舅殿
―――――――――――1550年12月25日 塚崎城―――――――――――
「おぉ、よしよし」
「まぁ、父上。随分とご機嫌ですね」
「初孫だからの。それも男子。機嫌も良くなるわい」
そう言いながら舅殿がこの間生まれた俺の息子をあやす。それにしてもでれでれだな。あの名将戸次鑑連がこんな顔をするとは。史実では血のつながった孫には恵まれなかった。これが今後にどう影響するのだろうか。
「婿殿、この子の名は都都熊丸でしたな」
「はい。応永の外寇で朝鮮軍を撃退した宗貞盛公と同じ幼名です。貞盛公のように勇猛な将となってくれればよいのですが」
「将来が楽しみですな。なにせ婿殿は対馬一国から90万石以上の大大名にした名将。その子となれば皆も期待しよう」
これは大友の領地だった肥後を奪って大きくなったことに対しての嫌味だろうか。
「父上、そろそろ私が預かりましょう。都都熊丸も疲れているでしょうし」
「む、そうか。分かった」
そう言いながら残念そうに都都熊丸を政千代に渡す。受け取った政千代はそのまま部屋を出ていった。恐らく都都熊丸を寝かせに行ったのだろう。
「さて、婿殿」
政千代の行った方を見ていた舅殿がでれでれな表情を引き締めてこちらを向いた。
「婿殿は今の大友の動きをどう見ておられるかな」
「どうというのはどちらが有利かということですかな。それともどちらに道理があるかということですかな」
「どちらも聞きたい」
「そうですな。当分は義鑑殿有利の状況は動かないでしょう。なんといっても先の戦で勝ちましたからな。しかし犠牲者と戦果を考えるとほぼ引き分けです」
攻めてきた義鑑派と援軍に来た義鎮派に野戦で勝っただけだ。鶴崎城を落とせたわけではない。
「道理でいえば義鎮殿の方にあるでしょう。ですが道理があれば勝てるわけではありません。ま、お互いの腕の見せ所といったところでしょうか」
「なるほどの。婿殿はどちらが勝つと思っておられるかな」
「それは何とも言えませんな。しいて言えば舅殿を味方につけた方でしょうか」
「ははは。婿殿は御世辞がうまいの」
御世辞ではないんだけどな。義鎮に付けば一回戦に勝つことも簡単だろう。一度でも勝てば国人たちの中にも義鑑を見限り義鎮に味方しようとする者も出てくるだろう。そこから少しづつ戦力差を詰めていけばいい。義鑑についた場合は一気に勝負をつけることができるだろう。大友の混乱はそれで終了だ。それだとつまらんな。
「しかしいかに舅殿といえどこのまま中立という訳にはいかないでしょう。どちらに付かれるおつもりで?」
「さて、どうしたものでしょうかの。婿殿はどうされるつもりで?」
「どちらからも味方せよとは来ていないので何もしませんよ。言ってこられても困りますが」
「ほう、困りますか。それはこのまま大友が混乱していた方が良いと」
「いえいえ、そう言うわけではございませんよ。どうやら大内でも内乱があるようですのでそれにつけ込んで筑前を取ろうかと思っているのですよ。そのような時に援軍などと言われても」
たしか大内の内乱は9月に起きたはずだ。義隆が陶隆房に謀反を起こされる大寧寺の変だな。頼氏から義隆と隆房の不仲の報告を受けるまですっかり忘れていたよ。転生してから20年近くになるからな。ところどころ記憶が曖昧になっている。忘れないようにメモを取っておこうかな。他の人が見てもわからないように暗号にして書いたら問題ないだろう。何百年か経った後に見つかったら大騒ぎだろうな。それとも偽書と思われて何も研究されないだろうか。ま、死んだ後のことなんてどうでもいいか。
「筑前を落とした後であれば援軍に駆けつけることはできるでしょう。しかし今すぐとなると無理ですな」
「左様か」
そう頷くと舅殿が黙られた。どうしたのだろう。そもそも今日来たのも不思議といえば不思議だな。今は主家の大友家が内乱中なのだ。そのようなときに孫の顔を見に大友家の同盟者を訪れるだろうか?
「さて次は儂が質問に答える番ですな。実はすでに義鎮様に御味方しておりまする。今日ここに来たのも義鎮様の密使として参った」
「密使ですか」
「左様。こちらが義鎮様からの手紙にござる」
舅殿がそう言って懐から手紙を取り出す。
「拝見します」
おおかた味方してくれという内容だろうな。どれどれ。
「婿殿。その手紙に書いてあるように幕府から義鎮様を大友家当主に認めるとの書状が近日中に届くことになっている。儂もそれを理由に御味方することにした」
つまり義鎮は大友家を継ぐ大義を得たということだな。恐らく臼杵鑑続あたりが幕府との交渉にあたったのだろう。義鎮の嫁は幕臣の娘だ。交渉は難しくなかっただろう。
「そして義鎮様は婿殿が自分を支持すると言ってくれるだけでもいいから味方してほしいと言っておられる。ここはひとつ義鎮様を支持して頂けないだろうか」
かなり俺の悪口を言っていた義鎮がね。おおかたまわりの重臣たちが説得したんだろうな。
「先ほども申しましたがこれから筑前を攻めたいと思っています。援軍は期待しないでください」
「構わないでしょう。とりあえず義鎮様を支持すると言ってくだされば義鑑も後ろを気にしながら戦うことになります。筑後の国人たちの中にも寝返ろうとするものが出てくるかもしれない。それだけで十分です」
「そうですか。ではいくつか条件があります」
ただで味方してもらえると思うなよ。こちらとしても筑前攻めの時に義鑑が攻めてくる可能性を抱えなければならないのだ。
「その条件とは?」
「一つ、筑前は我らに任せてもらいます。二つ筑後国は切取り次第勝手にしていただきたい」
「それは・・・一つ目はともかく二つ目は厳しいでしょう。筑後国は大友の領地です。それを切取り次第勝手というのは」
「ま、今すぐ返事が欲しいという訳ではありません。筑前攻めが終わるころに返事がもらえれば十分です。このことを義鎮殿によろしくお伝えください」
どうせ義鎮は大友の内乱が終わったら俺と敵対しようとするだろう。それまでにできるだけ大友の力を削いでおかないとな。




