だれに1
――――――――1647年10月15日 大坂城 島津光久―――――――――
「すみません、遅れました」
そう言いながら毛利秀就財務次官が入ってくる。相変わらずの遅刻癖だ。毛利当主でなければ次官になどなれなかっただろう。よくあれで毛利閥を維持できるものだ。
「では、皆さま集まられましたので始めましょう」
「待て、なぜ光久殿が進行をしようとしている」
私が評定を始めようとすると頼長殿がそれを遮る。
「評定は上様が進行されていた。その上様がいないからと言ってじゃあそなたが、とはならないだろう」
「その通り。ちと僭越であろう」
ちっ、遅れてきておいて。秀就は面の厚さだけは天下一だろうな。
「首席補佐官は次官連絡会議の進行をしています。このような事態では不肖ながら私が進行するのが妥当であると考えます」
「誰でもいいではないか。今なさねばならぬことはただ一つ。それ以外はどうでもいいことだ」
光友殿が面倒くさそうに発言をされて、周りの者もそれに同意するようにうなずく。
「いま最も大事なのは次の将軍をどなたにお願いするかだ。違うか」
「・・・ちっ、さっさと進めろ」
「はい。では進めさせていただきます」
中根正盛次席補佐官に目配せをして資料を配ってもらう。やれやれ、これをまとめておられたのだから歴代将軍の方々や井頼殿は素直に尊敬するな。
「医師の話では上様のご容態はいつ急変してもおかしくなく、今この瞬間に亡くなられてもおかしくないほどとのことです。そこで早急に次の将軍はどなたにお願いするか決めねばなりません」
「そんなことはわかってる」
分かっているなら遅刻するんじゃねえ。
「失礼しました。現在の親族衆で高齢の方を除いた候補者を資料に記載しています。現時点ではこの中からお願いするということになります」
「大友と一条の名前がないようだが」
大河内信綱総務奉行が疑問の声を上げる。
「一条は朝廷政策のかなめです。一条はあくまで朝廷内での勢力維持・拡大に努めるべきと判断しました。また、一条は外して大友はというのは双子でありながら差をつけるのはいかがなものかという点と、大友長頼様よりご自身と嫡男長親様は辞退すると昨日連絡がありましたので今回は名前を出しませんでした」
九州閥としては大友家からと思わないでもなかったが、あまり露骨にすると他の派閥から反感を買う。これでよかっただろう。
「どうだろうか、別に惟宗にこだわらないという手もあると思うのだが」
最初に声を上げたのは秀就だった。しかし何を言っているんだ。
「何を言われるか。鎮守府大将軍と太政大臣は惟宗が継ぐ。それが当たり前ではないか」
「茂富殿は頭が固い。鎌倉の例を考えれば別にあり得ない話ではないだろう。宮将軍をお迎えし、その下で我らの合議で政を行う。宮将軍であれば足利のように将軍の位をかけて争うこともない。朝廷との関係を強固にするという点でもいいだろう。皆さまはどう思われますかな」
そう言って秀就が周りを見渡す。
「あり得ないな。そうなったら俺は総務次官はやめる」
「・・・陸軍奉行としては宮将軍で軍部を抑えられるとは思えないとだけ申し上げよう」
「法務次官として言わせていただけるなら、武家諸法度に将軍の継承について本家が絶えた時は評定にて親族衆から適切なものを決めるとある。法的に無理だ」
秀就の提案に譜代が一斉に反対の声を上げる。まあ、そうだろうな。
「・・・ほかの意見は」
「自分は会津の熊次郎様を推したい」
次に発言をしたのは頼長だった。
「国康公は亡くなる直前に本家が絶えた時は会津惟宗家が継ぐようにと仰せになられた。今がまさにそうではないか。違うか」
頼長の言葉に何人かが頷く。光友はどうする。甲寅会の主導権は頼長が握ったのか。
「頼長殿の言葉はわかるが、熊次郎様はまだ元服前。将軍になるには早いのではないか」
真っ先に反対したのは伊勢貞衝内務奉行か。
「では貞衝殿はどなたが適当と?」
「伯耆惟宗の長成様にと考える。康正様の血を引き、かつ年齢も28と申し分ない」
旗本閥は長成様か。ただ様子見に見えなくもないな。
「しかし次男の家が長男の家を差し置いてというのはどうかな。皆さまはどうお考えかな」
「遺命と序列を考えれば会津惟宗家の熊次郎様が妥当かと」
「手前も熊次郎様を支持する」
信綱に続いて佐須盛智陸軍奉行が賛成する。譜代閥・徳川閥は熊次郎様支持か。しかし話の主導権を握るのはうまいな。
「左様か左様か。光友殿はどうお考えかな」
「私は上様と血が最も近い長久様がよいと考える」
頼長の挑発的な笑みに光友はいらだったように答える。その答えに周りが少しざわめく。甲寅会は割れたか!
「なんと、光友殿は国康公の遺命を無視されると申されるのか。なんと不遜な」
長頼は笑みを深めながら大袈裟に騒ぎ立てる。最初からこうなることは読んでいたのだろうな。ここで光友を潰して一気にと考えているのか。
「私はその場で康正様がお断りになられたと聞いている。遺命というのは強引ではないか」
「そうだろうか。皆さまはどうお考えかな」
「私も光友殿の言い分のほうが正しいと考える」
毛利就隆文部次官の発言に先ほどよりざわめく。割れたのは毛利もか。
「常識的に考えてまずは血が近い方、次に会津のように国康公から信頼が厚くのちのことを頼まれた家と考える。宮将軍など、論外だ」
「なんだとっ」
「秀就殿、落ちつかれよ」
刀に手をかけて立ち上がった秀就を制す。しかしそんな話は聞いていないのだがな。
「ちっ。そういうそなたはどう考えているのだ」
ドカッと座りながらにらめつけるように話を振ってくる。その様子に頼長は若干焦ったような表情をする。
「いや、進行が意見を出すというのは公正ではないだろう」
「そうか。では勝茂殿に聞こう。意見を言っていないのは九州閥だけだぞ」
普通、こういう場所では派閥がどうとかは言わないだろう。それに頼長が止めたのは他の甲寅会を引き込むために光友不利を印象付けたいため、これ以上の根回しをしていない意見は必要ないからだ。それが分からないとは、これでは割れるのは仕方ないか。
「九州閥かどうかはどうでもいいが、儂は長久様がいいと考える」
「多久茂富、同じ意見にございます」
さあ、本番はこれからだ。




