後継者
―――――――1629年9月19日 浅井家上屋敷 浅井井頼――――――――
「そうか、袁崇煥が死んだか」
「はい。今孔明とすらたたえられた名将でしたので、金はこれまで以上に余裕を持って行動できるでしょう」
「金を支援する日本としてはめでたいことだな」
めでたくなさそうな顔をしながら調長殿は酒を飲む。
「ヌルハチと違って今の皇帝は慎重というか、確実に歩みを進めるというか」
「明より先に蒙古を攻めるとは思いませんでした。屈服していた朝鮮にも再度兵を送ることで影響力を強めた」
その間、明との戦はほとんど進んでいない。もちろん袁崇煥という名将が指揮していたというのもあるだろうが、明らかに明との戦より蒙古との戦を優先していた。
「確かに腐っても大国の明と戦をするより蒙古と戦をしたほうが楽に勝つことができる。万全の状態で家督を継いだわけではないホンタイジとしては手柄を立てることで自分の地位を固めたいのもわかる。だが、我々が金を支援しているのはよりよい環境での商いをするためだ。そのために蒙古は関係ない」
「財務奉行所をはじめとして不満が出ているようです。金を支援するだけの予算があればほかにもやれることが多いと」
「産業奉行所でもだ。スラバヤやジョホールに送った人員や金に送った物資を使えば呂宋や高山国をいいまより開拓することができ、収益も大幅に増えたはずだと言っているものが多い」
「この辺りで甲寅会として何か手柄を挙げなければまずいかもしれないですね」
上様のご意向を尊重しているとはいえ、現状ではあまり成果を上げているとは言えない。今のところで成果と言えるものはいくつかの国から朝貢を受けたぐらいだろう。
「林勝久総合外交政策局長から提案があったのですが、朝貢を受けている文萊・スラバヤ、そして国交のある弱小国に人を入れるのはどうでしょう」
「人を入れる?つまり国を乗っ取るということか」
「はい。もちろんすぐに乗っ取ると現地人から反感があるので、時間をかけてということになります。そのなかで反日的なものたちを排除し、後継ぎを日本にとって都合のいいように教育するのです」
それを家臣たちの跡継ぎに広げていけば世代が変われば事実上の日本領となるだろう。あとは大名のように改易なり、自国の国王の称号を上様に差し出すなりさせればいい。戦なしに領地が広がるのだ。
「まあ、やるだけ損はないだろう。だが人選には気を付けなければいけないぞ。優秀なやつでなければ反感を買われて日本に逆らうこともある」
「わかっています。そのあたりは慎重に選びます」
これでしばらくは問題ないだろう。後は金がしっかりと戦に勝ってくれれば。しかし想像より時間がかかるな。さすがに唐土は広い。
「後継ぎと言えばいえば熊太郎様だがあまり武芸を好まれず、書物ばかり読まれているそうだな」
「そういえばそのような話を聞きました。あまり体が丈夫でないとか。しかし鎮守府大将軍が戦場に出るという時代ではないでしょう」
「戦場だけが武芸を用いる場ではないだろう。気をおかしくて襲ってくる輩が出てくるやもしれん。その時に身を守れるだけの力はなければ。井頼殿はいちおう外戚に当たるのだから何か聞いていないのか」
「たしか伊曾保物語をよく読まれていると聞いています。ほかにも国内外にかかわらずいろんな物語を読んでいるとか。こういっては失礼ではありますが、あまり政に興味がないのではないかと」
せめてもの救いは心月内親王殿下と仲良くされていることだろう。源氏物語などの話で盛り上がっているらしい。昨今の朝廷との関係を考えるといいことではあるが。
「大名たちに文弱と侮られるのはあまりいいことではない。外戚として井頼殿からも何か言ってはどうだ」
「そうですね。次にお会いした際に話をしようと思います」
「頼んだぞ。まったく、傅役どもは何をしているのだ」
そう不満そうに言いながらまた一口酒を含まれる。
「惟宗の血を引いているのだから優秀なはずなのだ。伊曾保物語やら源氏物語やらに時間を費やさずにきちんと勉強をしてもらいたいものだが」
「そのうち惟宗の後継者としての自覚も生まれましょう。それを待つのが我々家臣の務めかと」
「それもそうだな・・・そういえば浅井家は誰が継ぐのだ?確か子はいなかっただろう」
「兄輝政の子を養子にするつもりです。もともと家督を継げる身ではなかったのが、織田の血を引くことを懸念されて私が継ぐことになったのです。ですがいまであれば問題ないでしょう。正統な後継者に引き継がれるべきです」
「昨今は部屋住みになりたくないと家督を争い、家を潰す馬鹿もいるというのに未練なく甥に家督を譲るとは。偉いですな」
「いえいえ、まだまだ隠居するつもりはないですので先の話ですよ」
「織田の血を引く者が浅井を継ぐか。甲寅会としても織田家縁故の者と近くなれるのはうれしい話だ」
「そうですね」




