祁答院氏
――――――――――――1554年2月1日 塚崎城――――――――――――
「御尊顔を拝すことができ恐悦至極にございます。祁答院良重が家臣、祁答院重朝にございます」
「惟宗国康だ。面をあげよ」
「はっ」
重朝が顔を上げる。たしか祁答院は島津とあまり仲が良くなかったはずだ。そしてそろそろ周りの国人たちとともに加治木城を攻めるはずだ。それは失敗して島津の薩摩統一が一気に進むはずだ。そんな大事な時期に何の用だろうか。援軍か後詰めかな。
「本日伺いましたのは島津に対抗するべく国康様に後詰めをお願いしたく参りました」
予想通りか。うーん、どうしたものかな。今大友がまた内乱を起こしているからその隙に筑前から大内を完全に追い出そうと思っていたんだけど。北と南で同時に戦となると少しばかり面倒だな。それだけならいいけど大友の内乱次第では東でも戦わなければいけなくなるな。伊東もどう出てくるかわからないし。いや、伊東は飫肥に出るかな。確か何回も飫肥に出兵していたはずだ。
先月の頭に舅殿と小原鑑元を加判衆から外した。加判衆は惟宗でいうところの評定衆のようなものだから舅殿と鑑元はもう重臣ではないと言われたようなものだな。二人とも驚いただろうな。それに驚いたのはその二人だけではなかった。大神系の国人、大友の言い方でいうと他紋衆だな。彼らはあの重臣の舅殿ですら加判衆を外されるのだからいつ自分たちが適当な理由で滅ぼされるか分からない。それなら戦上手の舅殿がいない今のうちに大友家に反抗するしかないと考え同じ他紋衆で加判衆から外された鑑元を誘って反乱を起こした。それだけでなく宇佐神宮に関連している国人たちも同調し豊前・豊後で大きな内乱となっている。宇佐神宮系の国人たちが同調したのは義鎮がキリスト教に熱を上げ寺社仏閣を破壊しようとしているという噂が流れたのが理由らしい。これは俺が流した噂だがこれほど効果があるということは実際にそんなことを考えていると思われるほど熱中しているんだろうな。やっぱり当主がどこかの宗教にはまるのは良くないな。そしてそれに乗っかるように筑後の国人たちも謀反を起こした。このままでは優遇されないと思ったのだろう。わがままなことだ。
「祁答院は島津の支配下に入りたくないということかな。それとも誰からの支配を受けたくないということかな」
「それは我が主が考えることですので某にはわかりませぬ」
「しかし兄弟であろう。そのような話をするのではないか」
「惟宗家ではどうなさっているか存じませぬが祁答院ではそのようなことは致しませぬ」
なかなか明言しないな。どうせ誰からの支配を受けたくないのだろうけどそんなこと言ったら後詰めをしてもらえないと思っているに違いない。確かにうちでも熊次郎、いや元服したから康正か。康正とはほかの家臣たちと大して変わらない扱いにしているな。今は兵站衆に命じている。康正には俺が死んだ後も都都熊丸をしっかり支えてほしいから出来るだけ裏方の仕事をさせるようにはしている。
「島津の支配に抵抗する者は祁答院だけか?」
「いえ、ほかにも蒲生・入来院・東郷が祁答院と行動を共にしたいとのことです」
「菱刈はどうした」
確か史実では祁答院らと行動を共にしたはずだ。
「はじめは味方すると言っていましたが国康様に後詰めをお願いすると聞いて島津方に付きました」
えっ、なんでだ?
「御屋形様、菱刈は相良と懇意にしていました。そのことが原因かと思われます」
疑問が顔に出ていたのか頼安が答える。しかし菱刈と相良は仲が良かったのか。領地も近いし相良は菱刈を島津の盾として菱刈は相良を大友の盾として利用しようと考えたのだろう。しかし菱刈が敵対してくれるのはむしろ嬉しいな。あそこには日本最大の金山である菱刈鉱山があったはずだ。あの鉱山は金だけでなく銀も産出していて現代でも新しい鉱脈が見つかったとの話を聞いたことがある。その鉱山がある土地を持っている菱刈氏を九州を統一したときにどういう理由で菱刈をあの地から引き剥がすか考えなくて済む。
「もし今日良い返事を得ることができたらいかがするつもりだ」
「すぐに兵をあげて蒲生殿を中心に加治木城を攻めまする」
「そうか、少し皆と相談したい。少し外してくれ」
「はっ、何卒よろしくお願い申し上げます」
そう言って頭を下げると小姓に連れられて部屋を出る。
「さて、皆は先程の話を聞いてどう思った。忌憚のない意見を言ってくれ」
「某は無視するべきと思いまする」
最初に意見を述べたのは盛廉だった。
「今は大友の内乱がどう推移するか分かりません。そのような中で島津と敵対するのはどうかと」
「いや、某はそう思いませぬ」
次は時忠か。
「御屋形様の最終目的は九州統一です。そのためにはいずれは島津と敵対しなければならないのには変わりはありません。ならば今のうちに島津の力を削いでいた方がよいかと」
うーん、どうするかな。
「私は大友が混乱している今の方が動きやすいので受けるべきだと思います」
次は康胤か。まだ若いがそれなりに才覚を見せているから家中でも一目置かれているみたいだ。
「我らが最も恐れるべきは島津・大友・大内が手を組んで惟宗を攻めるということです。そうなればたとえ九州最大の大名である惟宗とて無傷では済まないでしょう。しかし大友はいま混乱しています。大内も毛利とあまりうまくいっていないようで近いうちに敵対するでしょう。そのような大内にこちらに介入するような余裕はないはずです。ならば今のうちに島津を潰すないし弱体化させるべきでしょう」
よし、どうせ手を組むのは目に見えているんだ。先にたたいた方がいいだろう。そうだ、どうせなら宗像と大友に謀反を起こした筑後の国人たちもたたいておこう。
「祁答院の提案を受け入れるぞ。それから周辺の厄介ごとをついでにまとめて解決する。まずは康正を総大将に盛長・経治を副将に8000の兵を率いて宗像の内乱を片付けて来い」
「「「はっ」」」
「それから祁答院たちが背後をつかれないように菱刈を攻める。総大将は盛廉、副将は勝利と調親に任せる」
「「「はっ」」」
「残りは筑後で大友に反旗を翻した国人どもを攻め滅ぼし筑後を統一するぞ」
「「「「はっ」」」」




