玉璽
――――――――1631年5月10日 大坂城 浅井井頼――――――――――
「また金は蒙古を攻めているのか」
調長殿が資料を読みながらあきれたように呟く。
「幕府が支援しているのは明との戦のためなのだがな」
蒙古の諸部がチャハル部と敵対したことがきっかけでホンタイジは満蒙の盟主となった。その後、チャハル部と去年までにらみ合いを続けていたが、チャハル部が明に降伏。これに激怒したホンタイジが10万の兵を率いて攻め入ったらしい。当然そんな大群の兵糧をそろえるのは容易ではないが、何とか幕府の支援で滞りなく進めているらしい。
「チャハル部が明についた以上、速めに叩かねばなりませんからな。それに仮に明を攻め滅ぼせたとして、唐土では皇帝を名乗るためには玉璽が必要となります。自分で作ればいいのですが、どうせなら元の玉璽で権威付けでもしたいのでしょう」
「唐土の民からすれば金は異民族だからな。それを治めるとなれば元の玉璽でもなんでも頼らねばならんのか」
これは日本の事情とは違うからなかなか理解するのが難しい。
「しかし明は金の背後をつかんのか。10万も外に出ているのだ。反撃に転じるには好機だろう」
「明も明で反乱が続いているようです。白蓮教の反乱に始まり、王嘉胤・高迎祥・張献忠ら農民の反乱、孔有徳・耿仲明らが起こした給与の未払いが原因の兵士による反乱」
こうして口にしてみるとよくもまあ、まだ国としての形を成しているものだと思うな。
「とても積極的な行動に出ようとは思えんな。せめて袁崇煥が生きていれば違っていたであろうな」
「あれは情報本部が動いたようですね。今の皇帝が疑い深いこともあってそう言った流言には簡単に引っかかるとか」
「そこそこ優秀な人物だが、疑い深いせいで重臣たちの士気が下がり続ける一方らしい。国が大きくなればなるほど重臣の能力や士気が重要になるからな」
国は一人で同行できるものではない。だからこそ家臣がいるのだ。
「その点で言えば、上様はよくやられているほうではないか」
「あれは天然と言いますか、内よりも外を見ているせいではないでしょうか。最近では六方にかかわっていた大名たちの改易を命じられましたが、基本的には外、それもできれば軍事的な功績が欲しいと望まれているように感じます」
「それが南方への進出か。それもひと段落ついた。上様の代で拠点が増えたというのは満足するに足る結果ではないか」
「比較が先代、先々代ですからね。どうでしょう」
俺からすれば上様は間違いなくよい施政者だ。ただ比較する相手が悪い。
「ま、そのあたりは我々がお諫めすればいい。ただ情報本部がな」
「どうかされましたか」
「任務の性質からして上様しか管理することができない。噂では明の反乱も情報本部が裏で暗躍したというではないか。それに今回の改易祭ともいえる大名の大量処分にも。上様の代であればいいのだが、次はどうだろうか。次は大丈夫だったとしてその次は」
「情報本部が暴走する可能性があると」
「少なくとも鎮守府大将軍以外にかかわれるものがいたほうがいいと思う。できれば評定に参加する者の誰かが」
「それは情報本部をどこかの奉行所の下に置くということになりますが。それはそれでまずいのでは」
「それはわかっている。それゆえ、補佐官がかかわるというのが一番いいと思っている」
補佐官か。常に上様の近くにいるから情報本部と上様の接触の場に確実にいることができるというのはあるな。それに補佐官の任命は評定の賛同がいる。滅多なことはないだろう。
「補佐官ですか。悪くないと思います。上様に伺っておきます」
「頼んだ」
「ついでに文部奉行所が提案してきた武士以外の学問所についてもうかがっておきます」
「ああ、そう言えばそれもあったな。確か東殿の提案であったろう」
東殿は九州閥をまとめている有力者。それに東家は準譜代の中でも頭一つ抜けている。あまり粗相のないようにしないと。調長殿が言うところの改易祭も次官連絡会議では譜代や毛利閥が反対したが、九州閥が賛成に回ることでうまくまとめることができた。その借りを返さないとな。
「しかし町民や農民に学が必要か?余計な知識はいらぬと思うが」
「優秀な人材を埋もれるよりはましでしょう。高山国や海南諸島に日本語学校を作ったことで本国の人間に不満が出てくるやもしれませんしな」
「学べぬことを不満に思うような奇特な人間がいるとは思えんが。おおかた農繁期以外で余裕のある者しか学ぼうとせんよ」
さて、それはどうだろうか。
「あと若様にも文弱にならぬよう言ってくれ。先々代も文を好まれたが、比べ物にならないくらいのめりこまれている。あれが次期当主だと不安に思うものも出てきかねない」
「あれはもう私がどうにかできる範疇ではありませんよ。無理ですって」
「外戚であろう。何とかしてくれ」




