政千代
―――――――――1550年2月20日 三瀬城 神代勝良――――――――――
「はぁ」
また父上が溜息をつかれた。塚崎城から戻ってから何度も溜息をついているところを見ている。塚崎城で何かあったのだろうか。例えば何か失敗して兵法衆を解任されたとか?いや、あの父上が解任されるようなことをするはずがない。では不興を買うようなことを言って解任されてしまった?それも違うだろう。御屋形様はそのようなことで解任するような方ではないと聞いている。うーん、分からない。仕方ないから直接言居てみよう。
「父上、いかがなされましたか」
「ん?なんだ、居たのか。いや、御屋形様のお考えを聞いてな。少し考えていたのだ」
「御屋形様の?それはどのような」
「御屋形様は大友に代わって九州の旗頭となることを考えておられた。いや、九州の旗頭というより九州の統一だったな」
「き、九州統一ですか」
まさか、そんなことができるはずがない。あの大友も北九州の雄ではあったが北九州の統一すらできていなかった。まして南九州を支配下に置くなんて考えもしなかっただろう。
「しかもそれを考えたのは肥前統一後でなく当主になられる前からだ。譜代の方に後から聞いたのだが当主になられたときに御屋形様は九州全土を手中に収めると言われたそうだ。つまり御屋形様の頭の中には何年も前から九州を統一する方法があるということだろう。そして皆を説得された。大友の顔色を窺い続けるか、九州の覇者となるかと言われれば誰だって後者を選ぶ。儂には考えもしなかったことだ」
そう言って再び溜息をつかれた。しかし父上が考えもしなかったことを御屋形様はしようとしているのか。
「それは可能なのですか」
「分からん。御屋形様は可能だと思われているようだが大内次第といったところだろうな。大内がどれほど九州の領地に興味を示すかによるだろう。あと尼子をどれほど危険視するかだな。大内の当主である義隆は尼子との戦で嫡男を失った。敵討ちをしようとするのか、九州の領地を増やそうとするのか。どちらになってもおかしくはない」
父上にも分からないのか。しかし御屋形様はどこまで予想されていたのだろうか。
「勝良。お前は御屋形様の御側でお仕えせよ」
「えっ」
「これから状況が刻々と変わってくるだろう。昨日戦った敵と明日になったら手を取り合っていることもあるやかもしれん。神代家のかじ取りを誤らないためにもお前が御側にお仕えして状況を逐一こちらに伝えるのが最も良いだろう」
「しかし父上は兵法衆ではありませんか。十分御屋形様の近くでお仕えしていると思いますが」
「いや、これからあちらこちらで戦が起きるだろう。儂も御屋形様の元から離れて戦をせねばならん時もある可能性がある。そのようなときにお前には御屋形様の近くにいてほしいのだ」
「は、はぁ。分かりました」
―――――――――1550年2月21日 塚崎城 政千代―――――――――
「政千代、少し良いか」
「あら、いかがなさいました」
珍しいですわね。いつもなら私から話しかけることが多いのに。よほどのことがあったのかしら。例えば大友との手切れとか。
「いや、最近大友家が混乱しているのは知っているな」
「えぇ。最後に来た父上からの手紙でその話の事が書かれていたので多少の事なら」
「そうか、舅殿から手紙が来ていたのか」
「いけませんでした?」
「いや、かまわんよ。舅殿がどちらにつくかは確認しておきたいしな。舅殿ほどの重臣ならばどちらからも勧誘が絶えないだろう」
「そうですか。いまのところはどちらにも付くつもりはないようですよ。石宗殿と同じように当面は中立でいるそうです」
「そうか」
そう言って頷くとしばらく考え込まれまして。
男の方は大変ですね。手紙の返事ひとつでいろいろなことを考えないといけないのですから。
「御前様はどちらに御味方しようと御考えで?」
「どちらにも付けんよ。義鑑殿からも義鎮殿からも味方になってくれと手紙が来たわけではない。まぁ、義鑑殿は今のところ有利で俺に援軍を頼む理由はないし、義鎮殿も俺の事が嫌いらしいからな。そうそう味方になってくれとは言ってこないだろう」
「今のところ?」
それはいずれは義鎮殿が逆転すると考えられているのかしら?でも私は父上からの手紙を読んで状況では逆転は難しいように思っていたのですが。
「今のところだな。そろそろ菊池が挙兵するとの報告があった。それに筑後の国人が同調するようだ。義鑑殿を支持するものが減っている状況で肥後の菊池と筑前の大内を相手しながら義鑑殿に勝たねばならない。これはかなり大変だろう。義鎮殿も似たようなものだが肥後に面しておらず母親が大内の出であるからまだましだな。つまり時が経てば経つほど義鎮殿の有利ということだ。惟宗が動かなければだが」
「御前様が動かなければ?」
どういうことでしょうか?惟宗家が動くことで大友家の御家騒動に影響が出るということでしょうか?
「実はその話をしようと思ってな。我らは菊池が挙兵したら義鑑殿・義鎮殿より先に菊池を討伐する。おそらく相良氏も菊池に同調するだろうからついでに潰す。これで肥後は阿蘇氏領を除いて惟宗のものになる。それを義鑑殿や義鎮殿が認めるかどうか。それに惟宗は義鎮殿に付こうと考えている。そしてそれを理由に筑後を攻める。惟宗が味方すれば舅殿は義鎮殿に味方するだろう。そこまでいけば義鑑派から内通しようとする者が増える。義鎮殿が豊後を統一する可能性が高い、いや義鎮殿に統一させる。そこまでは良い。問題はそのあとだ。義鎮殿が俺を嫌っているのはさっき話したが筑後を攻め取ればさらに俺を嫌うだろう。大友と惟宗の関係は悪くなる一方だ。場合によっては敵対することも・・・」
「まぁ。それほど悪くなるのですか。では養父様に御味方なさればよいではないですか」
養父様は惟宗に対して悪感情を抱いているという話は聞いたことがありません。養父様ならば邪険に扱うこともないでしょう。
「それは難しいな。味方しても義鎮派とは領地が接していないから義鑑殿にとっても惟宗にとってもあまり意味がない。それに大友家の重臣はほとんどが義鎮殿に味方している。義鑑殿が勝ってしまったら混乱してしまう。それもそれでよいのだが領地が広がっていないのに大友を攻めるのは無理だ。大友家と敵対するならば最低でも筑後は欲しい」
大友と敵対?いったい何を考えられているのだろうか・・・。
「惟宗はこれから九州の覇者となるために戦をする。それで大友とも敵対するだろう。そのとき政千代はどうしようと思う?」
「どうとは?」
「離縁するか、大友家と縁を切るかだ」
なんだ、そんなことでしたか。では答えは決まっていますね。
「私は惟宗家に嫁いだからには惟宗家のものであると思っています。ですのでたとえ実家が惟宗家と敵対しても離縁するということはありません。父からも嫁ぐ前にそう言われましたので」
「そうか、分かった」
言葉は素っ気ないですがホッとしているようです。
「それにどうやら子を授かったようですし」
「えっ」




