初陣
―――――――――――1548年8月20日 塚崎城―――――――――――
あと3時間ほどで出陣になる。その前に出陣式がある。今までは壱岐攻めの時ぐらいしか出陣式をしていなかった。理由は出陣式なんてしていたら敵に知られて迎え撃つ準備をされたら戦が長引くと思い、俺がしないと言っていたからだ。だが今回は野戦で決着を付けようと思っている。そのためには援軍に来てもらわないといけない。だからある程度は惟宗の動きが敵に伝わるようにしている。もちろん伝わるのは八代郡をある程度制圧してからになるだろうが。しかし具足に着替えるのは面倒だな。小姓たちがつけてくれるのだが何回も着替えているけどなかなか慣れないな。
「失礼しますよ」
具足に着替え終えて小姓たちが下がると母上が入ってきた。珍しいな、どうしたんだろう?
「母上ではないですか。いかがしましたか」
「熊次郎の事で少し話が」
熊次郎?あぁ、熊次郎付きの小姓がいなくなったから代わりのものはいるか聞きに来たのかな。
「あの子の元服はまだなのでしょうか?」
「元服ですか?」
あいつはまだ11歳だし初陣も済ませていないからまだ早いと思うが。
「あの子は自分の周りのものが次々と初陣と元服を終わらせていて少し焦っているようです。この間も私に元服をしたいと言ってきました。何とかならないでしょうか」
「しかし母上。熊次郎にはまだ両方とも早いのではないでしょうか?熊次郎付きの小姓たちを元服させたのは人手が足りないからですがそれを理由に熊次郎を元服させるのはどうかと。烏帽子親もしかるべき人に任せたいと思っていますし。親族衆が熊次郎しかいないので初陣もまだあとでよいと思っていますが」
「しかしあの子はそのように思っていないようです。自分は役立たずだから初陣も元服もさせてくれないのではないかと考えているようで。自分は惟宗を守るにはふさわしくない将だからそなたに元服も初陣も許してもらえないのではないかと。傅役の盛長たちもいろいろとなだめようとしていましたがなかなかうまくいかないようです」
そんなことがあったのか。今度盛長たちに確認しておかないと。
「分かりました。戦が終わった後に私から言い聞かせておきましょう。初陣も考えないといけませんね」
出来れば全く危険のないところがいいな。万が一俺が討死してしまったときに嫡子がいなかったら熊次郎が継がないといけない。ある程度は経験を積まないといけないけど死んだらだめ。うーん、難しいな。これで子供ができてきたらいいけどこればかりは授かりものだからなぁ。政千代はこっちに嫁いできてから大分体調は良くなってきたがまだ不安定だから無理はできない。
「くれぐれもお願いしますよ」
そう言って母上が部屋から出ていった。はぁ、面倒ごとばかりだな。
―――――――――1548年9月3日 古麓城 相良晴広―――――――――
「ついに来たか・・・」
八代郡の配下からの手紙を見て思わずため息をついてしまいそうになった。
「殿、その手紙にはなんと」
「ついに惟宗が八代郡に攻め入ったらしい。数は約8000だそうだ」
「は、8000もですか」
頼金が驚いたようにつぶやく。皆も同じようなことを思っただろう。ただでさえ我らは多くても3000人を動かせるかどうか。それなのに今は農繁期なのだ。どうしても動員できる兵の数は減ってくる。
「殿、すぐに援軍を出しましょう」
父上が前のめりで援軍を出すよう進言してきた。
「何を言われるか、頼興殿。8000もの兵を動員している惟宗に勝てるわけがなかろう八代郡の者たちには悪いが八代郡は捨てて葦北郡と球磨郡で出来るだけ粘り誰かに和睦の斡旋を依頼しましょう」
頼金は援軍を出すことに反対らしい。確かに兵力の差は倍以上になる。簡単には勝てないだろうな。
「だがそのようなことをして誰も和睦を斡旋してくれなかったらどうするつもりだ。それに誰かがしてくれたとしてもそれを惟宗が受けるとは限らないぞ」
「惟宗が必ず受けてくれるところに依頼すればいい。例えば幕府や朝廷はどうだろうか。惟宗は幕府にも朝廷にも忠義を尽くしていると聞く。幕府や朝廷からの命令では必ず受けるはずだ」
確かに受ける可能性は高いな。だが・・・
「だが幕府も朝廷もここから遠い。使者を出して戻ってくるころにはこの城は落ちている可能性がある。それでは意味がないではないか」
そう、それだ。それに朝廷や幕府が受けない可能性もある。むしろそっちの可能性が高い。惟宗は朝廷や幕府に長年にわたって多額の献金を行っている。そんな中多少の献金を持って行っただけでは要求を断られて終わりなのは目に見えているな。
「では大友殿に依頼するのはどうだろう。いまの肥後守は大友屋形です。つまり大友屋形は肥後で起きたことの調停に入る権限があるのです。惟宗も和睦の交渉にはつくでしょう」
大友屋形か。ありかもしれないな。幸いにも義武殿は危険だからということで相良領から出ていかれた。大友屋形に依頼するのに障害があるわけではない。
「だとしても大友屋形がこの話を受ける理由がない。惟宗は大友屋形と同盟を結んでいるのだぞ。むしろ大友屋形と一緒に攻めてきたとしても驚かんわ。それに和睦をするにしても野戦である程度の損害を惟宗に与えてからでないとどんな条件を言われるかわかったものではないわ」
「頼金・頼興。そこまでにしておけ。ほかのものは何か意見がある者はいるか」
周りを見渡すが誰も発言をしようとしない。さて、どうしたものか。
「某は父上の意見に賛成します」
む、あれは頼孝ではないか。自分から意見を言うとは珍しい。
「われらには地の利があります。それをもってすれば野戦で敵に多大な損害を与えることは可能です」
「私も父上と兄上の意見に賛成します」
頼孝だけでなく頼堅も賛成か。では決まりだな。
「ではこれより八代郡へ援軍に向かう。出陣だっ!!」
「「「おおおっ」」」




