元服
―――――――――1548年8月20日 上津浦城 松浦康興――――――――
あぁ、緊張してきた。
「康興様、いかがしましたか?」
安昌が心配そうにこちらを見てくる。いかんな、家臣に心配されるような当主では皆がついてこない。
「なんでもない。少し緊張しているだけだ」
「左様ですか。しかし殿は初陣ですので危険な役目は課せられないでしょう。ご安心くだされ」
「だといいのだが・・・」
畏れ多くも御屋形様から偏諱を賜ったのだ。それなりの期待はされているのだろう。しかし俺は一緒に元服した2人に比べると才気が劣るのは間違いない。あの2人とは元服式の前に少し話をしたがそれだけでわかるほどの差があった。
「殿、そのような後ろ向きなことばかり考えていたらその通りになってしまいますぞ。もう少し前向きに考えましょう。危険な役目ではなかったら御屋形様はまだ殿を失いたくないということです。もし危険な役目でも殿に手柄を立ててほしいと考えていると思えば良いのです」
「そうだな。役目を受けたあとならばまだしも、まだ何をするか聞いていないのに活躍できるかなんて悩むのは無駄だな」
「左様ですぞ。いま殿がするべきことは軍議に遅れないよう早く評定の間に移動することです」
「はははっ。それもそうだな。ところであとどれくらいで軍議が始まるかわかるか?」
「もう既に始まっていてもおかしくないですね」
「えっ・・・」
そ、それはつまり遅参してしまったということか!?初陣で遅参なんて聞いたことないぞ。いや、流石に遅参にはならないか。せいぜい他の将に「偏諱を賜っていい気になったんじゃねーよ」ぐらいに思われるだけか。うん、ならば大丈夫・・・じゃない!!
「急いで参るぞ。遅れてはいかん」
「あっ。殿、お待ちくだされ」
後ろから安昌の声が聞こえたが気にしてられるかっ。
あっ。評定の間が見えてきた。間に合っただろうか?
大慌てで評定の間に転がり込むように入ると
「だ、誰もいないではないか・・・」
まさかもう出陣してしまったのか。初陣に遅れるような奴は置いていけということか。
「と、殿。急に走り出さないでくだされ」
「安昌、誰もいないぞ。我らは置いていかれたのか」
「違いますよ。まだ軍議が始まるまで1刻ほどあるからですよ」
「ん?先程は既に軍議が始まっていてもおかしくないと言っていたではないか」
「あれは緊張をほぐすための冗談ですよ」
なんだ。そうだったのか。
「とりあえず一発殴らせろ」
―――――――――――――同日 塚崎城内自室――――――――――――――
「御屋形様、皆が揃いました」
「わかった、すぐに行く」
「はっ」
彦法師が一礼してさがる。いや、もう元服したから彦法師ではないか。
6月に彦法師・辰王丸・源三郎の元服式をした。もちろん俺が烏帽子親となってだ。自分の元服式とは違う緊張感があったが意外と楽しかったな。
彦法師は国康の康と千葉氏の通字である胤を合わせて千葉孫四郎康胤と名乗ることになった。いまのところ仕事は今までと変わらない予定だ。今回の歴史では今のところ鍋島に戻る予定はない。おそらくこのまま千葉姓で一生を終えるだろう。幸いにも康胤には兄も弟もいる。そいつらの誰かが鍋島を継げば問題ないはずだ。
辰王丸は国康の康と武勇の優れた曽祖父の武田元繁の繁を合わせて武田康繁と名乗ることになった。初めは何か別の姓にしようかと思ったが、別にそのままでもいいかと思い直し武田姓のままにした。康繁は安芸武田氏の生き残りでもある。武田姓だとどこかでそれが役にたつかもしれないしな。こいつは外交衆に命じることにした。史実通りに外交官として働いてほしいから康広のもとでしっかり学んでほしいな。
源三郎は国康の康と父親である興信の興を合わせて松浦康興と名乗ることになった。康興はもう今年で20歳になるがまだ初陣を済ませていない。今回の相良攻めが初陣となる。安昌もいるし問題ないだろうができるだけ討死する可能性の低いところに配置しないとな。
しかし、烏帽子親というのは結構大変だな。俺の時は義鑑に偏諱を貰いたくなかったから自分でこれから名乗る名前を決めた。だから義鑑は名前で悩まなかっただろうな。だけど俺はひとりで3人分も考えないといけない。しかも康を使っての名前だ。特に康繁がなかなか思いつかなかった。というか今でも悩んでいる。外交官なのに武勇の優れた曽祖父の一字を使うってどうなんだろう?
元服といえばそろそろ塩市丸が元服してもおかしくない年齢になったはずだな。俺が烏帽子親になる話はまだ生きているのだろうか?
義鑑としては塩市丸擁立派が1人でも欲しいと思っているはずだ。ここで俺が烏帽子親にと言いだせば味方を増やすためにも乗ってくるはずだ。なにせ昔とは違って惟宗は相良を倒せば石高は60万石ほどになる。大友を除けば九州最大の大名だ。それが味方になれば家督争いで大きく優位に立つことができる。
だが、もし俺抜きで家督争いに勝つ自信があるなら話は別だな。ここで力を借りればあとあと俺に遠慮しないといけなくなる。せっかく当主になったのに自由にできないのは嫌だろう。だから何もしてくれるなぐらいは言ってくるかもしれないな。まぁ、その場合はもう一方に加担して事態を長引かせるだけだけど。




