真相
――――――――1648年6月20日 大坂城 島津光久――――――――――
「これはどういうことか、説明していただきたい」
部屋に入ろうとすると、中から頼長の怒声が聞こえる。なかには秀就がいたはずなのだが。
「説明も何も、儂は知らんぞ。なにもかかわっていない」
「だったらなぜ、毛利の家紋が付いた武器兵糧が出てくるのだ」
「それは警察局の偽装であると言っているだろう。局長は織田の縁者だぞ」
「証拠の数が多すぎると言っているのだ。それに兵も動かしていた。状況は明らかに謀反に加担したとしか考えられない」
ほう、どうやら今回の件に頼長は関わっていないのか。いつもの頼長であれば近くにいることぐらい気づきそうだが、よほど焦っているな。さて、どうするか。もう少し聞いてみるか。
「何より熊次郎様の関与すら疑われているのだぞ。これで上様に何かあったときに熊次郎様が次の将軍になる可能性はなくなったわっ」
「だから知らんと言っているだろう。これから上様に釈明をするのだ。あの上様のことだ、すぐに儂がかかわっていないと認める」
「伊勢とも連携していないと」
「しておらん」
「ともに兵を動かしておいてそれはないでしょう」
「あれは・・・密告があった故、仕方なかったのだ。前日に密告されたせいで軍の準備が間に合わないと判断して」
「なぜ毛利と伊勢に密告がいく!?なぜ軍が間に合わないのにあなた方は間に合う!?どう考えてもそれ以前から知っていたとしか考えられん」
実にぼんくららしい言い訳だ。さて、そろそろいいか。
「失礼します」
「おお、島津殿」
声をかけて部屋に入ると秀就が安心した表情を浮かべてこちらを見る。それをみて頼長が舌打ちをする
「遅いではないか。はやく上様のもとに案内してくれ」
「頼長殿とはもうよろしいので?ずいぶんと話し込んでおられたが」
「上様を優先するのが臣のあるべき姿であろう。さ、はよう案内せい」
「いえ、それはできません」
いまにも勝手に上様の部屋に行こうとしそうな秀就が怪訝そうな顔をする。
「どういうことだ?何の権利があって邪魔をする」
「頼長殿もおられたのはちょうどいい。上様のお言葉をお伝えします」
さて、武器で戦う時代は終わった。これからは知恵と権限で戦う時代よ。
「毛利秀就、伊勢貞衝両名は今回の事件の真相が判明するまで閉門を命じる」
「な、どういうことだ」
「さらに、熊次郎様には、関与の真偽は別にして普段より適切な態度と行動をとっていれば謀反人に利用されることはなかったはずであり、この責任は重く慎みを命じる。また来年の予定であった元服も無期限の延期とする」
「な、それはいくら何でも」
「六条会に関しては事件への関与の程度を調べる必要があり、それまでの間は評定・次官連絡会議への参加禁じる、通常の業務に関しては新撰組の監視のもと続けるべし、とのことです」
「ふ、ふざけるでない」
頼長が怒る前に秀就が怒鳴る。
「貴様か、貴様が上様を誑かしたのか」
「私は何も。上様が判断されたことにございます」
「貴様に何の権限があって儂を止める」
「上様の御身を守ることが臣のあるべき姿と心得ております」
「六条会がいなくて大丈夫なのか」
また秀就が怒鳴ろうとする前に頼長が口を開く。意外と冷静だな。
「奉行も次官も穴だらけだ。まともに幕府を回せるとは思えんが」
「ご心配なく。つつがなく進めて見せますので」
「そうか。期待している」
「ああ、それと」
部屋から出ていこうとする頼長を呼び止める。
「これは上様のご命令ではございませんが、六条会の方々は上様への謁見はご遠慮いただきます」
「なに?」
「六条会でこの事件にかかわっているものが他にもいるやもしれませんので」
「それこそ何の権限があってそれを言っている」
「補佐官の仕事には上様の謁見の調整も含まれています。むろん謁見を求めるのは自由ですが、こちらで止めさせていただきます」
せっかくの機会だ、ここで六条会の息の根を止める。
「・・・そうか、好きにすればいい。それで回るならばな」
「うまくいきそうでよかったな」
「何とかな」
夜、屋敷に戻る途中で茂富と合流し、部屋に向かう。
「この判断が認められれば、いずれは鷺山会もお前の権限で面会拒否ができるようになる」
「謁見を止めるぐらいで政を主導できるなら楽なのだがな」
「それもそうだな」
「それに頼長のあの様子も気になる」
そう言いながら部屋の戸を開ける。そこには男が一人座っていた。
「お待ちしておりました」
「誰だ?」
誰か来ているなど報告は受けていない。となると忍び込んだのか?
