文句
―――――――――1546年5月16日 大友館 入田親誠―――――――――
「父上、惟宗が少弐を攻め滅ぼそうというのに静観するとはどういうことですか!」
あぁ、また義鎮様が御屋形様に文句を言っている。少しは後から何か言われる私のことも考えてくだされっ。
「もう滅んでいると思うがな」
御屋形様もそのような素っ気ない態度を取らないでください。一応、義鎮様の予想は当たったのですぞ。
「どちらでもいいです。なぜ援軍を送らないのですか。今、援軍を送らなければいずれ後悔しますぞ」
「惟宗は同盟を守り少弐は同盟を破った。そして惟宗は援軍は無用といったのだ。援軍を送る理由がない。第一、これから農繁期なのだ。そのような時期に兵を送ることはできん」
「惟宗は農繁期に戦をしているのです。惟宗にできて大友にできないはずがありません」
義鎮様どれだけ傲慢な考え方をしているのですか!?もしかしてこれは教育の仕方を間違えたのではないだろうか。まずい、傅役としての責任を取らされるかもしれん。
「惟宗が農繁期にでも戦ができて大友ではできんのは仕組みが違うからだ。惟宗は銭で兵をそろえるから戦の事で百姓に対して遠慮する必要がない。大友は戦の時に百姓を兵とするため年貢を納める百姓に負担を強いることは難しい。大友の当主となるのであればそれぐらい言われなくても分かるようにならんか」
「百姓ごときに遠慮して何が武家の当主ですか。たとえ農繁期であろうとも御家の危機であれば百姓を使ってでも兵を出すべきです」
「それが本当に御家の危機であればな。だが今回は違う。ただ惟宗と少弐が争っただけだ」
「それがいずれ大友の災難となると言っているのです」
確かに義鎮様の主張はわからないでもないですが。それが必ず訪れるという根拠がないようではほかの家臣たちも納得しないだろうな。特に鑑連殿に心服している者たちは反発するだろう。大友の当主となるのであればもう少し家臣たちへの配慮というものを学んでくだされ。あとで嫌味を言われるのは私なのですぞ。
「それだけで皆が兵を出すことに納得すると思っているのか。少なくとも百姓たちは納得せんだろうな」
「ならば今いる銭で雇った兵を出しましょう。それならば問題はないでしょう」
「たかが数百人ほど送ったところで何になる。銭の無駄だ」
「くっ、いずれ私が言っていたことが正しかったと後悔するでしょうな。失礼する」
義鎮様が悪態をついて出ていかれた。あぁ、この親子はなぜいつもいつもこうなってしまうのだ。もう少し仲良くとは言わんが言い争いをするならせめて人がいないところでしてくれ。親子の仲が悪いと外に漏れたらどうするおつもりなのだ。
「其の方ら、親誠と話があるから少し下がっておれ」
「はっ」
えぇ、またですか。前回話が終わった後義鎮様に文句を言われたのですよ。これ以上義鎮様の機嫌を損ねたくないのですが。
「御屋形様、話とは何でしょうか」
「義鎮の事でな。お主は以前、義鎮は当主に向いていないと言ったな」
「いえ、あれは向いていないところがあるという意味で」
「言ったな」
「はい、申し上げました」
目が、御屋形様の目が怖い。認めなくても認めたことにされそうだ。あぁ、私はいったいどんな目に合うのだろうか。最近、義鑑様が老臣の力をそごうとしていると噂で聞いたことがある。私は老臣と言えるような立場ではないから問題ないと思っていたのだが。
「そうかそうか。傅役のお主がそういうのであれば間違いないだろう。では義鎮を廃嫡にしよう」
「な、なにを仰せになられますか」
御屋形様は私を試しているのか?よく分からんがとりあえず反対しておくのが無難というものであろうか。
「私は反対です。今更廃嫡にすると言われても家中が混乱するだけです。義鎮様をこのまま嫡男にというもの、ほかの御子息を担ぎ出そうとするものなど廃嫡騒動を機に自分たちの勢力を伸ばそうとするものたちが出てくるのは必定。大内の動きが不透明な今、余計な騒ぎを起こすのは反対です」
「しかし無能が当主になっても混乱するだろう。それならば儂が生きているうちに混乱が起きた方がまだましであろう」
さっきの義鎮様の傲慢な発言は御屋形様の遺伝だな。御屋形様が生きていても混乱しますよ。
「そもそも御屋形様は誰を当主に据えようとお考えなのですか?晴英様は解消されたとはいえ以前は大内の猶子でしたのであまりふさわしいとはいいがたいかと。塩市丸様はまだ幼いですし」
「いや、塩市丸で問題なかろう。成長するまで儂が後見をすればよいし国康殿も三歳の時に家督を継いだのだ」
「国康殿が三歳で家督を継ぐことができたのは大友より小さい国人の家だったからです。それに先々代の蜂起など混乱がなかったわけではありません」
「儂が家督を継ぐときに争いはなかったから問題ないの」
「菊池義武がおりますが」
「しまった、そのようなものがいたな。今はどこにいるか分かるか」
「恐らく肥後南部の国人が匿っているでしょう。探し出しますか」
というかまた反乱を起こさないだろうか。それがあれば当分は廃嫡の事を放置できるのだが。
「頼む。義武が動き出したら塩市丸に家督を継がせることができんからな」
「はっ」




