暗躍
―――――――――1549年10月1日 大友館 入田親誠―――――――――
「父上、失礼します。およびだと伺いましたが」
「おぉ、来たか」
おや?珍しいな。いつもの通り義鎮様は不機嫌そうに入って来たというのに今日の御屋形様は妙にご機嫌そうだ。まぁ、いつも通り不機嫌でも困るから良いことといえば良いことなのだが。義鎮様も訝しげに御屋形様の前に座る。さて、今日は如何したのだろう。
「それで御用件はなんですか。これでも忙しいのですが」
義鎮様、御屋形様が珍しくご機嫌なのですから少しは愛想よくしてくだされ。もう、御屋形様は義鎮様を廃嫡にすると決めているとはいえ態度がよければ死なずに済むかもしれませんぞ。・・・いや、それはないか。
「なに、用といっても大したことではないのだがな。最近は体調は良いのか?」
これまた珍しい。義鎮様の体調を心配したのは塩市丸君が生まれる前以来ではないだろうか。まさか廃嫡を取りやめ、義鎮様との関係の改善に乗り出した?だとしたら良いのだが・・・
「幸いに以前より動くこともできるようになったと皆からは言われる程度には落ち着いて来ました」
「そうか、そうかそれは良かった。しかし油断してはまた昔のようになってしまうぞ」
「分かっています。頼朝公の血を受け継ぐ大友の当主として恥ずかしくない武功を上げるには体が強くなくてはならないと考えておりますので」
「いや、武功を上げるのは家臣たちの務めだ。お前が当主になるのであれば常にどっしりと構えておれば良い。決して弱気になったところを見せるでないぞ」
本当にどうしたのだ?これでは大友の跡目を継ぐのは塩市丸様ではなく義鎮様になりますぞ。
「はい。分かりました」
義鎮様、せめてもう少し感情を込めて言えませんかね。完全に棒読みになっておりますぞ。
「これから寒さが厳しくなってくる。あまり無理をするでないぞ」
「分かっております」
「そこでだ。いますぐとは言わんが湯治に行ってみてはどうだ」
湯治?本当に今日は御屋形さまの考えが全くわからん。これが普通の家であればただ心配しているだけのように思うだろう。しかし、御屋形様はこのあいだ義鎮様を廃嫡すると言ったのだ。いまさら義鎮様にするとは言われませんよな。そんなことをされては、ついこのあいだ御屋形様の圧力に負けて協力すると言った私の立場がなくなってしまうではないですか。
「ありがたい提案ですが惟宗がどう動くか読めないのでここを動くわけにはいきません」
「お前は本当に惟宗が気に入らんようだな。いや、気に入らんのは婿殿の方かな」
あ、御屋形様の顔が引きつってきたな。義鎮様が未だに惟宗を敵と認識していることを怒鳴りたいが我慢されているようだ。義鎮様は・・・今にも怒鳴りそうだな。しかし御屋形様が怒鳴っていないからまだ耐えておられるのだろう。この我慢比べはどちらが勝つかな?
「気に入らないのではなく危険だと言っているのです。あれはいずれ大友家の災いとなるでしょう」
「心配性なことだ。だが国康は我らが斡旋した去年の和睦を受け入れたぞ。つまり大友を無視することはできないと考えているのだ。そして惟宗がこれ以上大きくなろうとするならば日向・薩摩・大隅に手を出すだろう。しかしそれは大内に背中を見せることにもなる。あの国康が常に背後を気にしながら戦おうとは思わないはずだ。必ず我らを頼ってくるぞ。その間は我らと敵対することはない。あとは惟宗が南を攻めている間に九州から大内を追い出す。そうすれば惟宗が三国を制圧しても我らの方が国力は上になる。惟宗が積極的に敵対しようとはしないだろう。つまりお前が心配するようなことにはならないということだ」
「その認識は甘いとしか言いようがありませぬ。大内と敵対している我らを惟宗が放置すると考えているのですか。惟宗は、国康は必ず我らの背後を襲ってきますよ」
「その時は大内と和睦をして対惟宗に専念すればよい。大内も尼子という敵を抱えている以上和睦を受け入れるはずだ」
うーむ。果たしてどちらの読みが当たっているだろうか。私としては惟宗が理由なく攻撃してくるとは思えないからどちらかといえば御屋形様の方に賛成だな。そうでなくても義鎮様のようにあからさまに敵意をむき出しにするのは良くないだろう。警戒は必要だが友好的に接しなければ敵対する必要のない敵を生み出すかもしれん。
「では、そろそろ失礼します。湯治は正月明けにでも行くことにします」
「そうか。何だったら室を連れて行ってもよいぞ」
御屋形様、義鎮様夫婦がうまくいっていないことはご存知でしょう。なぜわざわざ起こりそうな話題を出されるのですか。
「室を連れて行っては余計につかれそうなので置いていきますよ」
そう言って義鎮様は嫌そうな顔をしながら出ていかれた。私は一応部屋に残る。急に親子仲を改善しようとしている真意も確認しなければならないしな。
「御屋形様」
「親誠、ようやっと塩市丸を嫡男にすることができるぞ」
よかった。義鎮様の廃嫡をあきらめられたかと思ったがそういったわけではないようだ。しかしようやく嫡男にすることができる?どういうことだろう。
「義鎮が湯治に行っている間にほかの重臣たちに義鎮の廃嫡の件を諮る。義鎮がいなければ反対派もすぐには動けまい。戻ってくる前に反対派は粛正する」
「し、粛清するのですか。説得するのではなく」
そのようなことをしてほかの家臣たちは離れないだろうか?いや、御家騒動が起きれば反対派は基本的には死ぬのだ。問題ないだろう。
「粛清の方がよい。今の大友はちと重臣たちの力が大きすぎる。それでは儂が生きている間はともかく死んだ後に塩市丸が苦労するのは目に見えている。大友家当主の力を強くするにはよい機会だ」
あれ?これは私も粛清の可能性があるということか?塩市丸様が嫡男、当主になれば最も早い段階から擁立にかかわってきた私の力が大きくなるのは目に見えている。それを御屋形様、ほかの家臣がどう思うだろうか。これは面倒なことになりそうだ。
「いよいよか。元服の時は約束通り国康に烏帽子親をしてもらおう。引き受ければ塩市丸を嫡男として認めたと皆もわかるであろう」
「そうですな」
御屋形様は楽しそうだな。果たして私の将来はどうなるのだろうか・・・。




