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横槍

―――――――――1548年9月4日 大野城周辺 松浦康興―――――――――

「康興殿、康興殿」

自分の陣で安昌と話しながら休んでいると盛円殿が陣に入ってきた。いったい何事だろう。慌てた様子はないから問題ごとではないだろうが。

「盛円殿ではないですか。いかがされましたか」

「実はな本隊の方に人を入れていてな。そのものが言うには相良は今日の夜に夜襲を仕掛けてくるらしい。そして御屋形様はそれを利用して一気に宮原城まで落とすおつもりらしい」

「左様ですか。さすが御屋形様ですな」

しかしそれがいかがしたのだろう?


「それでな。それに乗じて我らもこの城を攻略してみないか」

「えっ。御屋形様は備えだけでよいと言っていたではないですか」

「しかしそれでは我らは武功を上げることができないではないか。それよりはこの城を落とした方が御屋形様に覚えていただける。康興殿も初陣で城を落としたらその武勇は九州中に広まるぞ」

うーん、どうしたものか。

「なにか策はあるのですか」

「策ならある。と言っても夜襲を仕掛けるぐらいだがな。今夜ならば敵も城を囲む兵が減ったことで油断しているはずだ。十分に勝機はあると思うのだがどうだろう」

「康繁殿は何と」

「敵にある程度の損害を与えるぐらいであれば良いのではないかと言っていた。そちらの方が降伏交渉の時に楽に事が運ぶらしい」

さすが外交衆の康広殿のもので働いているだけあるな。同じ戦でも考えていることが違う。俺も兵站衆とかに移動させてもらえないかな。


「それでどうだ。夜襲を仕掛けるのに賛成か」

「お二人が賛成しているのであれば良いのではないでしょうか」

「おぉ、左様か左様か。ではさっそく準備の方をしておいてくれ。亥の刻の頃に夜襲を仕掛けるつもりだからその前に一度軍議を行おう。1刻半後に私の陣に集合してくれ。あぁ、あとそんなに硬い感じで話さなくてもいいぞ。年もそんなに離れていないし所領もそんなに変わらないしな」

「分かった。では1刻半後に」

「よろしく頼んだぞ」

そう言って盛円殿はさっさと自分の陣に戻っていった。しかしなかなか出世欲のある人だったな。それとも御屋形様のために働きたいというだけなのだろうか。後者であれば良いのだがな。


「安昌、先程の話いかが思う」

「良い話なのではございませんか。皆も手柄を立てる場所を得られたので喜ぶでしょうし、御屋形様も自分が偏諱を与えたものが活躍することはうれしいはずです。それに今夜夜襲を仕掛けるという策も問題ないでしょう。しいて言えば万が一御屋形様が敗走されたときに我らが挟撃される可能性があります。ですが御屋形様にもなにか策があるようでしたので問題ないでしょう」

「そうか。ではしっかり手柄を立てて御屋形様に褒美をもらうとするか」

そう言って近くにあった水を飲み干す。ふぅ、少しは緊張が取れてきたかな。これなら大丈夫だろう。

「左様ですな。ところで先程の水は生水でしたが大丈夫なのですか」

「えっ」

大丈夫だろうか。


―――――――――――1548年9月15日 八峰山―――――――――――

「なに。笹尾城・大野城が落ちただと。それは真か、盛廉」

「はっ。弟の盛円から手紙が来たので間違いないかと」

おかしいな。備えをしておけとは言っていたけど城を落とせとは言っていなかったはずだ。城兵が城から出てきたのだろうか。


「どういった経緯で落としたのだ」

「その手紙によれば盛円が夜襲を提案したところ残りの二人が賛成してその日のうちに夜襲を仕掛けたとか。その日には落ちなかったのですが次の日に康繁殿が使者として降伏交渉にあたり城将はそれを受け入れたと。その後笹尾城の兵と合流して囲ったところ降伏すると言ってきたそうです。そしてそれを受け入れ笹尾城に入城したようです。その後の指示を仰ぎたいと言ってきておりますがいかがしますか」

