逃走
―――――――――――1552年10月20日 篠原城――――――――――――
鑑種が一礼して下がる。これでもらう予定だったところのほとんどは惟宗の領地になったな。
10月に入ってすぐに惟宗は筑後に攻め入った。肥前から俺が率いる本隊10000が肥後から熊次郎が率いる肥後国人衆ら別働隊8000が薩摩街道を南北から攻め入る形だ。熊次郎はこれが初陣だから念のため勝利・康胤・盛廉を付けている。それに傅役達が手伝うことになった。三池郡を落として柳川城攻略の時に合流予定だ。この戦が終わったら熊次郎は元服させよう。名前は何がいいかな?康忠・康元・康次・康政・・・ま、戦が終わってから考えるか。
戦が始まる前に鑑信が少弐に蜂起するよう手紙を出してきた。政興から報告を受けた時には正直何を考えているのかと思ったよ。たぶん政興も同じようなことを考えただろうな。それに鑑信に味方するより俺に味方した方が家を保つことができると考えたみたいだ。あぁ、あと弟のことかな?鑑信は政興の弟の元盛が龍造寺の養子になって家督を継ぐことを認めていなかったはずだ。敵対しているならまだしも数少ない味方である弟を敵に回すようなことはしないだろう。今回のことで少弐が裏切らないことが確認できただけでも良しとしよう。
「御屋形様、このまま軍議を行いますか」
「あぁ、そうしよう。尚久」
「はっ」
尚久がこちらに一礼して皆の方を向く。
「では某から今後の行動予定を伝えさせていただきます。我らはこれより薩摩街道を南下し途中の西牟田氏などを蹴散らしながら柳川城を目指します。そこで別働隊と合流し柳川城を包囲します。大まかな流れは以上ですが何か質問のある方はいますでしょうか?」
「某から一つ良いだろうか」
そう言ったのは調親だった。いつもであれば盛廉が最初に質問するが熊次郎の方にいる。だから今日は調親なのだろう。譜代だし手柄も多い。
「柳川城を包囲すると言われていたが籠城している敵の数は?」
「北原殿の知らせでは農民達を含めて約4500とのことです」
「義鑑からの援軍はどうだろうか。義鑑も筑後を失えば形勢が逆転することぐらいわかっているはず」
「そのことですが鑑連殿と睨み合っているためすぐには駆けつけることができないようです。念のため3000ほど備えとしておいて置く予定です」
俺は必要ないと言ったんだけどな。尚久が向こうも必死になっている、何をするか分からないと言われて置くことにした。
「それはどなたが率いるので?」
備えの隊は手柄を立てる機会がないから皆やりたくないだろうな。
「それは某の倅である時忠が務めまする」
これで東家以外のものだったらそいつは尚久親子を恨むだろう。手柄を立てる機会を奪うのだからな。そうならないようにするには尚久親子から選ぶしかないからこの人選は妥当だろう。
「ほかに質問はございますか」
そう言って尚久が周りを見渡す。なさそうだな。
「では、1刻半後に出陣する。それまでしっかり体を休ませておけ」
しかし柳川か。・・・鰻食べたいな。
――――――――1552年10月21日 柳川城 蒲池鑑盛―――――――――
「鑑盛殿、先程の軍議は何ですかっ」
軍議を終えて城の見回りに行こうとして鑑信殿に引き留められた。顔には押さえようとしているのだろうが怒りの色が見える。
「何とはどういうことですかな。あの軍議が蒲池家の総意です」
「ただ籠城するだけでは滅亡を待つだけですぞ」
「それで御屋形様の助けとなれるのであれば我らは喜んで滅亡を受け入れましょう」
主のために命を懸ける。それが武士というものだ。
「滅びを受け入れた鑑盛殿は満足して死ねるでしょうが残ったものはどうせよと言われるか。この戦で惟宗は大友に代わり北九州の旗頭となるのは確実ですぞ。そのようなところを敵に回すような危険を冒してまで匿うようなところは大名・国人はおろか寺社にもいないでしょうな。散々さまよった挙句その辺の山中で山賊にでも殺されるでしょうな」
「そのようなことはないでしょう。惟宗は出家することまで禁じるほど厳しくはないでしょう。たとえそうだったとしても誰か心ある方が受け入れて下さるはずです」
「鑑盛殿が我らを受け入れてくださったようにですか」
「えぇ」
筑後に一人いたのだ。九州にもう一人ぐらいいてもおかしくはないだろう。
「せめて敵の本隊が到着する前に塩塚城にいる別働隊をひと叩きしましょう。その方が時間を稼ぐことができるはずです」
「鑑信殿、これは決まったことなのです。どうしても従えないと言われるのでしたらこの城を出ていかれるがよろしい。もともと鑑信殿は某の配下ではないのでここを出ても構わないのですよ」
「そのようなことができるわけがないでしょう。どうか考え直してはもらえないか」
いくら鑑信殿でも我らを見捨てて逃げることはないか。まだ人の情が残っていたらしい。だが鑑信殿には頼みたいことがある。
「鑑信殿、一つ頼みごとをしても良いだろうか」
「何でしょう」
「某の倅達を連れて逃げてはいただけないだろうか」




