惟宗長久
――――――――1647年11月7日 大坂城 島津光久――――――――――
「急げっ。はやく上様をお探ししろっ」
「西の丸にはおられませんっ」
「天守は見たのか!?それから女中局は奥御殿を徹底的に調べろっ」
今までにだしたことのないほど、大声をあげながら部下たちに指示を出す。ああもう、さっそくこれか。
「光久ッ」
「長頼様」
「よい、それよりまだ見つからんのか」
「申し訳ございません」
少し焦ったような表情をされた長頼様に深々と頭を下げる。これでは後見人たる長頼様の顔に泥を塗ることになる。
「将軍宣下まではおとなしくされていたせいで油断したな。まさか先代の御葬儀の直前に行方をくらまされるとは」
「六方や浪人、ほかにも何が起きてもおかしくない時世ですので先に将軍宣下を行いましたが、これほど落ち着かれないのでしたら葬儀を先にするべきでした」
「過ぎたことは仕方ない。親族衆も手分けして探している。康久殿など見てられんほど狼狽していた。誰か側に人を付けたほうがよかろう」
「ありがとうございます。すぐに指示を出しておきます」
長頼様が既知の間柄で助かった。これで知らぬ方が後見人になっていては面倒だっただろう。
「私も探しに参らねばなりませんので失礼します」
「頼んだぞ」
「はっ」
長頼様に一礼してその場を立ち去る。さて、これは私にとって最初の正念場だぞ。上様が御葬儀に遅れるようなことになれば、上様の近侍の最高職たる首席補佐官の私の責任になる。私とともに上様を将軍に押し上げた光友や九州閥の面々も危うい立場になる。それはまずい。何とか見つけて御葬儀に参列させねば。
「首席補佐官殿」
まだ幼いと言ってもいい少年が紙をもって駆け寄ってくる。えっと、確か・・・
「中山、中山直守殿。いかがされた」
「副長殿に許可をいただき、護衛の任に当たっている新撰組も上様捜索に参加することとなりました」
「それはありがたい」
「早速ですがこの地図をご覧ください。護衛についている者たちからの話ですでに捜索された場所を書き込んであります」
そう言いながら直守は手に持っていた地図を広げる。
「これによると図書館や博物館など普段使われていない建物がまだ探されていないようです」
「しかし上様はこちらに来てからまだ時間が経っていない。このような場所に行かれるだろうか」
「普通に迷われてということもあるでしょう。それに上様は普通ではないと康久様から伺いました。これらのどこかにいても不思議ではないかと。自分は図書館のほうを探します。護衛である自分が大将である首席補佐官殿を離れることになりますがよろしいでしょうか」
一理あるか。これで見つからなくてもこれに責任を押し付ければいい。逃げ道はできた。
「もちろんだ。私は茶室のほうを探す。上様を見つけられたら近くの官房の者に声をかけよ。そのものがうまく対処するはずだ」
今回の御葬儀は官房に所属する者は敵対する派閥でも普段は表に出ない女中局でも総動員で働いている。これで対処できないものはどこぞに飛ばしてやる。
「かしこまりました。では失礼します」
そう言って一礼するとあっという間に人ごみの間を駆けていった。あの歳でも新撰組か。
「静かだな」
茶室の前で思わず声が出る。ここは国康公が将棋の間として作られ、貞康公が茶室としても利用できるよう改築された。その用途からここは他から切り離されたように静かだ。
「誰かいるのか」
突然、茶室から声がかかる。この声は・・・
「島津光久にございます」
「しまった、声をかけなけれよかった」
「失礼しますぞ」
そう言って茶室に入る。黄金の茶室に一瞬目をそらすが、そこには上様が寝そべっておられた。
「上様」
「首席補佐官というのは暇だな。このような場所に来るとは」
「そろそろ御葬儀が始まります。喪主たる上様がおらねば」
「知ってるか、国康公が最も警戒した敵の一人である織田信長は父親の葬儀に遅れてやってきて抹香を投げつけたらしい」
「お立場が違います。当時の信長は尾張一国も治めておりませんが、上様は違います」
ここで信長の話?気づかぬうちに総務局の誰かが鷺山会の誰かと上様を引き合わせたか。
「そうか。しかしここは正気で作られたとは思えんな」
「黄金の茶室ですか」
「当時の茶人には受けが悪かったらしい。いや、そもそも黄金の将棋の間というのもおかしな話だ。集中できんわ」
「上様」
「だがな、俺はこの部屋が気に入った。人工美で自然美に挑まんとする意思がある気がする。面白いではないか」
「・・・ここでは何を」
どうにも寝そべったまま動く気配がない。時間は・・・雑談程度であればまだぎりぎり何とかなる。
「国康公が残したという書物を読んでいた。図書館は、あれはいかんな。警備が雑すぎるぞ。博物館もだ」
「早急に改善させます」
「それからあれを眠らせるのはもったいない。人数を絞って公開しよう。あそこで他国の使者をもてなすのもいい。近くに休憩室を作らせよう。そこにこもって本を読むのは楽しかろうなあ」
「かしこまりました」
国康公の血を引く方は道楽者の血を引くというが、噂通り文学好きか。しかし何というか。
「思ったよりまともそうで困っておろう」
「は?いえ、そのようなことは」
「知恵のあるものを傀儡にするのは苦労するからな。俺なら利口利口とほめるだけで乗せられる幼子を傀儡にするが」
「・・・上様は親政を望まれますか」
「だと言ったらどうする」
そうなればどうにもならないだろう。各派閥の消極的支持者は親政を支持する可能性が高い。譜代も親政に味方する。そうなれば奉行・次官を好きに動かすことができる。お手上げだな。
「安心しろ。俺は知恵はあるが娯楽に行きたいのだ」
「娯楽、ですか」
「そうだ。政などよほどの失政をせん限り口出しはせん。せいぜい好きに争うがいい。それもまた一興よ」
そう言いながらにやりと笑う。これは厄介な傀儡をたてたか。
「所詮四代目。もはや将軍が主導せずとも問題のない形になっている」
「されど喪主はつとめていただかねばなりません。そろそろ」
「仕方ないな」
そう言いながら起き上がられる。
「ほれ」
手にしていた紙をこちらに投げ渡されるとさっさと茶室から出ていかれる。
”111.1111
1.101011
1110.10001
110.1110
1011.10
10.110101
10001.100000
1000.100101
1101.1011”
紙には1と0だけが書かれていた。なんだこれは。
「あ、お待ちを。これは」
「わからん。国康公が書いたものらしい。裏には暇つぶしで描いたから解いても不快になるだけと書いてあった」
「はあ」
「葬儀が終わるまでに解いておけよ」
「え、ちょっと。お待ちを」




