島津
――――――――――1554年5月1日 大内館 陶晴賢――――――――――
「おのれ、あの成り上がりものがっ。ふざけよってから」
「いかがなされましたか」
弘中隆包が心配そうにこちらを見る。
「惟宗がついに宗像の争いに銭だけでなく手まで出してきよった。そのせいで儂が支持をしている鍋寿丸派が押されている。朝廷にも宗像大宮司職を認めるように言っているのだがなかなかうまくいっていない。惟宗が交渉を妨害しているに決まっている」
「大寧寺の時に公家たちを殺したからだと思いますが・・・」
「何か言ったか」
「いえ、なんでもございませぬ。それよりこれからいかがしますか?惟宗が本格的に介入してきたのであれば朝廷に大宮司職を認めさせることも考えられますぞ」
そのようなことは分かっておるわ。くそっ、毛利の老狐といい惟宗の商人紛いといい成り上がりものはこれだからいけ好かないのだ。一丁前に朝廷に頼み事などしよって。身の程をわきまえろというものだ。
「義鎮様は何をなさっている。惟宗が和睦を破ったということは大友の顔に泥を塗ったようなものだぞ」
「いまだ内乱の最中です。豊前の大半の国人が反旗を翻し、豊後の大神系の国人、筑後の国人などもそれに乗じて独立しようとしています。惟宗はそれにも手を出しているようで筑後の国人たちが攻められています。しかしそれを咎めるほど大友に余裕がありません」
くそがっ、これだから苦労知らずは。
「惟宗はほかに何かしているか」
「薩摩の菱刈攻めを行いその後は反島津派の国人たちの手伝い戦をしています」
「すぐに島津に使者を送れ。兵糧の援助をしたいとな」
「はっ」
いいところに惟宗の気を引き付けてくれる大名があったわ。とりあえず島津を囮にして時間を稼ぐ。その間に吉見・毛利を降し惟宗と戦う準備を整える。その頃には大友の内乱は終わっているだろうから大友と日向の伊東とともに惟宗を潰す。おそらくその頃には島津は潰されているかもしれないが適当に遺児を見つけて薩摩のどこかの郡を与えておけばよかろう。伊東は大隅を与えるとでもいえばすぐに乗ってくるはずだ。
うむ、うまくいきそうだ。たとえ惟宗が対馬に逃げようとも潰してくれるわ。しかし島津だけで時間稼ぎはできるだろうか?そうだ、確か相良の遺児と遺臣が惟宗にいたはずだ。それを嗾けよう。武任の一族を頼るのは癪だがまぁ仕方ないな。これで相良一族が全滅すればそれはそれでよい。うむ、すぐに草のものに密使を出すよう指示をしなければ。
―――――――――1554年9月10日 内城 島津貴久――――――――――
「皆のもの良く集まってくれた。つい先ほど加治木城に蒲生らが攻め入ったとの報告が来た」
まったく、これから薩州統一が成ろうとしているところを邪魔しよって。
「惟宗は参加していないのか」
「惟宗の紋である隅立て四つ目結は見当たらなかったようですぞ、父上」
「ならば救援は可能だな」
そうだな、これで惟宗が出ていていたら救援に駆け付けたころには城が落ちているはずだ。
「それで救援に向かうために軍議を行う。それと義辰・忠平・歳久はこの戦に出陣してもらう」
「「「はっ」」」
息子の義辰・忠平・歳久が同時に頭を下げた。それを父上が満足そうに頷く。父上は孫がかわいいのか息子たちの教育にかなり熱心であったな。
「儂としてはこの戦で逆に反島津派の国人の領地は奪いたいと思っている」
「御屋形様、それはどのようになさるおつもりでしょうか」
あれは伊集院忠倉だな。あ奴は皆が苦手な内政の中心としてよくやってくれている。息子もなかなか優秀だ。義辰の頃には家老としてしっかり支えてくれるだろう。
「まずは岩剣城を攻める。救援に向かうにはあの城を落とさねばならんだろう。それにあの城を落とせば敵は正面と側面に敵を抱えることになる。我らが気になって城攻めどころではなくなるはずだ。まず忠元」
「はっ」
忠元が呼ばれて軽く頭を下げる。
「其の方は岩剣城につながる道をすべて防げ。敵は誰一人通すな。万が一惟宗が出てきた場合は無理せず陣を下げよ」
「はっ」
「つぎに忠将は帖佐城を落とし龍ヶ城を攻めよ。残りのものは岩剣城を攻め落とすぞ」
「「「はっ」」」
「出陣は明後日だ。それまでに急いで戦の備えをしておけ」
軍議が終わり残ったのは儂だけとなった。しかし惟宗が薩摩のことに口を出してきた理由が思いつかん。
今回は名前を貸しただけで本当は菱刈が欲しかっただけなのか、島津を降したいのか。それが分からねば舵取りを誤るかもしれん。
その点大内の魂胆など見え透いている。自分たちが立て直すための時間稼ぎだろう。それにわざわざわかっていて乗ってやる理由はない。米だけもらってこちらの好きにさせてもらおう。
だが惟宗は魂胆が読めない。ほぼ毎年戦をして何を目指しているのだろうか?若いから武功が欲しいのか?いや、国康は若いがそのような欲があるとは思えん。内政もしっかりしているという。才覚はおそらく同年代では九州に並び立つものはいないだろう。それなのになぜ戦を続けるのだろうか。我らは頼朝公より賜った三州の統一が目的だが惟宗にはそう言ったものもない。しかしそこを間違えれば最悪の場合島津家を潰すことになる。慎重に行動しなければ・・・




