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紫衣事件

――――――――1627年3月15日 大坂城 古川成久――――――――――

「あの」

「どうしました」

先を歩いていた鹿之助局長が足を止めてこちらを振り返る。

「これから何をするのでしょうか。詳細を聞かずについてきたのもどうかという話なのですが」

「上様に呼び出されました」

「はあ、まあ新撰組局長ともなれば呼び出されるのもわかりますが・・・なぜ自分も」

「皆、忙しくしていましてね。まあ、たまにはいいでしょう」

「たまにはって」

この人はほんと何を考えているかわからないな。ただの隊員でしかない自分を連れて行っても大した意味はないだろう。

「君もいずれ出世すればこういう場にも出なければならなくなります」

「自分は出世する気はありません。自分の仕事を命がけでこなすだけです」

「それだけの覚悟があれば十分です」

そう言ってまた局長は歩き始める。

「なぜ自分を選ばれたのでしょうか。兼弘先輩だって暇だったし、ほかにも暇そうなやつはいました」

「これでも人を見る目があるつもりでしてね。あなたがいずれ局長になると思っています」

「え?」

自分みたいなのが?

「ならば政を教えておくのも悪くないと思いましてね」


「おい、これはどういうことだ」

「申し訳ございません」

部屋に入ろうとすると上様の怒号に委縮したように兼藤様はひたすら床に頭をこすりつけていた。その後ろでは頼政様が微動だにせず座っている。局長と自分は音もたてずに座る。

「あのこれは」

「帝が幕府に相談もなく十数名の僧侶に紫衣着用の勅許を与えたことに上様がお怒りなのです。これは禁中並公家諸法度に違反していると」

そんなことでこれほど怒っておられるのか。それともこれに深い意味があるということだろうか。これが政というものなのか。

「お前の役割は何だと思っている。朝廷を幕府の制御下に置くために祖父国康様がお前の父を一条の養子にしたのだろう。それを何だこのざまは」

「申し訳ございません。国許に戻っている間にほかの摂関家が帝に勧めたようにございます」

「そのような言い訳を聞くためにお前を呼び出したのではない。お前の父はたとえ国許に戻っていたとしてもこのようなことはさせなかっただろう。それが亡くなられた途端これだ。お前はなめられているのだぞ。一条内貞亡き後の一条恐れるに足らずとな」

「早急に勅許を撤回されるよう帝に」

「その必要はない。幕府から今回の勅許は無効であると伝え、紫衣を取り上げる。お前は反対するであろう公家どもを抑えこめ」

「かしこまりました」

「鹿之助」

「はっ」

兼藤様をにらんでいた上様が急にこちらのほうに目を向ける。

「誰が画策したのか、見当はついているのだろうな」

「はっ。成久、例の報告書を」

局長に促されてここに来る前に渡されていた報告書を恐る恐る上様を差し出す。上様はその報告書を一瞥すると兼藤様に投げ渡す。

「ここに名前が出ている公家は早急に今の地位から追い落とせ。惟宗の権威を否定しかねない行動をとる馬鹿が帝の近くにいるのは朝廷のためにも幕府のためにもならない。いいな」

「かしこまりました」

「もうよい。皆、下がれ」

「「「はっ」」」


部屋から出ると思わず深呼吸をする。思っていた以上に緊張していたな。しかしこれが局長が言っていた政ということなのだろうか。

「頼政殿、ちとよろしいですかな」

ふりかえると局長が頼政様に声をかけていた。頼政様は予想外だったようで不快そうに振り返る。

「何か用ですか」

「まあ、廊下でするのもあれですので。部屋を確保していますのでそちらで」

どうやらまだ終わりじゃないらしいな。


「で、用件は」

部屋に入ると早速頼政様が口を開いた。

「どうやら国内の諜報活動がうまくいっていないのではないかとお見受けしまして。聞いた話では唐土に人を割くよう言われてから国内は少人数でしているとか。今日も我らが呼ばれたのは情報本部が情報を集めきれなかったからではありませんか」

「新撰組に心配されるようなことはない」

「そうは思いませんがな。どうでしょう、いっそのこと国内は新撰組に任せてはいかがかな」

「何を言われるかと思えば」

頼政様はばかばかしいといわんばかりに鼻で笑う。

「新撰組としましては諜報のためとはいえ、国内で犯罪を行われるのは愉快ではないのですよ。それも六方と関わるとなれば」

六方?いきないなんでそんなはなしが。

「何の話か分かりかねるな」

「そうですか。私は道八会に情報本部がかかわっていると考えているのですが」

「なっ」

「成久、静かに」

思わず声が出てしまい、局長に窘められる。

「最初に疑問を持ったのは徳川騒動。たかだか小姓を殺すだけの簡単な仕事を浪人が失敗するとは思えなかったし、あんな大金を改易後、屋敷の床下に置いていくわけがない。それで捜査の情報の一部を井頼外務奉行に流しました。浪人の身元がある六方に属するものだと」

それはおかしい。その時点でも今でも浪人の身元は不明のままだったはずだ。

「するとまあ、道八会が不自然なまでに警戒を固めはじめましてな。この時点で幕府内に道八会に情報を流すものがいると判断しました。そこである隊士が殺されました。その隊士は表向きは大鳥組を調べていましたが、実際は道八会を調べていました。そのことを知っていたのは私と殺された隊士のほかに四番隊伍長のみ」

「何が言いたいのかわかりかねますな」

「四番隊伍長は情報本部の者ですね。そして道八会と情報本部はつながっている」

は?情報本部と道八会がつながっているだと。

「大方、賭場で弱みを握って大名の情報なりなんなりをとるつもりで近づいたのでしょう。上様が甲寅会を作るよう仕向けたのですから浅井の屋敷に情報本部がいてもおかしくない」

「証拠がなければそれは妄言ですよ」

「逆に聞きますが、証拠なしにこんなことを言うとでも」

そう言うと懐から書状を取り出した。

「道八会から盗み出した手紙です。頼長は几帳面なようですな。あなた方が徳川の小姓を襲うよう指示している手紙を保管しているとは。成久たちが道八会の注意を引いてくれて助かりました」

まさか、自分たちをおとりにしたのか。そういえば巡回の話は局長が警察局から持ってきた話。道八会に忍び込むために自分たちを利用したのか。

「問題はこのことが上様のご了承を得て行われているのか」

「当然であろう」

「私はそうは思えませんな。もしそうなら新撰組も協力するよう命じるはず。そちらのほうが確実ですから。それがなかったというのは情報本部が勝手に行ったということでは。別にこれから上様に確認してもいいのですよ」

「・・・はぁ。分かった。要求はなんだ」

「国内からは手を引いてください。国内の諜報は新撰組が行う。それから新撰組内の情報本部の者をどこかに移動させてください」

「ちょ、局長。犯罪行為が行われているのですよ。情報本部だろうと何だろうと、逮捕するべきです」

「成久、逮捕してどうなります。情報本部が国内にかかわり続ける限り六方はなくなりません。順番を間違えてはいけません。新撰組の役割は大規模犯罪の根絶です」

「わかった。国内から手を引こう。人手が不足していたのも事実だ」

「ありがとうございます」

これが政だと局長は言いたいのだろうか。本当にこの人は訳が分からない。

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