惟宗氏康
――――――――1646年5月19日 大坂城 浅井井頼――――――――――
「井頼、井頼はいるか」
「上様、こちらに」
上様が寝たまま自分を呼んだので、すぐにそばに近寄る。すっかりやつれてしまわれている。あれだけお元気だった昔とは比べようもない。
「お前も来てくれたか。中風で隠居して以来か」
「もう2年になりますな。いまの私が、浅井家があるのは上様のおかげです。上様のごようとあらば、片手片足がまともに動かぬ身でよろしければいつでもはせ参じます」
「そうか」
そこで上様が深く息をつかれる。
「わが治世がうまくいっていたのはお前のおかげだ。礼を言う」
「何をおっしゃいますか。我ら家臣に上様が道を示されたからこその安泰の世を築くことができたのです」
「俺は、ただ父上の跡を引き継いだだけだ。あれこれやってみたが結局は南方にいくつか拠点を築くことしかできなかった。それどころか大飢饉に対してお前や光久がいなければどうなっていたか。惟宗を日本一の大名にした祖父様や日本を統一し幕府を盤石なものとした父上とは比べようもない」
「そのようなことは」
「名を残したかった。祖父様や父上のように」
長年たまっていたものを吐き出すように上様は言う。偉大な父と祖父、しかもこの時代で越えねばならないというのはあまりにも。
「倅は、氏康はどうしている」
「上様に代わり、政を行っております」
「道理で光久がいないわけだ。あれはばあ様に似たのか、病弱だ。甲寅会をはじめ、皆で支えてやってほしい」
「もちろんにございます。残り少ない命ではございますが、全力を尽くさせていただきます」
「俺が死んだときは・・・」
「何をおっしゃいますか」
「俺が死んだときは祖父様のように対馬の海に骨をまいてくれ。祖父様のようになれなかったが、死んだあとぐらい」
「・・・かしこまりました」
もうすっかり弱っておられる。医者ももう何時亡くなられてもおかしくないとの話だった。
「おそらく死ぬだろう。もし回復したとしても鎮守府大将軍の地位は氏康に譲る。太政大臣もだ」
「はっ」
「ふう、ちと疲れたな」
再び深い息をつかれる。
「氏康を呼べ。どうせあやつのことだ。光久や光友、頼長あたりに仕事を押し付けておろう。少し二人で話がしたい」
「はっ、すぐに」
一礼して部屋を出る。そういえば先代が亡くなられたときに最後に話したのは上様だったと聞いている。それも政の話。最後と思うと親子水入らずで話したいか。
「失礼しまする」
そう言って部屋に入る。そこでは若様と大浦光友・杉村頼長が何かしらの資料を見て話していた。
「井頼か。父上はどうだった」
「あまりお元気ではないようです。二人で話がしたいゆえ呼んでくるようにと仰せつかりました」
「そうか。すぐに行こう」
手にしていた筆をおき、立ち上がろうとされる。しかし立ち眩みがしたのか、前に倒れそうになり慌てて頼長が支える。
「若様」
「大丈夫だ。ただのめまい、いつものことだ」
そう言って苦笑いをされるとすぐに立ち上がられる。
「今日はもう下がってよい。いつ何が起きてもおかしくないのだから少しでも休んでおけ。じきに忙しくなる」
「「はっ」」
若様が部屋から出ると微妙な空気が流れる。
「さて、京の一条様には上様の事を伝えているか」
「はっ。すでに上様に万が一があった際にすぐに鎮守府大将軍及び太政大臣任官の手続きがとれるよう根回しをしていただいています」
頼長がすらすらと答える。
「そうか。献金のほうは問題ないか」
「すでに準備は済んでおります。また上様の葬儀に関しましても」
今度は光友が早口で答える。さすが財務奉行か。光友と頼長、この二人が自分と調長殿のような関係になればとおもったのだがな。馬が合わなかったか、仲が悪い。甲寅会での会合でも政策についていつももめている。これをどうにかしない限りは楽隠居とはいかんな。
「これからそなたたちは政をどう進めていくべきと考えるか。まずは頼長」
「自分はこれまでの上様の政策通り、各地に拠点を作り貿易を盛んにするべきと考えます。貿易こそ国を発展させる唯一の手段と考えます」
「そうか。大名たちにはどうする」
「これまで通り、わずかの手落ちがあればすぐに叩き潰すべきかと」
「私はそうは思いませんな」
鼻で笑いながら光友が口をはさむ。それを見て頼長が顔をしかめる。
「ではそなたはどうすると」
「貿易の拡大に関しては賛成です。だが手段が悪い。もはや点での支配の段階ではないのです。面での支配、土地の支配を行うべきです」
「貴様は上様や井頼殿の政策を否定するか」
「そうは言っていない。最初の段階として点での支配は正しかった。しかしもう次に行くべきと言っておるのだ」
ああ、しまった。やはり個別に聞くべきであった。
「大名に対してもこれまでよりは寛容になるべきかと。大名が治めるのと幕府が直接治めるのではかかる費用が桁違い。財政を預かるものとしてこれ以上負担を増やすべきではないかと」
「それだと大名がつけあがる。厳しくいくべきだ」
「もうお前は黙れ」
「なんだと。そういえば最近九州閥に近づいているらしいな」
「光久殿と仕事の話があるだけだ。そういうお前も譜代と仲良くしているらしいではないか」
「やめないか。そなたらは甲寅会の中心。お前たちが不仲になれば甲寅会を二つに割ることになるのだぞ」
自分の言葉に二人は黙って頭を下げる。やれやれ、これで大丈夫なのか。




