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第11話 初実戦



「二人とも、羽を狙うんだッ!」

「あぁ!」

「わかっているわッ!」



 カフカの森に入ったとほぼ同時に、巨大蜂ヒュージビーに遭遇。大きさは、個体差もあるが今回のやつは人間よりも少し大きい程度である。それに運良く一匹しかいない。


 いや……魔物の生態を考えると独立行動しているとは考え難い。つまりは……これは意図的に用意されたものであると推測。


 おそらく生徒の力量を測りたいのだろう。学院に入学してから今までに学んできた成果を発揮しろということか……。


 そうしてアメリアとエヴィは最前線で高速魔術クイックを使用しながら、果敢にその巨大蜂ヒュージビーに向かっている。だが素早い動きで飛び回る巨大蜂ヒュージビーはなかなか攻撃を当てさせてはくれない。



「エリサ」

「う……うん!」

「俺が合図したら、魔術を頼む」

「いいけど……何をしたら?」

「それは……」



 俺はエリサに魔術の指定をすると、彼女はぐっと手を握って了承してくれる。微かに手は震えているものの、そこにはしっかりとした意志があった。



「……アメリア、エヴィ! 加勢するッ!」



 声を上げると、脳内でコードを走らせる。



第一質料プリママテリア=エンコーディング=物資マテリアルコード》


物資マテリアルコード=ディコーディング》


物質マテリアルコード=プロセシング》


《エンボディメント=内部インサイドコード》



 今回のそれは、普通の魔術ではない。エヴィも言っていたが、魔術には身体強化できるものもある。これは通常の人間の動きをさらに強化してくれるもので、もちろんそれは、力そのものを高めるものもあれば、速さに特化したものもある。


 俺は内部インサイドコードを使用して、今回バランスよく自らの身体能力を引き上げる。まだ完全に大丈夫というわけでもないが、それでもなんとかやれるだろうという感覚があった。外部干渉は叶わずとも、内部にコードを適用するのなら……いけるという感覚があったからだ。



 体内に流れている第一質料プリママテリアが俺の体を一気に強化すると、そのまま低い姿勢を保ちながら大地をグッと踏みしめて、駆け抜けた。



「──フゥッ!!」



 肺から一気に空気を吐き出すと、そのまま地面を思い切り蹴って飛翔。俺は縦横無尽に飛び回っている巨大蜂ヒュージビーに向かって、一閃。それは致命傷にならないものの、脚を一本斬り飛ばすことに成功。



 ──なるほど。久しぶりだがコードの馴染みは、悪くないようだ。



「……ギィイイイイッ!」



 と、脚を切断された巨大蜂ヒュージビーが鳴き声をあげる。


 俺はそのままスタッと地面に降り立つと、さらに暴れまわる奴の動きを見極める。



「レイ。どうするの?」

「あぁ。お前の指示に従うぜ? どうやら俺の目に狂いは無かったようだな」



 アメリアと、そしてエヴィがニヤッと笑ってそう言葉をかけてくる。



「とりあえずは三人で奴の進路を塞ぎつつ、攻撃を繰り返そう。羽さえ落としてしまえば、こちらの勝ちだからな。あとはあの腹部に気をつけろ。刺されるだけではなく、毒を振りまいてくることもある。酸性が強くて、人間の皮膚をドロドロに溶かすからな」

『了解!』



 今度は三人で改めて距離を詰めて、宙を飛び回る巨大蜂ヒュージビーの撹乱していく。相手も嫌がっているのか、先ほどから動きがかなり雑になって来た。今までは攻撃も視野に入れているのがわかったが、今は逃げることで手一杯という印象だった。


