使者
―――――――――1553年11月1日 荒平城 臼杵鑑続――――――――――
「鑑続、古処山城はまだ落ちないのか」
はぁ、この質問をされるのは何度目だろうか。これまでうまくいっていたせいで古処山城も早く落ちるものだと思っているのだろう。
10月に入って鑑連殿の予想通り秋月が田川郡に攻めてきた。そしてそれに合わせるように京都郡の今仁・桃井・岩男・塩田・松山が秋月に内通した。宇佐神宮系の他紋衆たちも寝返ると予想していたのだがその者たちは今回は静観するようだ。御屋形様はすぐに鎮圧のため自ら出陣すると言われ御屋形様を総大将に約10000の兵を動員して謀反人と秋月討伐に向かった。実際の戦の指揮は鑑連殿がとったため順調に進み、あとは古処山城を落とすだけとなった。
「御屋形様、戦に焦りは禁物ですぞ」
「だがあの城を囲ってもう10日も経つぞ。いい加減落とせぬのか」
やれやれ、攻城戦に慣れていないからそのようなことを言っているのだろう。それとも惟宗の戦いを見て戦など大したことはないと思っているのだろうか?
「古処山城は筑前有数の固城です。そうやすやすとは落とせませんでしょう。しかし城内の兵糧も少なくなっているはずです。もうしばらくの辛抱かと」
「そうか、鑑連にはやく落とせと使者を出しておけ」
「はっ」
はぁ、これで実際に指揮を取っているのが鑑連殿でよかったわ。他の家臣であったら焦って無理に攻めて犠牲が増える可能性が高い。だが鑑連殿ほどの方ならば焦ることもないだろう。
しかし惟宗がどう動くかが不安だ。今のところは戦の用意をしていないと報告を受けているが惟宗は銭の兵なのですぐに戦を始めることができる。それに御屋形様は惟宗を味方につけるため筑前の事は惟宗に任せると言った。それなのに筑前に攻め入るような真似をして不愉快に思っていなければよいのだが。
「失礼いたします」
ちょうど会話が途切れたところに見張りの兵が入ってきた。
「いかがした」
「はっ、惟宗より使者が参りました」
惟宗の使者?兵を率いているのではないのか。
「御屋形様、いかがしますか」
「会おう。今更何をしに来たのか知らんが会わねばなるまい。すぐに通せ。それと長増もつれて来い」
「はっ」
さて、厄介ごとでなければよいのだが。
長増殿が来られてから惟宗の使者が入ってきた。使者は柚谷康広殿だった。康広殿は惟宗独自の役職である外交衆の筆頭と聞いている。
「惟宗国康が家臣、柚谷康広にございます。御目通りがかないましたこと恐悦至極にございます」
「前置きは良い。今日は何の用だ」
まったく、もう少し愛想よくできないのだろうか。10年前の国康殿の方がまだ愛想がよかった。幸いにも康広殿はあまり機嫌を損ねたような顔をしていないからよいが。
「今日は三つほど義鎮様に用がございます」
三つもか。いったい何の用だろうか。
「では早く用件を言え。これでも戦の途中で忙しいのだ」
「はっ。では一つ目ですが阿蘇惟豊殿より使者が参り惟宗の下に付きたいと言ってきました。御屋形様はこれで義鎮様と関係が崩れないか心配してその話は保留しています」
阿蘇か。あそこは惟宗と大友に挟まれて舵取りに苦労しているのだろう。しかし御屋形様はどうなされるおつもりなのだろうか。
「なにを」
「一度こちらで検討させていただきます。返事は後日ということで。御屋形様もよろしいですな」
御屋形様が何か言おうとすると長増殿がそれを遮って返事をした。さすがにすぐに拒否というのは良くないと思われたのだろう。
「・・・分かった。それで残りの二つはなんだ」
「二つ目は龍造寺鑑信が豊前の国人に匿われているとの情報があげられました。もちろん御屋形様は義鎮様の事を疑っていませんが国人が勝手に匿っている可能性があります。早急にこちらに明け渡していただきたい」
鑑信が他紋衆の誰かに匿われているだと。あれには少なからず迷惑をかけられた。さっさと大友領内から出ていってもらいたいものだ。
「すぐに探させよう。最後は何だ」
すぐに探させると言われたな。さっさと康広殿に帰ってほしいのだろうか。
「最後は秋月との和睦の斡旋です。この辺りで和睦してもよいのではないですか」
「ふざけるな。あと少しであの城を落とすことができるのだ。なぜここで和睦をせねばならんのだ」
「筑前の事は惟宗に任せると聞いていましたがあれはでまかせでしたか。それに先日御屋形様が大樹より筑前守護に任じられました。筑前の事ではこちらに従っていただきたい」
肥後の相良の時の意趣返しか。恐らく康広殿が言っていることは肥後の時に親誠が言った事とほとんど同じなのだろう。しかし困ったな。これで拒否したら肥後の時の横槍は何だったのだと惟宗家中から不満が出てくるに違いない。それが大きくなればさすがの国康殿でも抑えることができないだろう。もしかすると一番不満に思っているのは国康殿かもしれないな。
「何でしたら大樹からの命令という形でもよろしいですぞ。そもそも秋月は番衆で直接大樹にお仕えする立場です。その秋月が討ち取られるのは大樹も忍びないとのことでした」
これは認めるしかないな。大樹の御手を煩わせるわけにはいかない。
「御屋形様・・・」
「分かっておる。すぐに和睦の準備をせよ」
御屋形様が苦虫をつぶしたような表情で指示を出す。ま、大友が舐められないようにするという目的は達成できた。あと少しで寒くなり戦をやりにくくなる。この辺りが落としどころだろう。
「はっ」
問題はこれで御屋形様の不満が爆発しないかだろう。もし今の大友が惟宗と敵対するようなことになれば恐らくあっという間に潰されるだろう。御屋形様は娘が惟宗に嫁いでいる鑑連殿を使おうとしないだろうから他紋衆の間にも不安が高まるはず。なんとしてでも御屋形様と惟宗双方が納得する和睦にせねば・・・。




