肥後守
―――――――――――1548年10月30日 塚崎城―――――――――――
「御屋形様、柚谷康広殿がいらっしゃいました」
自室で作業をしていると康胤が入ってきた。やっと来たか。
「分かった。すぐに通してくれ」
「はっ」
康胤が一礼して下がる。康胤には元服後も近習として働いてもらっている。そろそろ新しい小姓を探さないとな。康胤は兵法衆の仕事もある。かなり忙しいはずだ。だけどなぁ、こいつらが優秀だったからなかなか代わりになるようなものが見つからないんだよ。はぁ、こういうところでも人手不足か。
「御屋形様。失礼いたします」
一礼して康広が入ってくる。なんだか会うたびに動作がきれいになってきたような気がするな。やっぱり朝廷や幕府の相手をしているとそういったところを気を付けないといけないんだろうな。
「よく来てくれたな。実はお前に頼みたいことがあってな。それより康繁はどうだ、使えそうか」
「はい。まだ若いので相手になめられてしまうかもしれませんがなかなか肝が据わっていて将来が楽しみです。先の戦でも笹尾城・大野城の降伏交渉は康繁が行ったとか。あとは経験を積むだけでしょう」
「そうか。それは楽しみだな」
早く成長して惟宗の一翼を担う人材になってくれないかなぁ。惟宗が大きくなればなるほど人手不足が深刻な問題になるんだよ。
「それで今日はどういった御用で」
「そうだった、そうだった。ちょっと京のほうまで行ってもらいたくてな」
「献金ですか」
「いや、官位が欲しい。従五位下肥後守だ」
「えっ」
まぁ、驚くわな。この間まで官位はいいと言っていたんだ。それが急に官位が欲しいなんて言い出したら誰だって驚くはずだ。
「理由をうかがってもよろしいでしょうか」
「先の戦だ。あれで大友の介入がなければ相良を潰すことができた。だが大友が介入してきたせいでそれができなかった」
正直なところあの和睦が纏まるとは思わなかった。それにあんなことを大友が言い出すとも思わなかったな。あとから調べたところあの話は義鎮が言い出したことらしい。おそらく俺の力が大きくなることを嫌がったのだろう。それにほかの家臣たちも同調したことで初めは静観するつもりだった義鑑も仕方なく親誠を使者に出した。そして親誠には纏めなくてもよいと言っていたらしい。しかしそのあとに義鎮に必ず纏めろと言われてこっちに来た。だからあんな表情をしていたのだろうな。
「そして大友が介入できたのは肥後守護であったからだ。それに対抗するには肥後守しかないだろう」
肥後守でさえあれば大友が肥後守護を盾に戦を終わらせようとしても断ることができる。そのせいで大友と仲が悪くなる可能性もあるが二階崩れがあるはずだ。多聞衆を使っていろんな噂を流そう。歴史が変わったせいで二階崩れが起きないなんてことにはならないようにしないと。
「かしこまりました。それでは明日から京の方に向かいます」
「頼んだぞ」
あとは相良を暴発させるだけか。二階崩れで義鑑と塩市丸が生き延びたら内乱は長期化するはずだ。そこに菊池義武が反乱を起こす。これは史実でもあったことだから可能性はかなり高いだろう。それを俺が制圧しよう。そして相良もその反乱に同調したとして征伐する。これでいいだろう。
―――――――――――1549年1月10日 塚崎城―――――――――――
「失礼いたします」
頼氏が音をたてずに入ってきた。おや?もう一人いるな。小頭の一人だろうか、珍しい。
「よく来てくれた。そのものは?」
「倅の頼久にございます。もう歳も歳ですのでそろそろ倅に仕事を代わってもらおうと思いまして。まぁ少しずつになるでしょうが」
「頼久にございます。以後お見知りおきを」
頼久が一礼する。そうか、もう代替わりするような歳なのか。というか何歳だっけ?
「よろしくな。そう言えば頼氏はいま何歳だったかな?」
「今年でちょうど40です。まだ隠居までには時間がありますが何があるか分かりませんのでいろいろ学ばせておこうかと」
「そうか。では今日は頼久から報告を聞こうかな。まずは相良の様子はどうだ」
「はっ。相良ですが頼金・頼興が亡くなったことで混乱していましたが頼安が中心となって次第に混乱は鎮まりつつあります。しかしそのことを面白く思っていないものがいるようです。特に当主の晴広は自分が傀儡とされるのではないかと考えているようで頼安に隠れて義武と連絡を取っているようです」
「ふん。正月も仮病使って頼安をよこしただけでなく義武と連絡を取り始めたか。それだけでも十分潰す理由になるのだがな。それで義武は今どこにいる」
「鹿子木氏に匿われています。そこから旧菊池家臣に手紙をばらまいていますがあまり返事は芳しくないようです」
だろうな。今更大友に逆らおうとは思わないだろう。動くとしたら大友が割れた時ぐらいだろう。だがそれでも半分が動くかどうか。
「下手に手を出しても逆効果になるかもしれん相良はそのままでよい。島津・伊東はどうだ」
「島津は肝付攻めに集中したいようです。このまま攻勢を強めれば年内にも降伏するでしょう。その後は伊東氏と飫肥で争いつつ大隅平定に力を入れるのではないかと」
「つまりこちらには手を出してこないということか」
「はい。島津も伊東もそちらで忙しいので無理でしょう」
たしか祁答院らが島津と敵対するのはそろそろじゃなかったかな?ならば当分は島津もこっちにかまっている暇はないな。
「島津・伊東はそのまま監視を続けてくれ。大友はどうだ」
「それは私の方から。義鑑が義鎮を廃嫡して塩市丸に家督を継がせることを決めたようです。いまのところ賛同しているのは入田親誠ぐらいですが少しずつ増やしていこうと思っているのかと思われます」
「賛同するものはどれほどになるか分かるか」
「何とも言えませぬ。義鎮の母親は大内の出です。大友家に大内の血が入るのを嫌うものもいるかもしれませぬがわざわざ廃嫡にすることもないと考える者もいるでしょう。その時の情勢によるかと思われます」
そうだよな。史実では重臣たちは義鎮を支持したがこの歴史では俺が義鎮の悪い噂を豊後国中に流しまくったから一部を除いて重臣たちはどっちつかずだ。これからどうなることやら。
「豊後国にはこれまで通り噂を流し続けてくれ。それと筑後国・筑前国・豊前国に新しい噂を流してほしい。義鎮は大身の国人の存在を認めようとしない、義鎮が当主になれば潰されるだろうとな。それと義鑑が塩市丸を当主にしようとしていると」
これで二階崩れが起きれば独立しようとするか塩市丸に味方しようとするだろう。どちらにせよ混乱するのは目に見えている。
「・・・大友で内乱が起きたとき御屋形様はどちらに味方するおつもりでしょうか」
「控えよ頼久」
「構わん。それを疑問に思うのは当然だ」
「・・・はっ」
「俺は義鎮に味方しようと思っている。もちろんその時の情勢によって変わる可能性もあるが基本的には義鎮派だ」
「ならばなぜ義鎮が不利になるような状況を作っておられるのでしょうか。それが某には不思議でなりませぬ」
「決まっておろう。有利なほうに味方したところで大して恩を売ることはできん。しかし不利なほうに味方すれば大きな恩を売ることができる」
「なるほど」
「それに不利ということは敵が多いということ。つまり俺が奪い取る領土も多いということだ」