 ──そろそろか。


 そう判断して、俺はエリサに向かって声を上げる。



「エリサッ! 今だッ!」

「……うんッ!!」



 その刹那、ゴウッと大きな音を立てて風が吹き荒れる。エリサには綿密にコードを組み立てて、出来るだけ威力のある風を起こして欲しいと頼んであったのだ。


 エリサが選択したのはどうやら中級魔術の暴風ストームだった。なかなか難しい魔術だが、彼女はそれを十分な威力で成功させた。



「……ギィイィイイイイイッ!」



 巨大蜂ヒュージビーも流石にその中ではまともに飛ぶことはできない。


 フラフラとしているところを、俺は決して逃しはしなかった。すぐさま大地を蹴って跳躍すると、そのまま勢いを殺すことなく……。


 一閃。


 先ほどとは異なり、縦に剣を振るうとそのまま綺麗に巨大蜂ヒュージビーの脳天を切り裂く。そして、その勢いのまま回転して踵を振り下ろし、奴を地面に叩き落とした。



「……よし。こんなものだな」



 ドォンッ、と音を立てて地面に落ちる巨大蜂ヒュージビー。俺はそのまま重力に従って、地面に降り立つ。


 どくどくと流れる体液。頭をかち割られた巨大蜂ヒュージビーはすでに絶命していた。俺は持っている剣を悠然と収めると、そのまま死骸を見つめる。



「レイ! すごいわね!」

「あぁ! 片鱗は見えていたが……ここまでとはな!」

「まぁ……田舎の森で魔物とはよく出くわしたからな。この手の対応には慣れている。害虫駆除みたいなものだ」

「ふーん……田舎の森ねぇ」

「あぁ。さぞ危険な森だったんだろうなぁ……」



 ニヤニヤと笑いながら、アメリアとエヴィはそう言ってくる。


 ぐ……くそ……。『田舎の森万能論』は通じないのか!?


 話が違うではないか、師匠!


 と、心の中で悪態をつきながら俺は死骸のそばで腰を下ろす。



「さてと。どうする? こいつは一応食べられる部位も存在するが?」

「えぇぇ……食べられるの、こいつ?」

「アメリア。何事も経験だ、と言いたいところだが今は携帯食料もある。それに人は別に2週間程度なら食料はなくても死ぬことはないし、水も……2、3日程度なら大丈夫だ。今回は水などは魔術で簡単に生成できるからな……嫌悪感があるのなら、やめとこう。別にサバイバル訓練ではないしな。アメリア、燃やしてもらっても?」

「わかったわ」



 俺は周りの木々に火が移らないように少しだけ死骸の位置を動かすと、彼女の魔術によってその死骸を燃やしてもらう。


 その様子を見ていると、俺の後ろにはエリサが立っていた。彼女は何かを言いたそうにモジモジとしているが、すぐに口を開いた。



「あ……その……レイくん。すごいね!……」

「ん? いや、俺は別にいつものことだからな。でもエリサは実戦は初めてだっただろう? 震えていたしな」

「……その……私、怖くて……あんな大きな魔物……知ってはいたけど、実際に見ると……怖くて!……でも、レイくんが教えてくれたから……」

「そうか……エリサは魔術が苦手なんだったか?」

「う、うん……」

「でも今回の魔術はすごかった。なぁ、二人とも」

「えぇ。すごかったわよ、エリサ」

「あぁ! 俺には真似できない芸当だな!」



 アメリア、それにエヴィのやつも同調してくれる。


 俺は別に同じパーティーメンバーだから、学友だからそう言っているわけではない。実際にエリサの魔術はかなりのものだった。魔術とは時間をかければかけるほど、誰でも簡単に威力のある魔法を放つことができるわけではない。


 それはコードを複雑に絡み合わせるようにして、処理の過程を行う必要があるからだ。それこそ、集中力が途切れてしまえばコード理論は破綻する。


 でもあのプレッシャーの中で、エリサはやりきったのだ。それは素直に称賛するべきことだと思ったから、俺はそう口にしただけだった。



「あ……ありがとうみんな……」

「エリサ、少しは自信が持てたか?」

「……う、うん! ちょっとだけど、魔術の使い方も……わかってきたかも!」

「そうか。それは素晴らしい進歩だ」



 俺がニコリと彼女に微笑みかけると、エリサは真っ赤になって下を向いてしまう。


 その様子を見て、俺はあることが脳内によぎった。



「どうした? 何かあったのか? まさか!? 毒でももらったのか!? 医療班を呼ばなければ! メディックはいないのか!? メディィイイイッークッ!!」

「だ……大丈夫だから! 違うから!」

「そうよ、レイ。エリサは嬉しくて照れてるのよ」

「……アメリアちゃん!」

「ふふ……ごめんなさいね。エリサ。でもレイはしっかり言わないとわからないみたいだから」

「そうだよな。こいつ、妙に察しが悪いところがあるよな」

「む……すまない。しかし、それならよかった。俺は本心を言っているだけだからな。これからも一緒に精進していこう、エリサ」

「……う、うん!」



 とりあえずは第一関門であろう魔物の撃破は成功した。


 しかし問題というよりも……この森の本質は魔物ではないだろう。すでに全員で話し合って共有しているが、問題なのはこの森が方向感覚を狂わせるということだ。おそらく、まっすぐ中央に向かったところで辿り着きはしない。


 この森に存在している魔術自体をどうにか攻略しなければ、きっと中央にはいけないのだ。



「さて、とりあえずは進もうか」

「そうね」

「あぁ」

「う……うん!」



 俺たち四人は改めて歩みを進める。


 微かに光が差すものの、木々の影で暗くなっている不気味な森の中を……真っ直ぐと。

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