「情報本部の世鬼政矩と申します。以後、お見知りおきを」
「情報本部、か。何の用だ。それともこいつを殺しに来たか?」
「茂富、そんなわけないだろう」
物騒な奴だ。情報本部を何だと思っている。いや、だいたいあっているのか。
「ちょっと、耳に入れていただきたい話がございまして」
「長くなりそうだな。何かつまめるものと酒でも持ってこさせよう」
いいカツオが手に入ったと言っていたな。用意させよう。
「おお、これはなかなかうまそうですな。や、この銘柄の酒は聞いたことがありますぞ。なかなか手に入らないと評判の」
「それで、用件は?」
なかなか話を始めない政矩にいら立ったように茂富が話を促す。
「ああ、そうでしたな。今回の事件ですが、情報本部が動いております」
「それは未然に防ぐためにという意味で」
「いえ、あおりました」
これは、かなりの問題なのではないか。謀反を企てたと言っているようなものだぞ。なによりそんな指示を上様は出していないはず。出してないよな?
「由井正雪の門下生として潜り込み、正雪を煽りました。その後、毛利・伊勢に鷺山会への参加を餌に謀反にかかわらせ、これを潰しました。おかげで六条会は落ち目、熊次郎様も次期将軍の可能性はなくなり、手柄は鷺山会の警察局長佐治為成。一歩他より前に出ますな」
「毛利・伊勢が鷺山会に?」
あり得るか?あの二人は自分の派閥を裏切られている。その裏切り物がいる鷺山会に入ろうとするか?いや、あの馬鹿ならあり得るか。
「目的は鷺山会主導の政と光久殿、あなたの排除です」
「私の?」
「嫌われたものだな」
他人事のように茂富は鳥刺しを口に運ぶ。
「ついでに甲寅会も潰したいようですが、優先順位はあなたが上です」
「なぜ私を排除したいのです?嫌われるようなことをしましたかね」
「嫌われていますぞ。情報本部、とりわけ北原はじめ多聞衆ゆかりの者にとっては自分たちの情報は上様がどう扱うかを決めるべきと考えています。なのに井頼殿の意向もあって首席補佐官が常にそばにつき、情報本部の報告の際も首席補佐官が一緒にいる。信用されていないようで愉快ではありません。情報漏洩の危険性も常に抱えることになるし、余計口出しをされてはかなわない」
「まさか、そんな理由で?」
そんな理由でこれだけのことができるのか。
「そんな理由とひどいですな。上様に直接仕え、上様の指示でのみ行動する。そこに誇りを見出している者も少なくないのです。そんな中であなたの存在は邪魔なのですよ」
「あなたにはその誇りはないように見えますが」
「ありますよ。私たちが集めた情報が時の権力者を動かす。別に将軍である必要はないと考えていますので、そこは多聞衆とそれ以外の違いかもしれませんが」
敵は情報本部か。これはまた、厄介なことになりそうだな。
「で、お前の目的はなんだ。こんな話を光久にすれば余計に情報本部の地位が危うくなるが」
「私の目的はただ一つ。情報本部長官の交代です。それも北原以外の」
「北原以外で?」
「はい。現在の政の仕組みになった際に、役職は世襲ではないと明言されました。しかし情報本部長官だけが北原氏の世襲となっている。上層部も多くが多聞衆ゆかりの者。これを変えたいのです」
「そのために長官の交代か」
「はい」
信用できるか?情報本部が何をしてきたか、上様への報告を私は聞いてきた。あの世界が何度も裏返るような感覚は忘れられない。その情報本部を信用するか?
「いいだろう。六条会を潰して長官をお前に変えればいいんだな」
「私である必要はございませんが、長官を変えていただければなんでも」
「おい、茂富。あまりすぐに信用するな」
「なんだ、怖じ気づいたか」
「そんなわけがないだろう。しかし」
「政矩はここまで手の内を明かしたのだ。我らが上様に報告すれば目論見は潰える」
茂富の言葉に政矩はうなずく。
「信じてやれよ」
「・・・わかった」
「おお、それはありがたい」
「それで、高重の次の手はわかるか?」
「はい。高重は今回の件を利用して奉行の椅子を開け、そこに自分が座ろうとしています」
高重は派閥の長とは言え、財務次官。しかも財務奉行は光友殿。敵の部下などやっていてはどうしようもないというわけか。
「次官が別の奉行所に移動して奉行になるなんてできるのか」
「前例がないわけではない。できる。ついでに身内の出世も図ろうとするだろうな。だが、それなら手はある」
「おお、それは頼もしや。ではそちらはお任せして私はこの辺りで失礼させていただきます。仕事を抜け出してきていますので」
そう言うと一礼してさっさと部屋から出ていく。
「あ、ちょっと」
連絡手段やらを確認しようと追って部屋を出ると、すでにそこには誰もいなかった。
「さすが忍びだな」
「ああ、あっという間にいなくなった」
「それだけじゃねえ。あれ」
そういって先ほどまで政矩が座っていた場所に目をやる。そこには手つかずのカツオと酒があった。
「信用していないのはお互い様というわけか」
「そう言うことだ。で、さっき言っていた手とはなんだ」
「評定を形骸化させる」




