監視
―――――――――1548年1月10日 古麓城 相良晴広―――――――――
「殿、犬童頼安が惟宗に仕官したようです」
皆が下がった後に父上が忍びからの報告を伝えに来た。
「そうか、殺せなかったか。引き続き監視を続けてくれ」
これで惟宗が我らを攻める理由ができたということか。やっかいなことよ。すぐにいつでも戦ができるよう準備しておかねばならんな。
「殿、そのことなのですが。惟宗は忍びの事に気付いているようです。今回の報告も頼安が仕官してからかなり時間が経ってからのものでしたし、それ以降その者たちからの報告もありません。おそらく惟宗の忍びである多聞衆に殺されたのでしょう」
「ではこれ以上の監視は不可能ということか」
「はい」
まずいな。去年の豊福城のように急に襲われて気付いた時には落城しているなんてこともあるかもしれん。そのようなことがまたあっては家中の士気にかかわる。
「・・・惟宗に降伏するという手はないか」
「晴広!?いや、殿。何を言われますか」
「仮定の話だ。しかし御家を存続させるにはそれが最も良いのではないか。豊福城を奪われて家臣たちの士気は落ちている。そのような状況で戦っても寝返るものが出てくるはずだ」
「そのような疑心暗鬼が裏切りを招くのです。家臣たちをご信用なさってください」
「しかしなぁ・・・。いま惟宗の配下となれば葦北・八代・球磨の三郡は安堵されるはずだ。しかし敵対しては一郡も安堵は認められないだろう。そのようなことになっては養父殿やご先祖に対して顔向けができない。頼興は必ず勝てると思っているのか」
「もちろんです。まずは石高ですが確かに惟宗の方が高いですが防衛だけを考えれば十分に可能な差です。また惟宗には大内という大きな敵がいます。それに対しての備えをせずに我らを攻めるとは思えません。つまり惟宗は全軍をこちらに向けることができないということです。それと地の利を合わせれば十分に勝機はあります」
「しかし長期間攻め続けられてはいずれ先に力尽きるのは我らだ。そのころには領内は荒れ果て民は飢えに苦しんでいるだろう。私はそのようなことにしたくない」
惟宗は領民に新たな農産物を作らせたり道を整備したりなど善政をしいていると聞く。だがそれを敵対した領民にするだろうか。もししなかったらここの民たちは飢えに苦しみ故郷を捨てるだろう。そしてこの地は落ちぶれることだろう。
「そのような弱気にならないでくだされ。我らには島津殿もいます。島津とて相良が負ければ次は我が身と分かっているはずです。幸い島津の内乱はかなり落ち着いてきたと聞いています。こちらに援軍を送る余裕はあるはずです」
「・・・必ず島津殿は来てくれるのだろうか。我らが名和を盾にしようとしたように我らを惟宗への盾にするつもりなのではないか」
「名和は我らと敵対していましたが島津殿とは敵対していません。むしろ友好的と言ってもよいくらいです。そのような家を見捨てては薩摩や大隅の国人たちの信用を一気に無くしてしまう恐れがあります。内乱が収まりそうないま、信用を無くすような真似はしないはずです」
「だといいのだが・・・。念のため使者を送っておこう」
――――――――――――1548年2月1日 塚崎城――――――――――――
「相良が島津に使者を送った?間違いないのか、頼氏」
「はい、間違いないかと。どういう理由で使者を送ったかは分かりませんがおそらくは我らのことではないかと。相良としては1人でも味方が欲しいでしょうし、島津としても内乱が起きている時に外から敵が来るのは避けたいはず」
なんか意外だな。史実では相良は阿蘇とともに対島津の最前線で戦っていたイメージがあるのに。この頃はまだ敵対していないのだろうか?可能性はあるな。相良も島津も内乱が多い。近くの大きな勢力が内乱に付け込まれる可能性がある。そのことを警戒しながら内乱を片付けていると時間がかかる。それならば仲良くしていた方がお互いに利益があるということか。
「それで島津の動きはどうなった?」
「坊津水軍がなにかの準備をしています。おそらく我らが相良を攻める時に海上から退路をふさぐふりをするのではないかと」
「わかった、念のため相良攻めの時は宇久も動員しよう。そのほかに何か報告はあるか」
「大友のことで御報告があります。どうやら大友も菊池義武が相良領にいることを掴んでいるようです」
さすが九州最大の大名だな。反乱分子の所在ぐらいはしっかり把握している。だがそっちの方がいい。
「では、我等の肥後侵攻はそれほど悪く言われていないということか」
「はい。文句を言っているのは義鎮ぐらいです。それでもあまり良くは思われていないようですが」
「構わんよ。どうせ文句は義鎮ぐらいしか言えないのだ。それより養父殿に何か悪影響を与えていなければよいのだが」
いま養父殿の地位が低下するようなことがあれば養父殿まで不満を持つことになる。養父殿にはできるだけ味方であってほしいから御機嫌取りをしないとな。
「今のところは特にありません。余程のことがない限り問題ないかと」
「そうか、引き続き監視を続けてくれ」




