近隣の情勢
―――――――――――――1546年10月3日 塚崎城――――――――――――
「国康様、お呼びでしょうか」
自室で国人たちに手紙を書いていると頼氏が部屋の外から声をかけてきた。そうだった、今日は昼間に来るように言っていたのを忘れてた。
「頼氏か、入れ。その方らは少し席をはずしておれ」
「はっ」
俺の後ろで硯の墨が切れないように待機していた彦法師と辰王丸が一礼して頼氏と入れ替わるように部屋から出ていった。たぶん熊次郎のところにでも行くのだろう。
彦法師はのちの鍋島直茂だ。こいつはまだ9歳だが正直そうとは思えないくらい賢い。熊次郎と同い年だから話が合うだろうと思って付けたが今では半分教師のようなことになっている。熊次郎が唯一勝てることは算盤ぐらいらしい。
辰王丸はのちの安国寺恵瓊だ。こいつは熊次郎の一つ下の8歳で頭がでかい。たぶん特徴を聞いたら10人中8・9人が頭の事に触れるだろうと思うくらいでかい。あとはかなり口が達者だ。京の東福寺に移ろうとしていたしていたところを多聞衆が声をかけたらしい。大内や毛利の監視があったから最近までこちらに来れなかったがやっと監視の目を盗んで移動できたようだ。
どちらも成長したら優秀な将になるから今のうちにいろんな書物に触れさせて実務の方にも慣れさせるために熊次郎に付けつつ俺の小姓ということにしている。早く成長して俺の代わりに戦を仕切れるくらいになってくれないかな。近くで戦の音が聞こえるのはかなり怖いんだよ。早く信長出てこないかなぁ。九州さえ安堵してくれれば頭下げてもいいと思っている。そうだ、早い段階で同盟を結んでおいて毛利攻めの時に同時に南から攻めて領地を拡大するにもいいな。
「それで御用とは何でしょうか」
「とりあえず周辺の大名の報告を頼む」
「はっ。まずは大友ですが西園寺攻めを終えてからどこかを攻める様子はありません。おそらく旧西園寺領を支配下に置くのに苦戦しているのではないかと。それから当主の義鑑と義鎮の傅役の入田親誠が何度か密会を重ねているとの報告がありました」
「何を話していたか分かるか」
「義鎮が当主にふさわしいのかとの問いがあったようです。親誠はふさわしくないところもあると言ったようです。それで義鑑が義鎮の廃嫡を考えていると」
入田親誠って義鎮の傅役だったんだな。こっちに転生するまで知らなかったよ。なにせ親誠といえば塩市丸擁立の急先鋒と言っても過言ではない人物だ。てっきり塩市丸の傅役かそれに近いものだと思っていたんだけどな。
「親誠は何と言ったか分かるか」
「反対したようです。そんなことをすれば大友は混乱し周辺大名に付け入られると」
「その周辺大名は混乱していると思うのだが。南の土持は伊東に攻められて忙しいし肥後の菊池は今どこにいるか分からないし北の大内は尼子の相手で忙しい。あとは我らだけだが当主の養女と婚姻を結んでいるから裏切る可能性は低いと見ているはずだ」
「いずれはそのことに気が付くでしょう。ただ少弐が大内に通じたことにしたのでそのことを不安視している可能性があります」
「くそっ。大内に通じていたことにしたほうが楽だったからそうしたがむしろそのせいで大友の混乱が先送りになるとはな。まさに策士、策に溺れるだな」
それならば多少怪しまれても単独で思い立ったことにすればよかったかもしれんな。
「しかしその間にしっかりと準備できますし領地を拡大することもできます」
「それもそうだな。報告を続けてくれ」
「かしこまりました。先程話に上がりました大内ですが当主の義隆は戦に出ることはなく学問や芸能にふけっているようで実際に戦をしているのは陶隆房・杉重矩・内藤興盛のようです。しかしその者たちと義隆の仲はあまりよくなくその者たちを抑えるため文治派筆頭だった相良武任を再出仕させようとしているとの噂があります」
「武任は今どこにいる」
「肥後で隠棲しております。元をたどれば武任は肥後南部に勢力を張る相良氏の出身ですので」
「できるだけ早く戻るように働きかけろ」
武任が早く戻ればそれだけ大内の中での権力争いが激しくなり混乱するはずだ。大内が混乱すれば義鑑も塩市丸擁立に動き出すはずだ。
「天草の国人たちはどうだ」
「上津浦が以前の戦の仕返しをしようとしていると噂を流したところ信用したようでそれぞれが戦の準備をしております」
「以前の戦は上津浦を天草・志岐・長島・栖本・大矢野が攻めたが援軍に来た相良に負けたのだったな」
「はい。来年あたりにはどちらかが戦を始められるでしょう」
「上津浦には俺から手紙を書いておこう。何かあった時にはこちらを頼られるようにと」
「それがよろしいかと。幸いにも最近になって相良義滋がなくなったところですぐには動けないはずです」
「嫡男の晴広は養子だったな。こっちも順調に家督を継げるわけではなさそうだな」
相良が出しゃばってこないなら天草郡は楽に制圧できそうだな。よし、二階崩れが起きるまでに出来るだけ領地を拡大しておくとしよう。




