島津光久
――――――――1646年6月20日 大坂城 島津光久――――――――――
「ようやくひと段落ついたな」
ドカッと座りながら上様はため息をつかれる。
「はっ。後は遺骨を対馬の海にまくのみとなります。すでに水軍と協力して明日には湊をでます」
「そうか。それが終われば通常業務に戻れるだろう」
「いえ、5日後には将軍宣下の勅使が参ります。その後、秋の除目にて太政大臣に任じられます。それまでは通常というわけにはいかないかと」
「となると8月に上洛か。秋と言いながら暑いから嫌になるわ。朝廷の行事ぐらい旧暦の8月でもいいのではないか。わざわざ8月に秋の除目と言われてもなあ」
「朝廷が認めた暦なのです。使わざるを得ないでしょう」
この暦が導入されたときには相当議論になったと聞いている。あの前例主義者の集まりだ、抵抗勢力は強かっただろうな。しかし結果的には認めることになった。
「当時の惟宗は最も勢いがあった時期と言っても過言ではありません。何せ惟宗国康様という大きな名があったのですから。そんな中で旧暦に合わせていては反感を買いかねないと考えたのでしょう」
「そなたの口ぶりでは今の惟宗に勢いがないと言っているようだが」
おっと失言だったか。上様がにやにやしながらこちらを見ている。
「時代が違います。あの頃の惟宗に必要だったのは勢いです。そして今の惟宗にあるのは安定にございます。治世において最も必要なものかと」
「そうだな」
どうやら許されたようだな。危ない危ない。
「勢いと言えば今一番勢いがあるのはそなたかな。前までは井頼だったが今は安定になった。それも大浦と杉村の仲たがいでどうなることやら」
「勢いなどとてもとても。こけぬよう前のめりで走り続けているだけにございます」
走り続けていつの間にか首席補佐官、それも九州閥のまとめ役。さかのぼれば惟宗と敵対していたというのに不思議なものだ。
「あの院の性格からして行事だけは旧暦でやるとか言いそうなものだがな。いや、それは帝が嫌がるか。親子三代、仲が悪いというのもよくないな。子がいない俺が言ってもだが」
「・・・子は授かりものです。あまり気にするほうがよろしくないかと」
こればかりはどうしようもない。上様が病弱なこともあってすでに一部では後継ぎをどうするかという話になっている。
「しかし今日は疲れた。残りの仕事は明日に回してくれ」
「かしこまりました。すぐに予定を組みなおし、明日の予定をお伝えします」
「頼んだぞ」
「はっ。では失礼します」
一礼して下がる。さて、急いで予定を立ててほかの部署に伝達せねばならんな。
「光久殿」
廊下を歩いていると志賀親勝総務局長が前から来た。その後ろには井頼殿もいる。
「親勝に井頼殿でしたか」
「これから上様に話があるということで」
「これからの朝廷政策について一条様より明確にしてほしいと。法皇様の出家と院の御子息に即位していただくことで院政を否定しましたが、先代があいまいにしていたところが多いのではっきりさせたいと」
「左様でしたか」
とても年寄りとは思えぬ体力だな。さすがは若いときに南蛮まで行って戻ってきただけのことはあるということか。上様としてはこの体力に合わせて活動するなんてとてもとても。何とかこっちで調整しないとな。
「しかし今日はもう仕事はせずに休むと仰せにございます。ご用件のほうは明日以降に」
「そうか。では明日お伺いすると伝えてくだされ」
「はい。しかし今日の仕事を明日に回しますので、あまり時間は取れないかと思いますが」
「かまいませんぞ。短い時間があれば十分」
「わかりました。親勝、すぐに明日の予定を組みなおしておいてください。それから今日予定されていた仕事や面会は先に延ばすと先方に伝えるように。井頼殿は私がお見送りする」
「はっ。かしこまりました」
失礼しますと一礼して親勝がかけていく。
「ささ、参りましょう」
「光久殿も忙しいのでは」
「部下が優秀ですので大丈夫です。自分のようなものが首席補佐官をしていられるのも部下のおかげです」
「左様で。しかし病弱となるとこういうことがあって大変でしょう。その中で幕政が滞りなく進むのは光久殿が動かれているからでしょう」
「いやいや、自分の役割など。それに」
さっと周りを見て誰もいないのを確認する。
「次は光友殿と頼長殿でしてな。あの二人の仲はご存じでしょう」
「どうにかしてほしいものだ」
「どちらが先に上様に面会されるかでいちいち総務局に圧力をかけてくるのでまとめてお断りできるのは楽でいいです」
「光友とは最近付き合いがいいと聞いていますが」
「まあ、甲寅会の有力者ですから」
上様の近くにいる首席補佐官でも甲寅会の影響は受ける。あの中の悪さを見ればすぐに割れるかと思ったが、井頼殿がしっかり手綱を握られている。
「これでも儂は上様の外祖父。家臣として以上に心配している」
「存じております」
「これからも上様をしっかりと支えてほしい」
「はい」
おそらくこうやって私の人生は終わるのだろう。井頼殿が生きている間に甲寅会の後継者は決まるはずだ。一つになった甲寅会に九州閥程度が勝てるわけない。上様も血筋からして甲寅会より。どうせならもっと・・・




