第102話 生徒会でお手伝い
俺たちのクラスの出し物はメイド喫茶に決定した。すでに本格的に作業を開始しており、アメリア主導の元、クラスメイトたちが一丸となって作業に精を出している。
そんな中、放課後となった現在。
俺はクラスの出し物の企画書を提出しようと、生徒会室へと向かっていた。
生徒会室は校舎の三階の西側にある。今まで一度も行ったことはないが、大体の位置は把握している。
「もう秋も近いな……」
九月の中旬。
まだ残暑特有の暑さは残っているものの、日が暮れるのが早くなってきたようだ。まだ完全な夕暮れ時ではないが、徐々に日が沈みつつある。
そして一人で企画書を手にしてやって来たのは生徒会室。
確か、生徒会長はレベッカ先輩で副会長がディーナ先輩だ。
会計と書記の方は存じないが、この二人と面識があるというだけで俺は生徒会室にやってくるのは特に億劫と感じることはなかった。
そもそも、忙しそうにしているアメリアに対して俺が提出してこようと言ったのだしな。
コンコンコン、と三回ほどノックすると室内から綺麗な澄んだ声が聞こえてきた。レベッカ先輩のものだ。
「入っていただいて、構いませんよ」
「失礼します」
扉を開けてから、その場で丁寧に一礼をすると室内に入っていく。
内装はシンプルなもので、普通の教室と変化はない。あるとすれば、ホワイトボードに貼られた大量のメモ用紙と、文化祭の進行予定が書いてあるという点だ。
チラッと横目でそれを見ると、一番奥の机の方でレベッカ先輩が俺に向かってニコリと微笑んでくれている。それに、その隣の机にいるディーナ先輩もまた、俺に声をかけてくれる。
「レイじゃない。久しぶりね」
「ディーナ先輩。ご無沙汰しております」
「今日はクラスの企画書を持ってきたの?」
「はい。こちらです」
俺は両手でそれを渡すと、ディーナ先輩が受け取って軽く目を通す。
「え? メイド喫茶?」
「はい。我がクラスは、メイド喫茶での参戦です」
「……内容はざっと見た限り問題がないけど、よくクラスメイトが承認したわね。確か、Aクラスは貴族が多かったように思えるけど?」
「そこはなんとか了承してくれました。それに、全員がメイドの装いをするわけではないですから」
「ふーん。まぁ、レイがいるから……きっとそのおかげかもね」
「? どう言った意味合いでしょうか?」
「なんでもないわ。じゃ、企画書は受け取ったから戻っても良いわよ」
「分かりました。失礼します。レベッカ先輩も、自分はこれで」
「えぇ。では、レイさんまたお会いしましょう」
声が疲れていると言うか、様子がおかしいと思った俺はその顔を注視する。
と、レベッカ先輩の目元をじっと見つめると俺は気がついた。
化粧で隠しているが、レベッカ先輩には確かに隈が残っている。それはディーナ先輩も同様だった。おそらく、ファンデーションを重ねるようにして隠しているのだろうが、二人が疲労を面へ出さない様に気に掛けているのは、気付ければ間違いなかった。
「質問なのですが、他の生徒会役員の方は?」
「……素直に戻っていれば良いのものを。本当にレイってば、目敏いと言うか、なんというか」
はぁ、とあからさまにため息をつくディーナ先輩。
やはりこれは何かあるのだろうか。
「レベッカ様。レイになら、話してもいいと思いますけど」
「そうですね。まぁ、一応ご質問に答えると……他の役員三人は、おそらくここには来ないでしょう」
「どうしてでしょうか?」
「……私の婚約がきっと、原因でしょうね」
「それはどういう……?」
「元々、そのお三方はある貴族の派閥に所属する家柄でした。その中のお一人が、今回私が婚約した方と元々は婚約する予定だったとか……私も後で聞きましたが。要約すると、私のことが気に入らないので手伝ってはくれない……ということですね。ですから今はディーナさんと二人でなんとか生徒会の運営をしているのです」
「そうでしたか……」
ここで明らかになってくる貴族の内情。
それは決して大人の世界だけではない。俺たちのクラスは比較的平和だ。入学当初は色々とあったが、今はクラスメイトが分け隔てなく一般人の俺に接してくれている。
しかし、それはあくまで俺たちのクラスの話だ。貴族も決して一枚岩ではない。こうして、レベッカ先輩たちもまたその貴族の派閥争いに巻き込まれている……ということか。
それで無理をして二人で今は生徒会を回している。
