菊池挙兵
―――――――――1550年3月20日 古麓城 犬童頼安―――――――――
「殿、お呼びと伺いましたが・・・そちらの方は?」
珍しく殿から用があると聞いてきたのだが来客中だったか。部屋の中には殿と長智のほかにもう一人いた。しかし見たことのないものだな。殿が新しく召し抱えたものだろうか。相良家の家臣に戻ったところまでは良かったが殿や一部の家臣たちからは完全に敵視されている。そのことが後々悪影響を与えなければよいのだが・・・。
「この者は菊池義武様の家臣、田島重実殿だ。この間義武様が挙兵されたことは知っているな」
「はい、存じていますが・・・まさか」
「そのまさかだ。我らはこれより義武様と行動を共にする」
やはりか。このままでは相良は滅亡する。なんとしてでもやめるよう説得しなければ。
「御止めなされ。そのようなことをしても惟宗に滅ぼされるだけですぞ」
「何を言うか。相良と義武殿が組めば肥後の大半が勢力範囲となる。そして大友が混乱している今、阿蘇も同調するだろう。それだけ大きくなれば惟宗を追い出すことなど赤子の手を捻るより容易だわ」
「阿蘇が同調するはずがありません。あの家は娘が義鑑派の入田親誠に嫁いでいますので義鑑派になるでしょう。そして義鑑殿と義武殿は犬猿の仲。味方するはずがありません。重実殿、阿蘇は味方すると言ってきているのですか」
「今別の方が使者として行っていますので何とも言えませんな」
どうせ無理に決まっている。阿蘇には宗運殿がいるのだ。あの老臣がそのような迂闊な真似はしないだろう。
「殿、せめて阿蘇が加勢するのを確認してからでも遅くはありません」
「いや、今すぐに義武様に御味方して惟宗を肥後より追い出す。相良と義武様で南北より攻め入れば惟宗とて逃げ出すであろう」
「その義武殿が対惟宗戦に参加できるのはいつ頃になると御考えですか。おおかた北肥後にも義武殿に従わない国人がいるのでしょう。だから相良に加勢を求めてきた。違いますかな」
そう言って重実殿をにらみつけるが微笑を浮かべるだけで返事をしようとしない。儂のいないところで適当なことを言って殿を説得するつもりなのだろう。となればここでこの話を潰さねば。
「今義武殿に加勢しても惟宗の弾除けに使われるだけです。惟宗にとって相良は肥後南部を支配するうえでいた方が楽ぐらいの認識なのです。余計なことをすればいつでも潰すことができる用意はしています。何卒慎重な行動を」
「ええい、うるさい。これは決めたことだ。相良は義武様に御味方し惟宗を肥後から追い出す」
「殿!」
「長智、この者を捕らえて牢に放っておけ。惟宗に味方しようとする目付なぞいない方がよいわ」
「はっ、かしこまりました」
長智が一礼してこちらに近づく。しまった、あとから説得するから返事をしなかったのではなくすでに説得を終えていたから返事をしなかったのか。
「殿。何卒、何卒御再考を」
このままでは相良が・・・
―――――――――1550年3月1日 筒ヶ嶽城 小代実忠―――――――――
「お初にお目にかかりまする。小代実忠にございます」
「惟宗国康だ」
「本日は援軍をしてくださり恐悦至極に存じます。非才の身ではございますが今後は惟宗家のため勤めさせていただきまする」
「うむ、期待しているぞ。面を上げよ」
「はっ」
抑揚のない声に促され顔を上げる。眉間に皺が寄っているところ以外は特に特徴のない顔だな。この方が対馬から肥前を統一し肥後にまで手を伸ばす大名家の当主には見えないな。
「しかしよく援軍が来るまで耐えることができたな。正直なところまずここに上陸するために一戦しなければならないと思っていたわ」
「大友家が混乱してからいつ菊池が攻めてきてもおかしくないと考えていましたのでいつでも籠城できるよう備えていたのです」
そして予想通り菊池が挙兵し隈本城に入った後我らに味方するよう手紙が来た。もちろんすぐに断った。どうせ大した国人が味方しないと思ったからだ。しかし予想以上に味方する国人が多く、この城も大津山氏ら3000の兵の攻撃にさらされていた。
大慌てで義鑑さまと国康様に援軍を求めたが義鑑様には戦が近いからと断られた。今まで従ってきた義鑑様に見捨てられたことで城兵の士気は低下し家臣の中にも降伏しようと言い出すものまで出てきた。このままでは落城かと思っていたところに国康様に出していた使者が援軍を出すという知らせを持って戻ってきた。
降伏をと言っていた家臣たちも主張を一転させ徹底抗戦をと言い始めたのには笑ってしまったな。しかし宇土郡からここまで来るのに時間がかかる。それに相良も協力している可能性もあるからせいぜい2000も来ればよいと考えていたのだがまさか国康様自ら10000もの兵を率いてくるとは。
上陸した国康様の兵は10000もの兵を見て慌てた大津山氏らを徹底的に追撃し、現在は大津山氏の居城である大津山城を3000の兵が包囲している。あと数日もすれば落城するだろう。
「しかし相良はよろしかったのですか。あそこは菊池氏に同調しておりますぞ」
「あちらには3000の兵を差し向けているから問題ない。将も勝利と尚久が率いているから滅多なことはないだろう」
なんと、それほどの兵を動かすことができたのか。これでは菊池も終わりだな。
「ではこのまま軍議を行うとするか」
「「「「はっ」」」」




