神代勝利
―――――――――1546年5月15日 勢福寺城 神代勝利―――――――――
「お初に御意を得ます。神代勝利にございます」
「惟宗国康だ。面をあげよ」
「はっ」
顔を上げて初めて国康殿の顔を見る。特に特徴のない顔だな。しいて言うならば眉間によっている皺ぐらいか。このようなものに少弐は負けたと思うと少し悔しいな。
「これよりは惟宗家に忠義を尽くしまする。非才の身ではございますが存分にお使いくだされ」
「うむ、楽しみにしているぞ」
「はっ」
「たしか勝利の一族は高良大社の大宮司の一族ではなかったか」
「はい。父の代で没落してしましましたがそれ以前は高良大社で代々大宮司をしておりました」
驚いた。よくそんなことまで知っているな。
「高良大社といえば俺が元服したところでもあるな。なんというか不思議な縁だな」
「まことですな」
「しかし、勝利が配下となるとは嬉しいことだな」
「過分なお言葉にございます」
「謙虚だな。実は勝利の話は前々から聞いていてな。一度会って話がしたいと思っていたのだ」
「某のつまらない話でよいのでございますれば」
「ははは。お主は口もうまいくせにつまらない話か。そうだな、夢買いの話でも聞こうかの」
なんと、そのような話まで知っていたのか。これが少弐と惟宗の差だろうか。それに思ったより好奇心が強いな。だから新しい武器も取り入れているのだろう。
「では、その話をさせていただきます」
「おぉ、そうか。楽しみだな」
「あれは千葉興常様に養われていたころの事でした。ある日、同じ興常様にお仕えしていた江原石見守が、どんどん大きくなりついには北山を枕に南海に足を浸すという夢を見たと言って参りました。そしてこの夢は吉だろうか、それとも凶だろうかと。私はそれが吉夢だろうと思いました。それでその夢を買おうと思ったのです。ですがそのことを正直に言えば売ってくれないでしょう。そこで私は一計を案じたのです」
「ふむふむ」
国康様は興味深そうに頷かれる。何とか興味を引くことはできたようだな。
「私は江原にこういったのです。それは凶夢ですが人に売れば吉夢になる、その夢を私に売らないかと。そうして金の笄でその夢を買ったのです」
「いや、面白い話であった。確か北山とは船岡山・衣笠山・岩倉山などの京の北方にある山の事、南海はルソンのあたりの事だな。北山を枕に南海に足を浸すというのは京からルソンまで勢力を拡大するということか。いや、なかなか豪快な夢を見る者がいるの」
え、いやおそらくこの夢での北山とは山内、南海とは有明の海の事だと思うのだが。博識なのは良いのだが少し早とちりをする傾向があるのだろうか?
「失礼いたします。筑紫秀門殿が参られました」
国康様の小姓が来客を告げに来た。しかし筑紫か。これで肥前が統一されたな。
「そうか、通してくれ」
「はっ」
「では私はこのあたりで失礼させていただきます」
「おぉ、そうか。最後に一つ良いな」
「はっ、何でございましょうか」
「神代勝利、兵法衆に任ずる」
「は、ははっ」
いきなり外様に重臣と同じ待遇だとっ。噂には聞いていたがまさか少弐のものにも同じようにするとは。つくづく冬尚様とは器が違うな。
「だから、お主の席は康範の隣だな」
「おそれながら、私は外様にございます。そのようなものが譜代の方と肩を並べるなどとてもとても」
「勝利、お前の主人は誰だ」
「もちろん国康様にあらせられます」
「ならば言う通りにせい。惟宗は譜代が少ないのだ。譜代であろうと外様であろうと有能なものはそれに見合った役につける。それが俺のやり方だ」
「はっ」
少し強引なところがあるな。まぁ、気弱であるよりかはマシか。
―――――――――――――――同日 勢福寺城――――――――――――――――
「お初に御意を得ます。筑紫秀門にございます。これよりは惟宗家に忠義を尽くしまする」
「惟宗国康だ。面をあげよ」
「はっ」
秀門がゆっくりと顔を上げる。いやぁ、嬉しいな。これで肥前統一が達成できる。
勢福寺城を囲んだ後、姉川・高木が降伏してきた。おそらく少弐が負けると思ったんだろう。それと龍造寺も正式に俺の配下になった。龍造寺隆信は怒っているだろうな。
その後は大筒や鉄砲で昼夜問わず攻め続けて疲れ果てたところを総攻撃にして落とした。途中で資誠が降伏の使者としてきたらしいがこちらに着く前に大筒に当たって死んでしまったらしい。
冬尚は落城の時に自決したみたいだ。その時に火を放ったがすぐに消火した。問題はこれからだよな。このまま少弐の跡を継ぐものを決めていないと変な奴を担いで再興なんて言いだしかねない。特に龍造寺隆信はそれぐらいしか大義名分がない。そんなことになる前に適当なやつを当主に担ぎ出さないと。幸い冬尚の弟が寺にいて無事だったはずだ。もう12歳だし元服させて当主にするか。
あ、それだと今降伏してきた筑紫が何か文句を言ってくるかな?なにせ以前当主が殺されていたはず。よし、恨みは忘れてもらおう。
「我らとしては筑紫の降伏は認めたいが少弐の跡目を冬尚の弟に継がせようと考えている。少弐のことを恨んでいるであろう筑紫は昔の恨みを忘れて少弐と共に惟宗の臣下となることができるのか?」
「少弐と対等になれるのです。喜びこそすれ恨むことはありませぬ」
「そうか、では筑紫の降伏を認める」
「ははっ」




