筑後侵攻
―――――――――1552年9月30日 柳川城 蒲池鑑盛―――――――――
「殿、殿は居られるか」
「うるさいぞ鎮堯」
「申し訳ございませぬ。しかし一大事にございます」
珍しいな。鎮堯が慌てることなどなかなかないぞ。
「いかがした」
「惟宗に出陣の兆しがございます。それも小競り合いの規模ではございません。先の筑前侵攻の時と同じくらいかそれ以上です」
「なに!?そうか、いよいよ惟宗との戦か」
筑前侵攻の時以上となると10000は超えるな。いま御屋形様は義鎮派の攻勢の対応に追われている。ここに惟宗が攻め込んで来たら一気に窮地に立たされることになるぞ。
「すぐに籠城の支度をせよ。周辺の農民たちも城の中に入れてやれ」
「はっ」
「それと鑑信殿と御屋形様にもこのことを伝えろ」
「はっ」
まずいな。我らは集まっても農民含めて5000に達するかどうか。野戦では勝ち目はないだろう。かといって籠城をして援軍が来る可能性は低い。援軍の来ない籠城など遠回しの自殺だ。
義鎮派の妨害がなく援軍がこちらに来るには義鎮派に追撃できないほどの被害を与えなければならない。しかしそれはすぐにできるようなことではない。
援軍は諦めよう。我らに今できることは御屋形様が態勢を整えるための時間稼ぎだ。つまり捨て石だな。だが勝つためには捨て石は必要となる。できるだけ長く籠城し御屋形様の時間を作る。蒲池の名は父の代で別れた山下城の蒲池が残れば問題ない。
「鑑盛殿」
「おぉ、鑑信殿。鎮堯から話は聞きましたかな」
「えぇ、それで籠城ですかな」
そう言いながら鑑信殿が目の前に座る。
「そうなるでしょうな。惟宗は薩摩街道を南北から攻めて来るでしょう。数は北が10000ほど、南が伊東に備えて7・6000といったところでしょうか。対する筑後の国人たちは集まっても8000。それも惟宗の調略で穴だらけになっている可能性があるうえに指揮できるものがいません。各自籠城して時間稼ぎをするしかありませんな」
「しかしそれでは各個撃破されるだけですぞ。せめて大友家重臣の方がいれば野戦という手もあったのですが」
野戦か。なんというか鑑信殿らしいというか。
「無理でしょうな。ま、御屋形様が戻られるまでしっかり粘って見せましょう。鑑信殿にも期待しておりますぞ」
「惟宗は我らを肥前より追いやった宿敵。必ずや目にもの見せてやりますよ。まずは不愉快ですが少弐屋形に蜂起されたしと手紙を書きます。あの無駄にしぶとい少弐が再興を諦めていないはずがありません。動きを見せてもおかしくないはず。多少の時間稼ぎにはなるでしょう。それより御屋形様を裏切るというようなことはございませぬよな」
「何を言われるっ。いくら戯言でもいって良いこととそうでないものがありますぞ」
「これは申し訳ない。鑑盛殿。しかし御家を存続させるにはそれが最も妥当な判断。可能性がある以上叛意が無いか確認しておかねば」
ふん、主人を持たない将の言葉よな。
「武士たるもの一度主人を決めたからには死ぬまでその方についていくのが道理。それに御家は山下城の蒲池が存続すれば問題ない」
「左様ですか。信用しておりますぞ」
鑑信殿はそう言うと部屋から出て行こうとした。
「もし、私が裏切るといったときはどうなされるつもりだったので?」
「決まっているでは無いですか。惟宗に味方する以上某の敵です。その場で切り捨てていましたよ」
―――――――1552年10月20日 篠原城 高橋鑑種――――――――――
「お初に御目にかかりまする。高橋鑑種にございまする」
「惟宗国康だ。面をあげよ」
「はっ」
顔を上げる。顔は無表情だ。これは機嫌がよいのだろうか、それとも悪いのだろうか。
「高橋はこちらに降るということでよいのだな」
「はっ。何卒お願い申し上げまする」
そう言ってもう一度頭を下げる。ここで機嫌を損なえば高橋家は終わりだ。儂の命を失っても御家存続は認めてもらわねば。
「惟宗でよいのか」
「それはどういう・・・」
「お前の兄は義鎮殿に味方しているだろう。俺に降るより義鎮殿に降った方が兄の力になれるのではないか。俺がとりなせばお前の帰参ぐらいなら認めてもらえると思うぞ」
そういうことか。意外とこちらの事を考えてくれているのだろうか。それとも儂が惟宗に入り込むことを危険視した?いずれにしろ返事は決まっている。
「兄の事は内乱がはじまった時より二度と会えぬと覚悟しておりました。それに兄と敵対したのも高橋と一万田の血を絶えさせないためにございますので」
「大友に戻る必要はないか。戦乱の世も大変だな。しかし本当に良いのだな。報告ではお前の兄と義鎮殿はあまりうまくいっていないと聞いているぞ。内乱が終わり落ち着いたころに粛清されるやかもしれんぞ。その時に近くにいた方が助けになれるのではないか」
兄と義鎮様が不仲?そのようなことは聞いたことがないが・・・。
「ならばなおさら惟宗家に付いた方がよいでしょう。改めて惟宗への降伏をお受けいただけますでしょうか」
「条件は二つだ。一つは肥後葦北郡への国替え。もう一つはお前の隠居だ」
葦北郡への国替えと隠居か。後者は全く問題ない。あとは国替えか。家臣たちが何と言うだろうか。儂は養子だからあまりよくは思っていないはずだ。ま、彼らを説得することが当主としての最後の務めだな。
「問題ありませぬ」
「ならば高橋家の降伏を認めよう」
「有難うございまする。今後は身命を賭して惟宗家のため、御屋形様のため尽くさせていただきまする」