ホワイトボードにある進行中と書かれている文字に、レベッカ先輩とディーナ先輩の机には山の様に積み上げられた書類が並んでいる。おそらく企画書のチェック、それはクラスだけではなく、部活動の方もある上に他の催しなどもある。
二人でその全てを処理するなど、正気の沙汰ではない。
知り得たのなら俺がやるべきことは一つだ。迷いなど、なかった。
「分かりました。この文化祭での生徒会の業務、自分にもお手伝いさせて下さい」
「はぁ……レイにバレるとそう言うと思っていたのよ。だから早く戻るように促したのに……」
「レイさん。でもそれは……あなたもクラスでの活動などがあるでしょう」
「兼任できます。私は今回は宣伝係と給仕のヘルプに、調理担当だけですので。それにスケジュール管理はアメリアと入念に行っております。ここに生徒会での業務を手伝わせていただいたとしても、パフォーマンスを落とすことなく両立できます」
これは決して虚勢の類などではない。
と言うのも、実は事務作業を幼い頃からこなしている経験からだ。
それは師匠が本当にその手のことができないので俺が全てやっていた、と言う悲しい背景ではあるが。
軍人の頃は書類での手続きなども多く、それなりに対応する必要があった。それを師匠の分も含めて俺がやっていたのだ。
「レイ〜。なんか書類が来た〜」
「レイ! また来たぞ! これはあいつらの陰謀だ! 私は事務系はダメなのに!」
「はぁ……めんどくさ。レイ、よろしくな!」
「またかよ。ほらよ、レイ」
思い返してみれば当初は有ったのかも知れない遠慮も、最終的には遠慮無く俺にポイッと投げ捨ててくる始末。
正直言うと、師匠は魔術師として大成していなければ普通にダメ人間だと思う。いや、今もそれはギリギリだが……。
と、過去の実績がある俺は必ず二人の役に立てると思っている。日頃から園芸部で色々とお世話になっているのだ。そのお返しに、俺もまた手伝いたいと思っている所存だ。
「でもレイさんにご迷惑が……これは私の事情ですから。ディーナさんにも、ご迷惑をおかけしていて……」
「レベッカ様! それは言わない約束ですよ! 私はたとえどんな状況であっても、レベッカ様をお助けすると心に誓っているのですから!」
「ディーナさん……」
「レベッカ先輩。自分も同じです。入学以来、お二人にはいつもお世話になってきました。敬遠されていたらしい男である自分に園芸部での活動を許して頂いて、それに色々な植物に関して教えていただきました。ここで自分にその恩を返させてください。後輩である自分へそんなに気を遣われずとも結構ですよ。自分はただ、お二人の力になりたいと心より願っているだけですから」
「レイさん……」
「レイ……」
よく見ると、二人の目は潤んでいた。
きっとかなりの心労があったに違いない。物理的に二人で終わるわけのない量の仕事を、ずっと夜遅くまで懸命にこなしていたのだろう。
だから俺は絶対にそんな二人の助けに成りたいと、そう思っている。
「もう……あんたは本当に、良いやつなんだから。レベッカ様。頼りましょう。きっとレイがいれば、どうにか回せる様になります。ここは私からもお願いします」
ディーナ先輩が、頭を下げるので俺もまたレベッカ先輩に向けて頭を下げた。
「レベッカ先輩。どうか、お願いします。自分にも手伝わせて下さい」
「……ディーナさん。レイさん」
その声はどこか、震えているような気がした。
俺がこうして手伝いたいと言っているのは、実は別の考えもあった。それはやはり、以前の出来事だ。
あの日の、夏休み最後の……あの表情の真相を突き止めたい。
俺はレベッカ先輩には何か隠し事があると考えている。
婚約したことに付随した何か、または全く別の事情。
踏み込むべきなのかどうか、それはもしかすると余計なお世話なのかもしれない。
だが俺はもう、後悔はしたくない。
あの極東戦役での失ったものから得た教訓を、ここで活かさずにどこで活かすのか。それにきっと、失った仲間もまた今の俺を見てくれている。
だから俺は後悔だけはしない選択をするつもりだ。
「お二人とも、顔を上げてください。分かりました。レイさん。どうか、文化祭が無事に終わるその日までよろしくお願いしますね」
「はいっ!」
黄昏の光に反射され、その逆光でレベッカ先輩の表情はよく見えなかった。
でも先輩は、どこか嬉しそうに微笑んでいる。そんな気がした。




