二階崩れ前日
―――――――――1550年2月9日 大友館 入田親誠―――――――――
「御屋形様、斎藤長実様・小佐井鎮直様・津久見美作守様・田口鑑親様がいらっしゃいました」
「そうか、ここに通してくれ」
「はっ」
小姓が一礼して下がる。いよいよ塩市丸様を嫡男とする時が来たのか。ここで今日やってきた4人の重臣たちが認めれば義鎮様の廃嫡と塩市丸様を嫡男とすることは成功したも同然。反対されたとしても御屋形様が粛清して反対派を黙らせるだろう。ここまで来れば私のすることはないな。あとは御屋形様の仕事だ。
「斎藤長実、お呼びと伺い参りました」
「同じく小佐井鎮直、参上いたしました」
「同じく津久見美作守、参りました」
「田口鑑親、参りました」
「よく来てくれた。面をあげよ」
「「「「はっ」」」」
御屋形様に言われて4人が顔を上げる。しかし全員の顔に不審の色が見える。4人が集められることはそうそうない。何事かと思っているのだろう。
「今日集まってもらったのはほかでもない。乱暴で病弱な義鎮に代わって塩市丸を嫡男にすることにした。そのことで皆の意見を聞きたい」
意見を聞きたいと言ったが御屋形様の中でこれは決定事項だ。聡明な4人の事だからそのことはよく分かっただろう。さて、この4人は賛成するのか反対するのか。
「御屋形様。これは何の冗談ですか」
最初に口を開いたのは長実殿だった。
「冗談とはどういうことだ」
「義鎮様を廃嫡し塩市丸様を嫡男にするなど言語道断。そのようなことをすれば家中は乱れますぞ」
「それは儂が抑える。儂の目が黒いうちは反乱を起こさせるようなことはさせん。その間に塩市丸は元服をして家中を纏めることが出来るようになっているだろう」
「しかし必ずや義鎮様は納得されますまい。そして塩市丸様を嫡男にすることに反対の者たちが義鎮様を擁立しようとしますぞ。大友家は内乱になりましょう」
「左様。某も反対です」
長実殿に続いて鎮直殿も反対の意を表した。まぁ、ここまでは御屋形様の想定内であるはずだ。
「長子相続の秩序を乱せば御家騒動が起きるのは目に見えています。そこを周りの勢力が見逃すはずがありません。大内・伊東・惟宗など大友の弱体化を望むものは多くいます。そのようなものたちに囲まれているというのに内乱になりかねないようなことをするなぞ・・・考えられませぬな」
「それ故事前に相談しているのだ。おぬしらが賛成すればほかの者たちも賛成する。内乱にしたくなければ義鎮の廃嫡と塩市丸の擁立に賛成せよ」
いや、御屋形様。言っていることがむちゃくちゃです。
「親誠殿はこの件についていかがお考えか」
今まで黙っていた鑑親殿がこちらを見ながら聞いてきた。頼むから私を巻き込もうとしないでくれ。
「おぉ、そうだ。親誠殿はいかが考えられているのかな。ぜひ聞かせていただきたい」
あぁ、皆がこちらを期待したような目で見てくる。4人は反対することを、御屋形様は賛成して4人を説得することを望んでいるのだろう。いやな役目を引き受けてしまったものだ。
「某は御屋形様のご意見に賛成いたす」
「なっ」
「なにっ?」
「何を言われるか!」
「ふざけているのか」
4人がありえないと言うように声をあげ、御屋形様は満足そうに頷かれている。はぁ、もう後には引けないな。
「某は傅役を務めておりましたが、義鎮様は人の上に立つ器ではないと考えております。そのようなものが当主になっても大友家は緩やかに衰退してしまいます。それならば幼い塩市丸様に当主になっていただき、我ら重臣たちが御支えする方が大友家のためになると愚考した次第です」
「義鎮様が当主になられても我らが御支えしたら良いではないか。わざわざ廃嫡にして家中を混乱させる必要はなかろう」
長実殿の言っていることは確かに正論だな。私はこれに反論しなければならないのか。御屋形様、論破されそうになったら援護お願い致しますぞ。
「確かに義鎮様が当主になられた方が混乱はしないでしょう。しかしそのあとはどうでしょうか。人の上に立つ器でないものは下の者に無茶を言ったり、周りの大名や国人たちが大友を見限るようなことを言いだすかもしれません。そして当主にふさわしくないものに人はついてきません。国人たちの反乱、外敵の襲撃、あるいは家臣たちからも内通するものが出てくるかもしれません。そうなっては大友はおしまいです。それならば塩市丸様に当主になっていただき、幼いうちから人の上に立つ器を作るべきです。惟宗もそのようにして大きくなったではありませんか」
「ち、親誠殿」
ふぅ、一気に喋りすぎたな。詭弁だが説得力はあると思う。さてどうだろうか。
「まさか今回の件は親誠が考えた己が権勢を強めんがための奸計ではあるまいな」
は?今まで黙っていた美作守殿が急に変なことを言い始めたぞ。私が自分の権勢を強めるために塩市丸様擁立を言い始めたとでもいうのか。阿保らしい。権勢を強めたいのであれば塩市丸様より義鎮様に取り入っているわ。これでも義鎮様の傅役だぞ。
「そうだ。そうに違いない。御屋形様、このような奸臣の意見は無視しなされ」
ちょっと待て。長実殿まで何を言い出すのだ。塩市丸様を嫡男にと言い出したのは御屋形様であるぞ。なぜ私が言い出したことになっているのだ。
「では其の方らは反対ということでよいな」
「はい。塩市丸様が当主になるという案は論外です。今一度再考して頂きたく。それとそちらの奸臣を取り除いてくだされ」
「分かった、もうよい。下がれ」
「「「「はっ」」」」
4人が一礼して下がる。私はもう少ししてから下がるとしよう。いま下がってはあの4人と鉢合わせになってしまうかもしれないからな。
「親誠」
「はっ」
「その方は一度領地に戻り兵を整えよ」
「は?」
いきなりどうしたのだ。まさか兵を使って脅そうと御考えなのだろうか。
「明日、もう一度あの者らを呼び出す。その時に上意討ちにする。そしてその方があの者たちの領地を制圧せよ」
「は、はっ。かしこまりました」
もう上意討ちか。これは塩市丸様が当主になられても気が抜けないな。




