鉄砲と帆船
――――――――――1534年5月―――――――――
さて、家臣達も俺についてくると言ってくれたが、4年後に壱岐に攻めることになった。勢いで言ったこととはいえ果たして可能なのだろうか。まぁ頑張るさ。さて、3年間は内政に専念できるわけだがやりたいことはいろいろある。清酒に椎茸に石鹸だな。綿糸は山ばかりだから難しいかもしれないけど他のものはできるだろう。しかし作れたとしても売れなければ意味がない。ということで商人と会うことにした。
「初めてお目にかかります。秦盛幸にございます」
今俺の前で頭を下げているのは対馬の貿易商の秦盛幸だ。朝鮮や九州だけでなくジャワやシャム(タイの旧名)で貿易活動をしているらしい。
「新しく当主となった熊太郎である。面をあげよ」
「ははっ」
盛幸が顔を上げる。ジャワやシャムに行っているだけあっていい感じに日焼けしている。
「さて、お主に来てもらったのは他でもない。その方は朝鮮や明以外の外つ国に船を出していると聞く。何か我が国にない強力な武器はないものか」
鉄砲と言え。鉄砲と言うのだ。
「そうですな・・・。てつほうや鉄砲などはいかがでしょうか」
きたー!鉄砲は東南アジアの方が先に伝来したらしいからもしかしたらと思ったけどやっぱりあったか。いかんいかん、俺は今初めて鉄砲を知ったことにしないといけないんだ。あくまで知らないふりだ。
「てつほうは聞いたことはあるが鉄砲とはなんだ?てつほうと名前が似ておるが」
「鉄砲とは火薬の爆発する力を利用して鉄の玉を勢いよく出し、その玉で敵を殺す武器です。てつほうは火薬を陶磁器に入れてそのまま投げつけるものなのであまり似たものとは言えません。陸の上では鉄砲の方が、海の上ではてつほうの方がよろしいかと」
「なるほど」
やっぱり鉄砲は欲しいな。
「その二つは今すぐ買えるか」
「てつほうはございませんが鉄砲は5挺ほど御座いまする」
「いくらだ」
「されば1挺につき1千貫文で」
1貫文を10万円とすると1億円か。
「高いな。800貫文でどうだ」
「それは無理ですな950貫文で」
「5挺全て買うならどうだ。誰も買わんから早く売りたいのではないか」
「なんと、5挺全てですか?それなら900貫文までまけれまする」
「よし、その値段で買おう。あと玉と火薬も買おう」
「ありがとう御座いまする」
よしっ、1000万円まけさせたぜ。そもそも史実では入ってきた当初は4000貫文ぐらいしたらしいからかなりお買い得だろう。
「兵部、あとで盛幸に渡しておいてくれ」
「しかし熊太郎様。そのようなわからないものに大金をかけるのは・・・」
なんと、そんなことを爺がいうなんて。まぁまだ鉄砲の価値が示されていないから仕方ないか。
「爺。これからは誰もやったことがないことをしていかないと生き残れないぞ。生き残るためには4000貫文や5000貫文は端金であろう」
ただ単に歴史を知っているだけだけどな。
「端金ですか。そのようなこと商人としては一度は言ってみたいものですな」
「鉄砲だけでは玉は出せないだろう。それにこれはこれからの戦の中心になるかもしれんぞ。その時には大金を手に入れることができよう」
鉄砲は金がかかる。使うたびに火縄や火薬・玉などを大量に使う。これで儲けることは意外と簡単なんじゃないかな。
「そういえば、盛幸は次にここに来るのはいつ頃になるのだ」
「そうですな、鉄砲が売れることが分かりましたのでシャムの方に行き、鉄砲を大量に買おうかと思っておりますので半年後になるかと」
「ふむ、そうか。その時に鉄砲を作れるものを連れてきてくれないか。奴隷でも良い」
「分かりました。おそらく普通の職人だときたがらないかもしれませんが奴隷ならなんとかなると思われます」
「そうか、では頼むぞ」
「ははっ」
この時代では奴隷なんて当たり前のように存在している。あの義の武将なんて言われた上杉謙信も敵の領地には奴隷をバンバンとっていたらしい。まぁあの武将は毘沙門天の生まれ変わりなんて自称している元祖中二病だからな。いろいろおかしいところはある。
