陶隆房
―――――――――1551年11月1日 大内館 陶隆房――――――――――
「おのれ惟宗。どこまで儂の足を引っ張ろうとするのだ」
思わず手にしていた報告書を破いた。
儂が義隆を殺して周りの義隆派の馬鹿どもを潰そうと躍起になっている間に筑前に攻め入ってこようとは。それだけに飽き足らず博多の商人たちに大内・陶領内のものとの取引を禁じるとは。あの商人紛いの成り上がりが。しかしこのままでは領内の商人たちもいずれは出ていってしまうぞ。どうしたものか。
「隆房殿、よろしいかな」
「これは珍しい。興盛殿ではござらんか」
「実は一つ頼みごとがあって参ったのですよ。それより未だ大内の御当主が決まっていないとか。そのあたりはいかがお考えですかな」
「実はそれも悩んでおりましてな。ことを起こす前に晴英様を御当主にお迎えしたいと手紙を送ったのですがなかなか此方にいらしていただけないのです。どうやら晴英様が御味方している義鎮様がそれを渋っているとか」
内乱で混乱しているくせに何を渋っているのか。さっさと晴英様をこちらによこせばよいものを。
「恐らく惟宗が筑前を攻めたからでしょうな」
なに?また商人紛いの成り上がりのせいなのか?
「それはどういうことで?」
「義鎮派が戸次鑑連を使って惟宗を味方に引き入れようとしているらしいですぞ。そのような中で惟宗と敵対している我らを味方にしようとは思わないでしょう」
「くそ、成り上がりものがっ。邪魔しよって」
このままでは惟宗と敵対したまま新たな御当主を迎えぬままではないか。まずいぞ、この調子では義隆を殺した儂に不満が出てくるだろう。そして次は儂を殺そうと・・・。
「いかがしますかな。ほかの方を御当主にお迎えしますかな。例えば亀鶴丸君とか」
亀鶴丸君だと!?冗談じゃない。亀鶴丸君はまだ幼い。当主になられても他のものが実権を握るだろう。そしてそれは儂ではなく外祖父の興盛だ。
「いや、義鎮派が惟宗と結びつこうとするのであれば和睦の仲介を晴英様にお願いしましょう。義鎮派としても惟宗が我らと敵対したままでは惟宗の動きが鈍ると考えてもおかしくないはず。必死になって和睦を纏めようとするはず」
「なるほど。それは名案ですな」
興盛はそう言っているが顔を少し顰めている。自分の思い通りにならなかったのが不満なのだろうな。惟宗と和睦するのは少し癪だが吉見を潰して落ち着いてから惟宗を潰せば良いのだ。大友も内乱が済んだら惟宗と敵対するのは目に見えている。その時があの成り上がりの商人紛いの最後よ。
「ところで頼みごとがあるとのことでしたが」
「おぉ、そうでした。隆房殿は某が南蛮坊主をかくまっていたのはご存知でしたかな」
「えぇ、それが何か」
「その者たちが自分の国からの連絡がないから一度戻りたいと言い出しましてな」
「そうでしたか。それで?」
なぜわざわざ儂にそのことを言いに来るのだ。帰りたいのであればさっさと帰れば良いではないか。
「そのためには一度長崎に向かいたいと言い出したのです。なんでもそこの船を使うのが最も良いのだとか」
長崎だと!?あそこは惟宗の領地ではないか。だからわざわざ儂に言いに来たのか。
「構いませんよ。去る者は追わずです」
儂としてはあの者たちも殺しておきたかったが興盛が庇ったせいで機を逃してしまった。それならばさっさと出て行ってもらったほうが良いわ。
「ありがたい。ではここで失礼させていただきますよ。あまり無理をなされぬよう」
「お気遣いはありがたいですがいろいろとせねばならないこともありますので」
まずは晴英様に早く来てほしいと手紙を出さねば。それから商人がこれ以上逃げ出さないようにもせねばならん。
―――――――――――1551年11月10日 塚崎城―――――――――――
「臼杵鑑続にござる」
そう言って鑑続が頭を下げる。珍しいな、最近は舅殿がよく来ていたのだが。
「久しぶりですな。最近は舅殿がよく来ていましたが今日は違うので?」
「鑑連殿は大内館の方に行っておりまする」
大内館?あぁ、晴英が大内の当主に迎えられるための準備か。この歴史でも晴英は大内の当主になるのか。これで劣勢だった義鎮派にも逆転勝ちの可能性が出てきたな。惟宗と大内が義鎮を支持したとなれば少なくない将が義鎮派に寝返ろうとするだろう。この間の戦の負けなんて余裕で挽回できるはずだ。
「晴英殿が大内の当主になられるとか。これで惟宗と大内が義鎮殿を認めたことになりますな。ここで幕府が義鎮殿を認めれば義鑑派の国人や武将たちも義鎮殿に味方しましょう」
「そのことなのですが・・・」
ん?なんだろう。
「大内の陶殿が惟宗との和睦を斡旋してほしいと言ってきまして」
和睦?
「それが晴英殿が大内の当主になられる条件ですか」
「いえ、そう言ったわけではござらん。ただ博多の商人たちに大内領のものと取引を禁じたことでかなり困っているようでして。和睦はならなくてもせめてそれだけでもと」
へぇ、意外と効いているみたいだな。
筑前攻めの時についでに博多に代官を置くことにした。初めは商人たちが抵抗したが数発大筒をぶち込んだらあっさり認めてきた。基本的には商人たちの自治を認めるが惟宗からの指示があればそちらを優先する・というところで合意した。代官には少弐政興に命じた。これは朝鮮貿易が少弐氏と大内としかできないから形だけでも少弐との貿易ということにした方がいいと思ったからだ。最初の命令は矢銭の支払いだ。これは信長の真似だな。
「どうか和睦を受け入れていただけないでしょうか」
「それより以前話していた筑後の割譲はどうなりましたかな?」
大内との和睦は受け入れてもいい。攻め入る名目もないし放置して腐るのを待った方が楽だからな。だが筑後の一部の割譲は認めてもらわないと困るんだよな。
「それが和睦を受け入れる条件と考えてよいのでしょうか」
「えぇ、そう考えてもらって結構ですぞ」
「義鎮様は認めてもよいとのことでした」
意外だな。認めるとは思ったけどもう少しごねると思ったのだが。ま、ごねるようだったら先に攻め入っていたけどな。名目はそうだな、龍造寺一族を匿った事かな。
「では和睦の件、受け入れましょう」




