後始末
――――――――――――1545年2月1日 東済禅寺――――――――――――
「国康様、そろそろ」
「分かった」
康広が呼びに来たので立ち上がり控室から出る。あぁ、面倒だな。これから冬尚との会談だよ。多久・東西千葉・龍造寺領を攻めたことについて文句を言ってくるに違いない。どうせ少弐が支配下に置いたところで龍造寺に奪い返されるだけだろうに。
今回の騒動に便乗して多久・東西千葉を攻め滅ぼし、龍造寺領の半分以上を攻め取った。とはいえ東千葉の当主である胤頼と西千葉の嫡男である彦法師はきちんと保護してある。人質ではないよ、あくまでも保護しただけだ。まぁ、鍋島清房にそのことを伝えて降伏させたから似たようなものか。西千葉は当主が自害して降伏したから重臣たちは健在だ。特に江里口信常は龍造寺四天王なんて言われるほどの武将だから配下に加えたいな。そのあとは村中城と水ケ江城以外の城を落とし龍造寺に降伏を促した。条件は村中城と水ケ江城の開城と龍造寺一門を肥前から追放することとかなりひどいものになったが生きているだけましだろう。あのままだったら2日もすれば落城していただろうし別に復帰のための行動を制限するつもりはないのだ。ま、復帰なんてさせないけどな。
龍造寺一門は史実通り、筑後の下蒲池氏を頼ったようだ。下蒲池氏も物好きだよな、なんでわざわざ没落した国人一家を助けようと思ったんだろう。下蒲池氏の当主の蒲池鑑盛は「義心は鉄のごとし」なんて言われているらしいがどうせ肥前に影響力を発揮したいだけだろうに。いかんな、転生してからこのかた人間が小さいと感じることが増えたような気がする。まぁ、どうでもいいか。
そういえば円月坊は先に蒲池氏に逃げたため少弐が寺に配下を送った時にはもぬけの殻になっていたらしい。その知らせを聞いた冬尚は怒り狂ったらしい。まったく、どうせなら最初に龍造寺一門を殺した時にまとめて殺しておけばよかったものを。少弐って詰めが甘いというか中途半端だな。そろそろ会見場に着くな。
「いやはや、遅くなって申し訳ない。惟宗国康にござる」
「少弐冬尚だ」
先に会見場に来ていた冬尚と思われる人物に謝罪しながら入っていくと冬尚は顔に不満がありありと浮かべて言葉少なく返事をした。愛想のないやつだな。その後ろにいる頼周もニコリともしない。一緒に部屋に入った康広の方が愛想はいいぞ。
「さて、何から話したものか。まずは今回の龍造寺征伐の経緯を聞かせてもらいましょうかな」
「龍造寺に離反の疑いがあり調べたところ間違いないと分かったから攻めた。ただそれだけだ」
嘘だな。そんな動きをしていたら少弐より先に多聞衆が気づくはずだ。
「そんなことより話すべきはその方が我が配下の多久・東西千葉を攻め、龍造寺領を支配下に置いたことであろう」
「はて、そのことで何か我らが責めを負うようなことがありましたかな。多久・東西千葉は龍造寺と頻繁に連絡を取っているとの報告を受けましてな。何事かと思い、調べさせてみいたら今回の騒動。これは多久・東西千葉が龍造寺と共謀して何か良からぬことを企んでいるに違いないと思い攻めただけですよ」
実際、多久・西千葉は龍造寺と行動する可能性はあった。東千葉は当主が幽閉されるところだった。
「だからと言って我らのことに首を突っ込まないでいただきたい」
「おや、私としましてはこのような事態に備えての同盟と捉えておりましたが違いましたかな?」
「大内が侵攻してきた時は手を取り合って撃退する、お互いの領地を侵さないというものであったはずだ。惟宗はこれに違反していると思うのだが」
確かに違反しているよ。認めないけど。
「まさか龍造寺が単独で少弐殿と敵対すると思っておられるのか。当然、大内に頼るに決まっている。つまりこれは違反に当たらない」
「確証がなかろう。そのような曖昧な推論を認めるわけにはいかん」
「では、証拠があればよろしいかな」
「勿論だ」
「分かりました。康広、例の物を」
「はっ」
康広が懐から二通の手紙を取り出し頼周に渡す。それを見ることなく冬尚に渡す。
「これはなんだ?」
「梶峰城・祇園山城にて見つかった手紙ですな。中を見れば今回の件の真相がわかるでしょう」
「ふん、こんなものみたところで変わらないと思うが。・・・なんだ、これはっ!?」
その手紙には多久・東西千葉・龍造寺が大内に内通するという内容が書かれている。もちろん、偽書だけど。一見しただけでは見分けが付かんだろうな。なにせ昔から偽書を使って朝鮮と交易をしていたのだ。自然とその技術は高まるよ。少なくとも第三者が見ても見分けが付かないようにしてある。
少弐は嘘だと分かるだろうがそれを指摘することはできない。そんなことをしては国人たちの信用を無くすだけだ。その先には少弐氏滅亡しかない。
「これでもまだ信用できませんか」
「・・・分かった、信用しよう」
「かたじけない」
「だが、今回の騒動で惟宗が奪った領地は返してもらおう」
「えぇ、もちろんです。多久は継ぐものがいないので取り潰しますが他は継ぐものがあるのですから。ところで今回の騒動を機に東西千葉を1つにしませんか?その方が何かと楽でしょう」
「ふむ・・・よかろう」
確かにいいと言ったな。前言撤回は無しだぞ。
「では、千葉の跡目は西千葉氏の彦法師が継ぐということで」
「なにっ、それはおかしいだろう。千葉の嫡流は東千葉のはずだ。当然継ぐのは胤頼であろう」
「何を言われる。東千葉はもともと大内方だったのですぞ。嫡流だろうと残す理由はありません。それに私は大友殿に肥前の件全て国康殿にお任せするとの書状も受け取っていますが」
それに千葉の当主が胤頼になったら冬尚の弟だから少弐方になるのは目に見えているではないか。俺が欲しいのは俺に味方する当主だよ。それに俺が言っていることは正論だろうが。
「残りの龍造寺領は少弐がもらうということでいいな」
「それは良くないですな。私が返すと言ったのは元の領主にであって少弐殿にではない」
「くっ」
あれ?言い返してくると思ったけど違ったな。口では勝てないと思ったんだろうか?
「では、胤頼を龍造寺の当主にするのはどうだ。それであれば歯向かうこともないであろう」
「いえ、龍造寺領には正統な主人に入ってもらうつもりです」
「正統な?まさか家兼ではないだろうな。それとも豪覚和尚を還俗させるつもりか」
「いえ、どちらも違います。そもそも家兼の一族は分家です。しかし家兼は本家の人間を追い出し自分たちの領土のようにしていました。ならば本家のものが取り戻すのが筋でしょう」
「しかし、本家のものがいるのか?」
「もちろん。そのものの名は龍造寺胤栄という。そのものに治めさせるということでよろしいかな」
「わかった。それでいいだろう」
よし、これで少なくとも少弐に友好的ではない勢力を作ることができた。あとは少弐を潰すだけだな。




