伊東氏
―――――――――1555年12月1日 佐土原城 伊東義祐―――――――――
ひとり自室で書状に目を通す。その書状は土佐一条家からのものだ。
「ふん、一条は乗り気ではないか」
つまらんな。やはり当主が幼いと動きたくはないか。大内家臣の晴賢が交渉していたのを儂が変わってしているのだがいったいどのような交渉をしたらあれほど嫌われるのだろうか。儂が密使を送った時にはかなりこちらの事を信用していないようだったと聞いているぞ。その家臣はたしか土居宗珊とかいったか。
土佐一条家の中でも最も忠義の高いと評判のものに賄賂でどうにかしようなど考えられんわ。西国無双の侍大将という評判であったが所詮は戦だけだな。交渉や内政には向いていなかったのだろう。それこそ誰かに使ってもらうぐらいがちょうどよかったのだ。人に使われる才能だけで人を使う才能はなかった。だから厳島で毛利に殺されたのだろう。ま、肝付をその気にさせたという点に免じて死者を悪くいうのはこの辺りでやめておくか。
しかし大友は何を考えているのだろうか。いや、大友というより義鎮だな。せっかく領内を安定させる時間を得ることができたというのにその時間を同盟者の惟宗の討伐に使うとは。同盟者でなくとも今は九州探題だ。ま、儂としては囮のような役とはいえそちらの方が好都合なのだがな。長年、攻略しようとしてできなかった飫肥を手に入れる好機だ。逃す手はない。飫肥を手に入れた後は適当なところで和睦し、大友について長年敵対している土持を滅ぼす。惟宗も大友という敵を滅ぼすのだから和睦は受け入れるだろう。うむ、うまくいけば飫肥と土持領を手に入れることができる。肝付が儂の配下となれば大隅も手に入る。後は惟宗と良好な仲を保てば良いだけだ。難しいことではないな。
しかし惟宗が大友の動きに気づいていないということはあり得ない。惟宗にとっては大内が滅びかけている以上、危機感を覚えるのは大友と儂ぐらいだ。どこかで漏れているだろう。問題はどこまで漏れているかだ。もし全て漏れていたとすれば最悪の場合、大友も儂も肝付も滅ぼされ惟宗が九州統一を達成させることになる。誰かが儂の礎になるのであればともかく儂が誰かの礎になるのは不愉快だな。惟宗領に潜ませている草の数を増やすか。
「誰ぞおるか」
「はっ。木脇祐守にございます」
「惟宗領の草の数を増やしておけ。近々動きがあるやかもしれん」
「はっ」
――――――――1556年1月10日 久留米城 島津義辰―――――――――
「兄者、この城は広いな」
「おい、ここは御屋形様の居城だぞ。あまり失礼のないようにしてくれ。お前が何かやらかせば島津に影響が出るのだ。それにあまりお前への評価が悪くなるのは避けたい」
「別に構わないと思うけどな。たかが俺の養子入りだろ。すぐに認めてくれるさ」
「だといいのだがな」
しかし忠平が言った通りかなりでかいな。ここまででかい城は見たことがない。しかも場所によっては補強をしているしているところまであった。
「ま、そう気負わずに行った方がいいと思うぞ。名目上は正月のあいさつなんだ」
「それもそうだな。・・・む、いらしたようだな」
足音が聞こえてきたので頭を下げる。そのあとに人が数人ほど入ってきて座る気配がする。
「よく来てくれたな。義辰、忠平」
「はっ。新年を迎えましたことお慶び申し上げます。旧年は敵対してしまいましたが今年は御屋形様のため身命を賭して働かせていただきまする。それと新年を迎えましたので名を義辰から義久に改名いたしました」
「そうか。面をあげよ」
「「はっ」」
御屋形様に言われて顔を上げる。御屋形様の他には評定衆の方々や外交衆・兵法衆・兵站衆の方々がおられた。皆、惟宗家の重臣ばかりだ。
「どうだ、義辰は当主となって何かと忙しいのではないか」
「まだまだ未熟者にございますので家臣や弟たちに助けられてばかりの日々にございます」
「そうか。まぁ、島津家は名門だから学ぶことも多かろう。期待しているぞ」
「はっ」
期待しているというのはお世辞だろう。だが島津家が三州を取り戻すには御屋形様から恩賞としていただくしかない以上、お世辞でも期待されていると言われるのはいいことだな。
「しかし今日は新年の挨拶ではなかろう。わざわざ忠平を連れてきているのだからな。何か用があったのか?」
どう切り出そうかと思っていたら御屋形様から聞いてきた。
「はっ。実は旧年に独立して御屋形様の直臣となった豊州島津家より忠平を養子にとの話がありました。豊州島津家の当主は北郷氏よりの養子ですが北郷氏が滅んだので姓を戻したいようです。当家としては忠平を養子にと考えています。どうかお許しをいただけないでしょうか」
「豊州家というとたしか飫肥から真幸院に国替えしていたな。ふむ、構わんぞ。忠平のことは評価しているからな。ただし俺の直臣であることには変わらんぞ」
「はっ。ありがとうございまする」
「忠平、期待しているぞ」
「はっ、身命を賭して御屋形様に尽くさせていただきまする」
よかった。島津家だけで三州をというのは無理がある。豊州家と島津本家で三州を取り戻す方が現実的だ。後は手柄を立てるだけよ。
「実はな、俺も島津家には用があってな」
「はっ。それはどのような」
島津家に用?まったく、気が抜けんな。
「昨年、ルソンの品で良いものを手に入れてな。斉時、あれを」
「はっ」
そばにいた近習が一礼して評定の間を出る。すぐに戻ってくるとなにかが入っている籠を御屋形様と我らの間に置いた。泥が付いていてよくわからないが紫色のような色をしているな。
「御屋形様、これは?」
「甘藷という芋だ。これはなかなか良いぞ。やせた土地でも育つ上に腹持ちも良い。あまり米の取れない薩摩のような土地でも育てることができる。どうだ、領内で栽培する気はないか」




