぐらかされてしまう。そして気がつく。
レベッカはこの事で落ち込んでいたのだと。
それと同時に気がつく。
──お姉ちゃんがあんなに露骨に落ち込んでいるなんて、何かおかしい。普通に婚約するだけなら、受け入れるだけでいいのに……どうして、お姉ちゃんはあんな風に……。
幼い頃からレベッカと一緒にいたからこそ分かる。
きっとレベッカは婚約自体は覚悟していたはずだ。相手が誰であっても、受け入れるに違いない。だと言うのに、ここ数日はずっと疲れた顔を懸命に隠している気がする。
それはただの直感。
だがマリアはその直感を信じた。
「お姉ちゃんっ!」
書斎からレベッカの部屋に向かうと、そこでは机にノートを広げて勉学に励んでいる彼女の姿があった。
「マリア……そっか。知っちゃったのね」
「お姉ちゃんいいの!? 婚約って……っ!」
「いいのよ。元々覚悟はしていたから……」
「──私に何か隠してない?」
「……」
目をスッと逸らすレベッカ。きっと目を見て話してしまえばバレてしまう。そう思っての行動だったが、もちろんそれは裏目に出てしまう。
「やっぱり……ただの婚約なら、お姉ちゃんがこんなに落ち込むわけないもん。何があったの?」
「あなたには関係ありません」
毅然とした態度でそう告げると、レベッカはマリアを無理やり扉の外に押し出していく。
「ちょっと! お姉ちゃんっ!」
「マリア。もうその件は終わった事なのです。だから、私はいいの」
「待って! お姉ちゃんっ!」
ばたりと閉められるドア。そして中からガチャリと鍵をかけられてしまう。
「お姉ちゃん……」
あんなに弱っているレベッカをマリアは今まで見たことがない。
──きっと何かあるんだ。話せない何かが……っ!
それは正義感なのか。それとも別の感情なのか。
それはきっと、姉妹愛と形容すべきだろう。
ずっと支えて来てくれた姉を、今度は自分が支えてあげたいと。マリアはそのように考えていた。
そしてマリアもまた、独自にレベッカのために行動を始めるのだった。




