征夷大将軍
―――――――――1547年2月20日 足利義晴 日吉大社―――――――――
「父上。お呼びですか」
「来たか。これから惟宗の使者と会うことになっている。其の方も同席せよ」
「父上だけでよろしいのではないのですか?」
はぁ、去年征夷大将軍に任命され一昨日には参議に補任されたというのにまだその自覚がないのか。
「其の方は大樹となったのだぞ。大樹となったからには大名や朝廷の使者と会うのはその方の仕事。幕府の再興のためには出来るだけ多くの者と対面し人脈を広げねばならん」
「幕府の再興のためと言いますが惟宗は九州のものですよね。遠い国のものにまで気を使わねばならないのですか?」
「そうだ。遠い国のものでも献金をしてくれる。戦をするには銭が必要なのだ。だから遠くのものでも対面し話を聞かねばならん」
「なるほど。さすが父上ですね」
義藤が感心したように頷いている。しかしこれくらい自分で思いついてほしいのだが。
この子は武芸の才能がある。だがそれだけでは将軍の権威を復活させることはできんだろうな。将軍の権威を復活させるには出来るだけ味方を多く集めて将軍家に従わない大名を倒す。大名の数が多ければ多いほどあらゆる戦の調停者として将軍の権威や影響力を増すことが出来る。これは歴代の将軍たちもこのようにして幕府を守ってきた。儂はそこから先に進みたいと思っている。目指すのは有力な大名に頼らない将軍の親政だ。
「よいな、歴代の将軍たちは強い将軍であったとは言えん。しかしそれではこれからの天下を治めることはできんだろう。将軍家が強くなるには有力な大名たちを争わせその中で将軍家の領地を増やし利用される将軍にならないようにするのだ」
「利用されない将軍ですか」
「そうだ。先代の父上と先々代の養父殿の争いも有力大名が力を伸ばすためにあったと言っても過言ではないと儂は考えている。つまりは利用されたのだな。利用されるような将軍は傀儡になるか次の将軍候補に取って代わられるだけだ。天下の将軍がそのようではならん。己の力で天下を治めようとするものこそが将軍にふさわしい。よいな、たとえどのようなことになろうとも決して傀儡になってはならんぞ」
「そのためにはどのようなことをすればよいのですか」
義藤が真剣な眼差しでこちらを見つめてきた。
「手紙の力を侮らないことだ。儂らが有力大名と戦えているのは将軍という地位のおかげだ。その地位を奪う可能性がある他の将軍候補は京に入れないよう手紙を使って地方に押しとどめる。そのほかにも手紙を使って他の有力大名と謀り京に戻ることもできる」
「父上もそのようなことをしているのですか?」
「あぁ、もちろんだ。たとえば義冬を京に入れないようにしたりなどだな」
まぁ、それは自分のためであったとも言えるが。
「よいな、義藤。強い将軍に、天下人になるのだぞ」
「はいっ」
―――――――――――――同日 日吉大社 柚谷康広―――――――――――――
「このたびの参議補任及び左近衛中将の兼任、我が主惟宗国康に代わりましてお祝い申し上げます」
「遠方からわざわざ御苦労。面を上げよ」
「はっ」
面を上げる。そこで初めて将軍足利義藤様の顔を見た。少し緊張しているように見える。それにしてもまだ幼いな。後ろに控えている義晴様は満足そうに頷いているが少し頼りなく見えてしまう。確かまだ12歳だっただろうか。12歳の国康様といえば有馬を滅ぼしていたな。国康様と比べると同年代のものは誰もが頼りなく見えてしまうだろうがそれを除いても幼い将軍というのは少し不安が残る。なぜこのような幼いうちに将軍を譲ることにしたのだろうか。まさか義晴様の健康に不安な面があるのだろうか。あとで幕臣の方にそれとなく聞いておこう。
「こちらは主より預かってまいりましたお祝いの品々にございます」
「おぉ、いつもの事だが惟宗が持ってくる品は珍しいものが多いな。一つずつ説明してくれるか」
「はっ。まずはこちらの壺ですがこれは肥前有田で作られました磁器にございます。朝鮮より職人を招き作らせました。種類は白磁になります」
頼むから詳しい話にしないでくれよ。俺は全く興味がないから話なんてできないぞ。
「ふむ、見事な壺だ。次は何だ」
「続いては南蛮時計です。これは最近昔から取引をしている商人が持ってきたもので時をはかるためのものです。南蛮では半刻を一時間、一刻を二時間と言い日ノ本とは違った時の概念を持っていますがいずれは日ノ本の時にも対応したものを作っていきたいと考えています」
「ほう。しかしそのようなものは必要なのか?正直なところ使うところを想像することができんが」
それはたとえ思っていたとしても言わないだろう。そのようなことを言われた相手は不愉快にしかならない。ほら、後ろの義晴様が少し顔をしかめている。これで将軍の職務を全うすることができるのだろうか。このまま他人の心情を考えずにいたらそのうち人が離れてしまうだろう。これは国康様にお伝えせねばならんな。
「例えば戦で奇襲を仕掛ける時にいつ仕掛けるか決めていたとしても離れていては同時に仕掛けることは難しいです。しかしこれを各陣に置いておけばほぼ同時に奇襲を仕掛けることができます」
「なるほど。戦に使えるのか」
「はい。続いては砂糖です。これは新しい技術を使って作られた砂糖ですのでご想像のものとは違うかもしれませんが味に関しては保証させていただきます。このほかにも明銭や金などを持ってまいりました」
「いや、御苦労。これほどのものはどの大名にも勝るものだ。今後も幕府への忠義を期待しているぞ」
「はっ」
やれやれ、やっと終わったか。この後は京によって朝廷への献金も行わなければならない。さっさと帰りたいよ。
「惟宗は今までよう尽くしてくれた。俺としてもこの忠義には報いてやらねばならんと思っている」
「その御言葉だけでも十分です」
「そう言うでない。そうだな、まずは惟宗に屋形号を与える。それから肥前守護に任ずる」
「えっ。あ、ははっ。ありがたき幸せ。我が主に代わって御礼申し上げます」
ひ、肥前守護だと!?対馬にいたころには想像もできなかったことだな。
「これからもよろしく頼んだぞ」
「ははっ」




