院政
――――――――1629年2月10日 一条邸 古川成久――――――――――
「はあ、これが公家の屋敷ですか。なかなか広いですね」
「惟宗の血を引く摂関家なのです。立派な屋敷でなければ舐められてしまいます。面子が大事なのは武家だけではありませんので」
「そういうものですか」
一条家の使用人はそういうものだとうなずく。使用人と言っても表向きは存在しない部下の一人だが。つい最近になって知らされたところを見ると、ほかにも知らないところで情報収集に努めているのだろうな。あの局長の下で働いていたんだから優秀なのは間違いないけど。
「殿下、古川様が参られました」
「入れ」
部屋の中から神経質そうな返事が返ってきたのを確認して部屋に入る。
「古川殿、よく参られた。すぐに茶でも用意させよう」
「いえ、お気遣いなく」
「そういうわけにもいかん。一唯、茶と何か菓子でも持ってこい」
「かしこまりました」
使用人が一礼して部屋から出る。
「それで今日の要件は」
「院政に参加するもの、それに協力する者がある程度判明しましたのでご報告に参りました」
そう言いながら懐から報告書を取り出す。
「中心となる人物はやはり中御門宣衡です」
「御譲位の件もあれがほとんど進めたようなものだった。それに報いたということだな」
「おそらくそういうことになるかと。ほかにも主だったもので久我通前、大炊御門経孝、花山院忠長、二条康道などです。ほかにも飛鳥井、烏丸と言った羽林家・名家からも何人か参加しているようです」
「久我は兄がやらかしたことで父上に潰されたのを根に持っているのだろう。通前もあまり出世できていなかった。大炊御門も似たようなところだろう」
「康道は九条、鷹司とも連絡を取り合っているようです。二条派は二条が院のそばで、九条・鷹司が朝廷にて院政を支えるつもりなのかと」
正直なところ、幕府がこの国を治めるのだから朝廷の事なんて大して気にする必要はないだろうと思っているのだが、上様や二条様、局長は気にするのだろうな。
「そして近衛信尋様も仙洞御所に出入りしているようです」
「それは厄介だな」
自分の言葉に今日一のいやそうな顔をされる。
「失礼します。茶と菓子をお持ちしました」
そう言って使用人が入ってくる。茶と菓子を自分と殿下の前に置き、すぐに部屋から出た。砂糖羊羹か、自分のようなものではなかなか手を出せない代物だな。ありがたくいただこう。
「信尋様は院の御兄弟、それに叔父にあたる桂宮智仁親王殿下とも親しくされている。智仁親王殿下が院に味方されるのか、だとしたら八條宮好仁親王殿下もか。となると東宮をどなたに頼むか。有栖川宮家と花町宮家は断絶してしまった以上、伏見宮家からということになるか。ほかの摂関家は院の御子をと言ってくるだろうな。あの女好きが子供を作らないわけないし、周りもそれを勧めるだろう」
「あの、殿下」
「ん、ああ、すまない」
ぶつぶつと呟かれていた殿下が顔を上げて頭をかかれる。
「二条派だけでなく、近衛派や宮家の方々まで相手せねばならんのかもしれないと思うと、の。宮家のほうまではさすがに集まっておらんだろう」
「すぐに探らせます」
「すまんな。女帝は800年以上いなかった故、あちこちで混乱もある。麿たちも東宮などの点で苦労している。そこに権力争いがとなるともう」
「ご苦労お察しいたします」
「これが父上だったら軽々こなしてしまわれるのだろうな」
そう言って深くため息をつかれる。俺は譜代と言っても所詮は三男坊。摂関家と親族衆の役目を果たさなければならない殿下の苦労や責任は相当のものだろう。
「その近衛ですが、信尋様は遊郭によく出向かれると伺いましたが」
「吉野太夫であろう。ずいぶんと貢いでおると聞いている。ああ、でも灰屋某とかいう商人も熱を上げていると聞くな。二人とも自分が身請けするとか言っているとか」
だとするとそっちのほうから捜査ができるだろうな。しかし六条三筋町か。最近は六方が出入りするようになってきていると聞く。たしか大鳥組が力を入れているとか。そこに摂関家の当主、それも院の御兄弟が出入りしているとなると何らかの争いが起きていてもおかしくないな。
「では早急に宮家関連の情報を集めまする」
「頼みますぞ」
「はっ。では失礼いたします」
そう言って残った茶と砂糖羊羹を腹に収めて一礼し、部屋から出る。部屋の外には使用人が控えていた。
「外までお送りさせていただきます」
「頼みます」
しばらく黙って廊下を歩く。周りに人は・・・いないな。
「六条三筋町に人を入れてくれ。それから宮家のほうにいる隊士とも連絡を密に取れ」
「かしこまりました」
「それと局長に六方の動きがこちらでも怪しくなっている、そろそろ大鳥組壊滅作戦を立てるべきだとお伝えしてくれ」
「そちらは隊長のほうからのほうがよろしいのではないでしょうか」
「自分だと目立つ。情報は確実に漏れないようにしなければ」