おいおい。俺はそんなこと頼んでいないだろう。俺の指示を破って手柄をたてようとしたのか?冗談じゃない、俺の指示を破った時点でその手柄は無効だ。戦前の関東軍みたいに手柄を上げれば軍規違反しても出世できるような軍隊はいらないぞ。俺が必要なのは俺の指示をしっかりと守ったうえで臨機応変に行動できる軍隊だ。水軍を見習え。あいつらは島津の水軍を追い払った後はちゃんと指示を聞くために使者を出してきたぞ。


さて、どうしたものか。康繁と康興は初陣だから多少は甘く見ていいとしても盛円は壱岐攻めからずっと一隊を率いて戦ってきたのだ。軍規を守ることの必要性ぐらいはわかっているはず。

「つまり盛円は俺の指示を破ったということでいいのだな」

「そういうことになります。しかし盛円は城を落とすという手柄をたてました。それに免じて厳罰だけはどうか」

盛廉がそう言って頭を下げる。年の離れた弟が心配なのだろう。


「盛廉、すまんが盛円のところに行って俺の代わりに叱っておいてくれ。処罰については戦が終わってから決める」

「はっ。かしこまりました」

盛廉がまた一礼して下がる。処罰はだいたい蟄居2・3年ぐらいでいいだろう。ん?この時代に蟄居という処罰はあったのだろうか。ま、どっちでもいいか。あれ、また盛廉が戻ってきたぞ。

「御屋形様、大友殿より使者が参りました」

「なに?分かった皆を集めてくれ。会おう」

今度は何だろうか。余計なことだけはしないでくれよ。


「お初にお目にかかります。大友義鑑が家臣、入田親誠にござる」

「惟宗国康だ。面をあげられよ」

「はっ」

親誠が顔を上げる。かなり苦労しているような顔だな。おおかた義鑑と義鎮の間に立たされてストレスが溜まっているのだろう。

「しかし珍しいことで。こういった事は鑑続殿の仕事かと思っていましたが」

「まぁ、こちらにもいろいろと」

親誠が苦虫をかんだような表情をしながら答える。たぶんいろいろというのは義鎮絡みだな。


「それより今日はいかなるご用件で来られてたのかな」

「相良とのことにござる。いかがであろうこの辺りで和睦をされてはいかがかな」

「和睦?何を言われるか。我らはあと少しで勝てるのですぞ。それをなぜ和睦をせねばならないのだ」

相良の居城である古麓城は目と鼻の先だし球磨郡は今頃晴広の兄弟が反旗を翻して混乱しているところのはずだ。あいつらは今後は俺の下につくと言っている。つまり後は古麓城を落とすだけなのだ。それなのになぜ和睦なんかを。


「分かっています。しかし肥後守護は我が主大友義鑑様です。肥後の事はたとえ国康殿でもこちらに従っていただきたい」

「ふざけるなっ」

成幸がいきり立って声を上げる。そりゃそうだよな。

「成幸、少しは落ち着け。それで和睦をするとして向こうはそれを受け入れると考えているのかな。父親や主要家臣を討ち取られて自分の後ろ盾を失った。それなのに和睦を受け入れると思っているのかな」

たぶん受け入れないと思うんだよな。晴広の兄弟は俺の配下になるから征伐はできない。しかしそのままでは家臣たちになめられてしまう可能性がある。


「それは某が責任をもって説得いたす」

「ならばこちらの条件が受け入れられるのであれば和睦をしよう。一つ晴広は上村頼孝・頼堅・稲留長藏に対して独立を認めること。一つ今後一切敵対しないこと。一つ正月になったら塚崎城に挨拶に来ること。一つ犬童頼安を目付として家臣に加えること」

「それは・・・分かりました。交渉しましょう」

「頼んだぞ」

どうせ受け入れないと思うけどな。

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