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天草氏

――――――――――1547年11月10日 上津浦城――――――――――

「お初にお目にかかります。下田城主天草尚種にございます」

「惟宗国康だ。面をあげよ」

「はっ」

尚種が顔を上げる。かなり疲れたような顔をしている。まぁ。かなりぎりぎりだったからな。城兵も半分近くまで減っていた。そんな中での援軍だ。城兵や領民からはかなり歓迎されているようだ。目の前の尚種を除いてだが。尚種は援軍が遅くなったことにかなり不満を持っているらしい。そして援軍が来なくても勝てたのではないかと考えていて正直なところ俺の存在は邪魔でしかないようだ。この話は尚種が久武に文句を言っていたところを多聞衆が聞いていたらしい。怖いねぇ。壁に耳あり障子に目ありだ。迂闊に悪口は言えないよ。


「このたびは援軍を出していただきまことにありがとうございまする」

「なに、気にするな。助けを求められて見過ごすのは人の道にもとると思っているからな。むしろ遅くなってしまったことを謝りたいぐらいだ」

「いえいえ、助けてもらったのにそのようなことを言われてはこちらが何と言われるか」

尚種はとんでもないというように首を横に振る。まぁ、たとえ謝って欲しいと思っていたとしても口には出さないだろうけど。


「それより上津浦のことですが」

「いまは大矢野氏の居城だった大矢野城に逃げ込んでいるらしい。そこで名和の援軍が来るのを待っているのだろう」

「相良ではないのですか」

「あぁ、そもそも上津浦が戦を始めたのは攻め込まれた時に相良が援軍を出すことができないと思ったからだ。それなのに相良に援軍を頼むことはないはず。それに大矢野城では相良より名和の方が近い」

上津浦も遠くて援軍が来るかわからない相良より近くて援軍が来る可能性が高い名和のほうがいいはずだ。


「しかし、なにやら相良領で兵の動きがあると聞いていますが」

「おおかた急に上津浦が動いたから慌てているのだろう。何かあったら自分たちに援軍を求めて来ると思っていたのに上津浦は名和に近づこうとするしお前や志岐は俺に近づいていったからな」

それを機に天草郡への影響力を強くして名和との戦を有利に進めようと考えていたかもしれないな。

「その方もつかれているだろう。軍議は2刻後に行うことにする」

「はっ」


――――――――――――同日 上津浦城 天草尚種――――――――――――

「ふん、なにが謝りたいぐらいだ。そんなことを言うぐらいなら来なければよかったものを」

「殿、そのようなことを言って誰かに聞かれたらいかがするのですか」

「どうせお主しか聞いていないのだ。ここで何を言おうが惟宗のものには伝わらないわ。それにしてもなぜあそこまで援軍が遅かったのだ。いつもの惟宗ならば援軍要請をした次の日には来ているような印象があったのだが過大評価だったか」

「いえ、そうとも言えません」

久武が首を横に振りながら否定した。意外だな。こやつはだいたい儂の意見に賛同するのだが。


「某が御屋形様にあった時にはすでに兵が集まり始め次の日には兵が揃っていました。遅れたのは大友様に遠慮したからでしょう」

御屋形様か。いい気なものだな。もとはといえば数万石の小大名だっただろうに。しかし大友様に遠慮した?

「現在の肥後守護は大友様です。そして天草郡は言うまでもなく肥後国。何か思い違いがあって大友様と敵対するようなことがあっては困ると考えたのでしょう」

「なるほどな。ところで惟宗はどれほどの兵を連れてきたのだ?下田城に来たのは500ほどだったがすでにここまで進軍しているところを見るといくつかに兵を分けたのであろう」

「はい。下田城救援の軍と志岐救援の軍と水軍の3つに分けて進軍していました。確か数は・・・」

「失礼いたす」

外から声がしてそちらの方を見ると国康様の小姓が入ってきた。あの頭のでかい小姓は確か辰王丸といったか。

「まもなく軍議が始まりますゆえ評定の間の方へ」

「わざわざかたじけない。では殿、参りましょうか」

「うむ」

結局数は聞けなかったな。まぁ、軍議の場である程度はわかるだろう。


評定の間につくと主だったものは半分ほど揃っていた。重臣は佐須盛円殿と井手智正殿が来ていた。さて、儂はどこに座ればよいのだろうか。

「尚種殿」

きょろきょろと周りを見渡していると後ろから声をかけられた。声のした方を振り向いてみると先程とは別の小姓がいた。

「某は国康様の小姓をしております千葉彦法師にございます。以後お見知りおきを」

「丁寧にかたじけない。ところで儂はどこに座ればよろしいのかな」

「あちらにいる龍造寺胤栄殿の隣になります」

「左様か。かたじけない」

「では私はこれで失礼いたす」

彦法師は一礼してその場を去っていった。今のうちにほかの国人衆と親睦を深めておきたいが今は胤栄殿だけでよいだろう。


「龍造寺胤栄殿とお見受けするが間違いござらんか」

「いかにも。確か天草尚種殿ですな。以後お見知りおきを」

「こちらこそよろしくお願いいたす」

胤栄殿は少し顔色が悪い。体つきも細くあまり武功をたてることができるとは思えない。ある程度世間話をしていると話題はこれからの戦についてになった。


「胤栄殿はこれからの戦をどうするか聞いておられますか」

「いや残念ながら噂程度にしか。しかしその噂も兵たちの間で流れているようなものであまりあてにはならないでしょう。尚種殿は?」

「某も全く聞いておりませぬ。作戦どころかどれほどの兵が動いているのかもわかっていない有様で」

「左様でしたか。以前は石高である程度兵の数はわかったのですが今は銭の兵ばかりですのでなかなか予想ができません。龍家は600ほど連れてまいりましたが商いがうまくいっているものとそうでないものの差はあるようですぞ。特に松浦殿は湊が近いのでなかなか発展しているとか。羨ましいことですな」

銭の兵か。天草も惟宗の配下となったのだからそうせねばならんのだろうな。

「む、いらしたようだな」

胤栄殿に言われて慌てて頭を下げると上座に人が座る気配がした。

「皆の者、面をあげよ」

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