「では私はこの辺りで失礼させていただきます」
「そうか。半年後を楽しみにしておくぞ」
「ははっ」
「爺は小田盛長と柚谷康広と山本康範と倉野茂通と仁位盛家を呼んでくれ」
「はっ」
「御屋形様、康広殿と康範殿が来られました」
一刻後、自分の部屋で手習いをしていると小姓が俺を呼びに来た。
「そうか、すぐ行く。盛長と茂通と盛家は?」
「今は村々を回って当主が変わられたことを伝えて回っておりますので戻られるのは明日以降かと。盛廉殿もその時にと」
「分かった」
手習いを中断し、そばに置いていた紙を持って評定の間に行くとすでに柚谷康広と山本康範が頭を下げている。
「面を上げよ」
「「はっ」」
俺が声をかけると二人は顔を上げた。康広は現代でいうところのエリート官僚みたいな感じだな。康範は髭が立派で海賊みたいな風体だ。
「さて、二人に来てもらったのはほかでもない。二人にはやってもらいたいことがあってな」
二人にとっては意外だったらしくお互いに顔を見合わせて代表して康広が質問してきた。
「してもらいたいことですか?我々はいったい何をすればいいのでしょうか」
「まずは康広だな。康広には朝鮮と明に行って歳遣船を増やすよう交渉してきてほしい。条件として倭寇の追討でも提案してきてくれ」
「しかしとても成功するとは思えません。最悪の場合は倭寇は追討しても船は増えない可能性もあります」
「それでもよい。これは表向きの目的だ。本当の目的は倭寇追討の要請を我らが受けたという形を作るということだ」
「それはどういうことですか?」
「壱岐は今、松浦党が支配しておる。そして松浦党は倭寇として稼いでいる。そこに倭寇追討の要請があれば壱岐に攻め入る大義名分になるだろう」
今が戦国時代とはいえ攻めるのには理由がいる。それを朝鮮や明に求めるということだ。
「なるほど、かしこまりました。ではこれから準備を整えてきますので失礼いたします」
「うむ、頼んだぞ」
「はっ」
康広は一礼してそそくさと出ていった。
「では、俺は何をすればいいでしょうか」
「まず、この図面を見てくれ」
「拝見いたします」
康範は一礼して図面を確認する。おおっ、かなり驚いた顔をしているぞ。
「く、熊太郎様。この図面はどこで・・・」
そこには安宅船と関船、そしてまだこの時代にはないガレオン船の図面が書かれている。安宅船と関船は鉄でおおわれている。つまり鉄甲船である。まぁ、本当の鉄甲船は安宅船の改造だけらしいのだが、俺の案はその一つ小さい関船のものもある。
「俺が考えた。俺が時々港に行っていたのは知っておろう。その時にふと思いついて書いてみた」
実際はそんなわけではなく2歳ぐらいのときに暇つぶしぐらいのつもりで書いたものだ。
「しかしこのような重厚なものにする必要はありましょうか。これまで通りの木で問題ないと思いますが。そしてこの奇妙な形をした船はどのようにして動くのですか。見た所艪のようなものはないようですが」
「それは風の力を利用して進む船だ。おそらく明にもないだろうな。鉄で覆う理由は敵との戦力の差を明白にするためと船が燃えないようにするためだ」
ガレオン船は16世紀半ばから使われるようになったらしいから世界初なんじゃないかな。
「弩や火薬を詰めたものを投げ込んで敵の船を沈めるつもりだ。これは他のものに任せる」
「敵の船は燃やして我らの船は燃えぬと言うことですな。では、我らにはこれを作れと」
「うむ、いくらかかってもよい。壱岐侵攻までにこれを完成させ、鍛錬しておけ」
「かしこまりましたっ」
「頼もしいな。さっそく行ってこい」
「はっ」
よしっ、これで戦争を吹っ掛ける大義名分と鉄甲船ゲットだぜ。
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